アンズー

Anzû

地域・文化:メソポタミア


 ズー(Zû)。
 「重厚な雲」。
 シュメールの楔形文字ではAN.IM.DUGUD.MUŠEN、ᴬᴺanx(IM)-du-gudと表記されるが、これはシュメール語でもアンズ(ド)(Anzu(d))と読むべきものらしい(シュメール語では語尾の子音は発音しないことがある)。アッカドではアンズーと読まれる。

 メソポタミアの中でも最も古くから知られている怪物の1つ。巨大で、子供がいるらしい。神の随獣だとされていたが、後に神の敵だとみなされるようになった。

アンズーのイメージ

 当初はライオンの頭の鷲の姿をしていた。これはさかのぼるとウルク期の円筒印章にまで見出され、初期王朝時代では一般的で新シュメール時代まで知られていた。しかしウル第3期以降は見られなくなり、アンズーの姿は別のものへと変化した。それは全体的にはライオンの姿をしているが、後脚と尾が鳥で翼が生えており、上方に伸びた耳があるというものであり、英語でライオン・グリフィンまたはライオン・ドラゴンと呼ばれている。尾はライオンのものだったりサソリのものだったりすることもある。ライオン・グリフィン型のアンズーの図像はアッカド時代から新バビロニア時代まで見られる。そのクチバシはノコギリのようであるとされた。

聖なる鳥アンズー

 アンズーは、おそらくは最初の頃は大気の象徴で、その巨大な翼はつむじ風や砂嵐を巻き起こすとされた。また、その名前は「霧」「霞」といった意味でも用いられた。例えば洪水伝説の1つ『アトラ・ハシース物語』(古バビロニア語、後期アッシリア語版がある)ではアンズーが爪で天空を引き裂き、地上に大規模な洪水を引き起こして人々を滅ぼしたとされている。
 ウル第3期初期まではアンズーは神々の敵対者ではなかった。この時代の『ルガルバンダ』という叙事詩では、アンズーの父はエンリルであり、彼の命によりアンズーは「大きな扉のように」山地からの敵の侵入を防いだという。シュメールでは山地(ザグロス山脈)の向こうというのは外国であり、「敵」は山地、山々と同一視されていた。この『ルガルバンダ』は『ルガルバンダとエンメルカル』『第2ルガルバンダ』とも呼ばれる叙事詩で、ルガルバンダがアラッタの町へと向かう仲間から離れて一人自分探しの旅に出るところから始まる。
 彼は自らの正しい方向を見定めるため、アンズー鳥のいるところに行くことにした。アンズーの巣は山の頂上の到達しがたいところにあったが、ルガルバンダはなんとかしてそこまで辿りつくことができた。しかしそこにはアンズーはおらず、この怪鳥の雛たちが親鳥の帰りを待っていた。そこで彼はアンズーの雛たちに敬意を払い、食物を捧げ、白い羽根などで雛たちを飾り立てた。そんなことをしているうちに親鳥が雄牛の群れを連れてきて帰ってきたので、彼は物陰に隠れて様子を見ていた。アンズーの子供だから雛といえども巨大なので、餌も雄牛サイズではないと間に合わないらしい。しかしアンズーの雛たちは先ほどルガルバンダから餌をもらっていたので、雄牛たちを食べようとはしなかった。不審に思ったアンズーだが、よく見ると子供たちは白い羽根などで飾り立てられている。そこでアンズーは自らがエンリルから授かった様々な力を自賛する歌を歌い、子供たちに善いことをしてくれた人に対して素晴らしい能力を授けると宣言した。そこでルガルバンダは表に出てきてアンズーの前でひざまずいた。アンズーは彼に対し優れた武器や勇気、そして多くの食料を与えた。こうしたアンズーからの贈り物の見返りに、ルガルバンダはアンズーの彫像をシュメールに立てることを約束した。最後にアンズーは彼に、決して自分の力やどのようにしてそれを得たかを他言しない、と約束させた。アンズーは空を飛び、ルガルバンダを先ほどのアラッタへと向かっているウルクの軍隊のところへと連れて行った。
 物語は続くがアンズーの出番はこれで終わりである。ここでは、アンズーは巨大で恐ろしい鳥として描かれてはいるが、決して悪の象徴などではなく、相応に扱えば素晴らしい能力を授けてくれる聖鳥として考えられている。『ニヌルタのエリドゥへの旅』にも同様の筋が見られる。
 アッカド時代の印章には、アンズーが戦闘神とともに反逆した山の神と戦う姿が描かれていた。
 アンズーの初期の図像では、彼は多くの場合一組の動物の上にまたがり、翼を広げて正面を向いていた。それらの動物は様々な神の象徴であり、アンズーが神々の象徴である動物の上に立っているということは、この怪物が最高位の神であるエンリルの象徴であることを意味している。これはさっきの『ルガルバンダ』や後の『アンズー神話』でアンズーがエンリルと深い関わりをもつということからも裏付けられる。『グデアの神殿賛歌』シリンダーAなどでは、アンズーはニンギルスの使いで「輝くアンズー」と呼ばれている。
 叙事詩『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』では、イナンナがウルクの「聖なる園」に植えなおしたフルップという樹にアンズーが巣を作って子供を育てていたため、イナンナがこの樹を利用して寝台と椅子を作ろうとしたのに作れない、と嘆いていた。フルップ樹には、ほかに根元には蛇が巣を作り、中途には悪霊リリートゥが住処を構えていた。そこでギルガメシュがこれらの邪魔者たちを追い出して、彼についてきたウルクの人々と一緒にイナンナのために寝台と椅子を作って差し上げた。

