ナムチ

Namuci
नमुचि

地域・文化:インド


 戦闘神インドラが、策略をもって殺した悪魔。『リグ・ヴェーダ』ではダーサ、それ以降はアスラ、アースラ、マーインなどと呼ばれている。
 『リグ・ヴェーダ』においては、ナムチの物語の完全なものは知られていない。しかし、2つのテーマがその中に見られる。
 1つはVIII.14.13にある「インドラはナムチの頭を泡で飛ばす」。もう1つはX.131.4-5にある「インドラは、スラーという悪性アルコール飲料を大量に飲んで病気になったとき、サラスヴァティーとアシュヴィン双神が彼を助ける」というものである。ただ、この2つだけからヴェーダ時代のナムチの物語を再現することは難しい。

 後の時代のブラーフマナ文献や叙事詩(『シャタパタ・ブラーフマナ』、『タイッティリーヤ・ブラーフマナ』、『マハーバーラタ』他)では、インドラとナムチの神話がはっきりと語られるようになる。
 当時、インドラはヴィシュヴァルーパやヴリトラを殺し、さらに多くのアスラを退治していた。しかし、どうしても最強のアスラであるナムチを捕まえて殺すことはできなかった。そこで、2人は友人になろうという提案をした。インドラは、ナムチを殺さないことを約束した。ちなみに、この提案をしたのはナムチであるとか、劣勢になったインドラであるとか言われる。
 「昼にも夜にも、棒でも弓でも、掌でも拳でも、乾いたものでも湿ったものでも」
 インドラがどんなものによってもナムチを殺さないという契約である。これによって、インドラとナムチは友人となった。
 その頃、息子ヴィシュヴァルーパを殺害されて怒っていた父のトヴァシュトリは、インドラに復讐をしようと色々やっていた。ナムチはそうした状況にあったインドラに目をつけ、スラーという飲料を大量にインドラに飲ませて彼をグダグダにさせた。そして、インドラの「力」「男らしさ」「ソーマ」「食料」を奪ったのである。ナムチの勝利は決定的だった。
 インドラは健康の神であるサラスヴァティーとアシュヴィン双神に自らの病状を訴える。医術に長けた3柱の神々はインドラを助け、力を回復させた。そしてまた、インドラとナムチの契約を知った彼らは、この雷神に、契約を破らずに相手を打破する秘策を授ける。それはつまり、昼でも夜でもない時間である「明け方」に、乾いても湿ってもいない「泡」でナムチを殺すことができる、というものだった。さらに、アシュヴィン双神とサラスヴァティーは、稲妻の形をした水の泡を注いで武器をインドラのために作成しさえした。
 明け方、インドラとナムチは友人として一緒に散歩をしていた。彼は不意打ちでナムチの頭を攻撃し、泡で回してかき混ぜ、飛ばした。ナムチの切り落とされた頭は、インドラを追いかけて「裏切り者!」と叫んだ・・・。

 確かにインドラは裏切り者である。これは、ほとんど同じように裏切られて殺されるヴリトラとの戦いにも当てはまるだろう。そしてまた、今この物語を読む人も、同じくインドラの卑怯な手口に納得がいかない人が多いはず。
 ただ、そういう考えをしていたのはナムチ・ヴリトラ神話を語り継いでいた当の古代インド人も同じだった。多くのブラーフマナ文献において、インドラがナムチらを欺いて殺したことは「罪」だとされているのだ。また、インドラ自身も殺害後、自らの行いを後悔して、身を隠している。
 インドラは、世界を維持し、悪を退治しなければならない神である。しかし、悪が強くなりすぎると、どうしてもインドラが正面から向かって行っても勝てないほど圧倒的になってしまうことがある。それはインドラの住む世界が彼以外にも多くの存在がいる多神教の宇宙だからであり、絶対唯一の神が存在しないから、そしてまた、ブラフマン階級や激しい苦行に耐えたものが神々を凌ぐ力を得ることのできる宇宙のシステム・秩序になっているからである。しかし、インドラは世界を維持するためにはこの悪を倒さなければならない。それがインドラの宿命であり、戦闘神として定められた運命である。この2つの宇宙的な条件の矛盾をクリアして栄光を手に入れるためには、インドラは必然的にシステムの間隙を突いた「卑怯な」方法を使わなければならない。しかし、その代償として、自らが秩序に反したという罪を背負わなければならない。これが古代インド人の世界観であり、ひいてはインド・ヨーロッパ語族全体に連なる神話の構造にもつながるものである。

関連項目


参考資料 - 資料/70:; 資料/151:


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Last-modified: 2008-08-21 (木) 11:18:24