グリュプス

Gryps
Γρυψ

地域・文化:オリエント、ヨーロッパ


 オックスフォード英語辞典によると、英語文献にあらわれるだけでもGriffun, Gryffoun, Gryffown, Griffoun, Greffon, Gryffon, Grifon, Gryfon, Griffion, Griffen, Gryffen, Griffyn, Grefyne, Grifyn, Gryffin, Griffon, Griffin, Griphon, Girphinne, Grephoun, Griphin, Gryphin, Gryphen, Gryphon, Gripon, Grifoneというバリエーションがある。
 英名グリフィン(Griffin)、仏名グリフォン(Griffon)。

 古代ギリシア時代から近世ヨーロッパにかけて伝承されてきた鳥の怪物。

 古代ギリシア時代のグリュプスについての情報は、現代の知名度に比べるとかなり少ない。
 主な資料は前7世紀ごろ、アリステアスの叙事詩『アリマスペイア』と前5世紀半ば、ヘロドトスの『歴史』とアイスキュロスの『縛られたプロメテウス』、前4世紀ごろのクテシアス『インド誌』である。アリステアスの叙事詩は現在にまで残っていないが後1世紀ごろパウサニアスの『ギリシア案内記』にグリュプスの箇所の抜粋が残っている。またヘロドトスやアイスキュロスもアリステアスを参考にしたと見られている。これらはいずれもグリュプスのいる場所をギリシアよりも北方、スキュティアより東の地方に設定していて、極北人の土地と近いところにいるとしている。それに対しクテシアスだけはグリュプスのいる場所をペルシアよりも東のインドだとしている。いずれにしてもグリュプスが黄金にかかわりのある動物であるということでは意見が一致している。
 ただし最古の言及はヘシオドスによるものらしく、アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』804につけられたスコリア(古註)によると、「最初にヘシオドスがグリュプスたちについての驚異譚を語った」らしい(ヘロドトス断片152*1)。ただしこれを「ヘシオドスはヘロドトスの間違いだろう」とする学者もおり、となると『歴史』のことだからあまり騒ぎ立てるほどのことでもないスコリアだということになる。どちらにせよ現在までにヘシオドスがグリュプスについてどのように語っているかはわかっていないので、なんともいえない。
 それに対して具体的な姿はアイスキュロスとクテシアス、アリステアス断片に知られているが、クテシアスとアリステアスはだいたい同じであるのに対してアイスキュロスの描写は微妙に異なっている。クテシアスらによればグリュプスはライオンの体をしており、頭部はワシで、翼が生えているという。アイスキュロスによればグリュプスは犬であり、くちばしがあって「吼えることがない」。
 アイスキュロスによればグリュプスの近くにはプルトンの黄金の川が流れており、また、馬に乗った隻眼民族アリマスポイ人がいる。ヘロドトスによればグリュプスは黄金を守っており、隻眼のアリマスポイ人がそれを奪おうと戦っている。クテシアスは隻眼の民族には言及していない。クテシアスの証言はグリュプスではなく「巨大な蟻」だとすればヘロドトスのみならずアッリアノスやアイリアノスなどのヘレニズム時代のインドについての知識とほぼ一致するし地理的にも矛盾しなくなるのだが、そう簡単に否定するわけにもいかない。

 高津春繁によれば、グリュプスのいるところはヒュペルボレイオイ人とアリマスポイ人の国の中間にあるリーパイオス山脈であるという。後代には、インドまたはエティオピアの「黄金を守る巨大蟻」と混同された。

 グリュプスの頭部は鳥だが、鳥とは明らかに違う特徴として耳が生えている。このため、頭だけしか美術上に表現されていなくてもそれが単なる鳥なのかグリュプスなのかを見分けることができる。宇宙人のアンテナのような角がはえていることも多い。これらの頭部の装飾の起源は不明である。近代に入るとそのような伝統が忘れられ、普通にワシの頭で描かれることも多くなった。

 ギリシア神話の中にグリュプスは登場しない。しかし壷や壁画に描かれた絵画、それらについて記述している古代文献などから判断すると、神々の戦車を引いているようである。中世ヨーロッパの『アレクサンドロス物語(ロマンス)』にはアレクサンドロス大王が8頭または16頭のグリュプスを戦車につなげて空を飛んだという話が載っている。

 図像上では、アポロン、ディオニュソス、そして特に女神ネメシスと関係が深いが理由は不明である。アポロンとの関係については、アリステアスがアポロンと深い関係があったことに由来するという説もある。

 ビザンツの歴史家プリスコスの断片30にはグリュプスの群れが民族集団を丸ごと襲撃したことが書かれている。
 「アヴァール人たちは自らの故地を捨て去ることになったのだが、その理由は次のようなものである。海のほうから霧がやってきて、非常に多くのグリュプスたちが現れた。語られているところによれば、グリュプスたちは人間を食料として食べつくすまでは去らないとのことだった。そういうわけで、この恐ろしい生き物に追い立てられる形で、アヴァール人たちは隣人のところへと侵入したのである」*2
 断片のこの部分は百科事典『スーダ』の項目「アバリス」(アヴァール人)によるものである*3
 ところでヘロドトスの『歴史』第4巻105に、このグリュプスの伝説とほとんど同じところがある。「ネウロイ人……は蛇の襲来にあい、全国土から退散せねばならぬという羽目に陥った。この国に多数の蛇が発生したのみならず、さらに多数の蛇が、北方の荒野から来襲したためで、遂には困窮の果て故国を捨ててブディノイ人とともに住むことになった」(松平千秋訳*4)。プリスコス断片とヘロドトスの記述の類似性は昔から指摘されてきたが*5、プリスコスがいったい何を直接の資料にしてグリュプスが人々を貪り食うという伝説を知ったのかは定かではない。
 ただしホルヘ・ルイス・ボルヘスがこの伝説を基にして「../ペリュトン」を書き上げたのは、おそらく事実だろう。

 ルネサンス以降グリュプス/グリフィンの実在説について激しい議論が戦わされた。しかし、大航海時代の到来によって世界が知られるにつれ、実在説は自然消滅していった。

関連項目


参考資料 -


*1 資料/464:75.
*2 資料/515:134.
*3 資料/515:207.
*4 資料/516:62.
*5 資料/517:64?

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Last-modified: 2008-09-03 (水) 22:20:12