悪の鳥アンズー

 神々や聖なるものは基本的に人間の姿をしているという考えが一般的になると、アンズーも「聖なる動物」から「邪悪な存在で退治されて神々の側につく怪物」とみなされるようになった。また、その姿も上にあるとおりライオン・グリフィンとして描かれるようになった。この時代の最も有名なアンズーの物語はその名も『アンズー神話』または『アンズーと運命のタブレット』と呼び習わされているものである。シュメール語の断片が少し、そして中・後期バビロニア語と新アッシリア語の資料がかなり残っている。
 アンズーはエンリルに神殿の守護を命じられた鳥であった。彼は神殿で、エンリルが主権を行使しているのをいつも眺めていた。そのうち彼の心の中に、むらむらと権力への欲望が湧きはじめ、エンリル(シュメール語版ではエンキ)が所有している神々の天命のタブレットを手に入れ、すべての神々を従えたい、と考えるようになった。そこでアンズーはエンリルが水浴をしているすきに天命のタブレットを奪って、山へと飛んでいってしまった。エンリルは茫然自失し、神々は混乱に陥った。
 地方から多くの神々が集まってきた。アヌは主権を所有しているアンズーから天命のタブレットを取り戻すべく、この怪鳥を退治してくれる神を募った。まずはアダドが指名されたが、彼はアンズーに逆らったものは粘土のようになってしまう、としてそれを渋る。次にイシュタルが指名されたが、彼女もまたアンズーを恐れて行くことをためらう。そしてイシュタルの息子シャラもアンズー退治を拒否した。神々はアプスー(原初の水)から知恵の神エアを呼び出し、策略を求めた。エアはニンギルス(またはニヌルタ)を推薦し、ニンギルスは7つの「戦闘」、7つの「暴風」を伴ってアンズー退治へと向かった。
 闇が湧き上がり、雷鳴がとどろき、洪水が起き・・・・・・ニンギルスとアンズーとの戦いは激しいものとなった。戦闘神ニヌルタは弓を引いてアンズーに向けて葦の矢を放った。しかしアンズーが「飛んできた葦の矢よ、もとの茂みへ帰れ。弓の木の部分よ、もとの森へ帰れ。弦は(けものの)背へまたもぐりこめ、羽は鳥へ帰れ」と呪文を唱えると、矢は戻ってきてしまった(もののけ姫みたい……)。このままでは勝てないと思ったニヌルタは嵐の神アダドを呼び、エアに現状を報告するように言った。なにしろ相手は天命のタブレットを携えているので、どうやっても勝てないのである。
 エアはアダドの報告を聞き、「ひるむな。烈風を集中して翼を吹き飛ばせ」という感じのアドバイスをした(どこがアドバイスだよ)。アダドはニヌルタに正確に伝言を伝え、ニヌルタは結局アンズーから天命のタブレットを取り戻したらしい。物語の最後の部分は欠損してわからないが、他の断片から考えるとエンリルとニヌルタの間で天命のタブレットについて一悶着があったらしい。
 ちなみにシュメールの物語『ニヌルタと亀』によると、ニヌルタがアンズーに盗まれたエンキの天命のタブレットを奪い返したとき、ニヌルタはエンキにタブレットを返したくなかったらしい。そこでエンキは粘土から亀を作り、それに命を与えた。亀は大地に穴を掘ってそれに覆いをかぶせ、落とし穴を作った。ニヌルタは見事その穴に落ちてしまい、「ここから出してくれ!」と叫んだが亀は無頓着だった。そこにエンキがやってきてニヌルタを馬鹿にし、天命のタブレットはエンキの手に戻ったという。

関連項目


参考資料 - 資料/303:; 資料/350:; 資料/351; 資料/271: ; 資料/CAD, s.v.; 資料/95; 資料/92; 資料/117


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Last-modified: 2010-06-28 (月) 05:59:50