ハブシル

地域・文化:モンゴル・オイラート


 カルムイク語の英雄叙事詩『ジャンガル』に見られる怪物。炎を吐くラクダ。

 英雄ジャンガルは、そもそもタキ・ズラ・ハーンの後裔にしてタンサク・ブンバ・ハーンの孫、そしてウズュン・ハーンの息子であった。しかし彼が2歳のとき、凶暴なマンガスが故国に攻め上り、国は征服され、ジャンガルは孤児になった。
 その後いろいろあってジャンガルは広大な領土を所有し、素晴らしい家臣を持ち、壮麗な宮殿に美しい妻とともに住み、天下にその名を知れ渡らしめている幸福な君主となった。しかし、そのうわさはいつしかジャンガルの故国を攻め滅ぼした強豪キュルメン・ハーンの国土にまで流れるようになった。キュルメン・ハーンは「日没の後ろ角」に住んでおり、彼からみてジャンガルの国はちょうど日の昇るところにあった。
 「日が昇る方角で、おれの討ち破ったハーンの孤児がえらく名を挙げておる」
 そうして、ジャンガルの国に偵察の使者を派遣しようとしていた。そのことを察したジャンガルは 勝ち目が薄いと思ったのか大粒の涙を家臣たちの前で流し(叙事詩のなかでも、ジャンガルは必ずしも完全無欠とは言えないのである)、明日の国土のことは保証できないと彼らに嘆いたのだった。なんとかしてハーンを生け捕りにしてここに引き出すことができればいいのだが、それは難しい相談だった。そんな中、賢臣である「千里眼」アルタン・チェージが、ジャンガルに、自分でその派遣すべき勇者を決めるべき、と提案をした。
 「天下の美男子」ミンヤンに白羽の矢が立った。ジャンガルは、名馬アルタン・シャルガでキュルメン・ハーンの国へ行き、この悪王を捕えてくるように命じたのである。しかしミンヤンはただちに泣きながらジャンガルに、自分がいかにして自国を捨てて偉大なるジャンガルに付き従うことを決意したかを訴え、独り者で近親がいないから自分が命令されたのだ、と嘆いた。しかしアルタン・チェージの「お前うるさいな。あっちで投降するならすればよかろ」という一言で彼は思いを決め、馬に鞍を載せ、最高の武具に身を固め、日の没する方向へと旅することになったのである。
 アルタン・チェージは千里眼であったので、ミンヤンの行く手を阻む多くの妖怪たちについて、いかに対処すればそれらの脅威を乗り越えることができるのか、を逐一教授した。その最初のものが、炎を吐くラクダのハブシルである。
 ミンヤンがアルタン・シャルガにのって3ヶ月行程の道を突っ走っていると、正午ごろ、目の前に白いオスラクダのハブシルが現れた。その歯軋りする口から12条の炎が放たれ、すさまじい音を立ててながらミンヤンらのところへと近づいてきた。アルタン・シャルガは走るのをやめた。そこでミンヤンは馬から降り、黒い革鞭を手にしてハブシルのところへと走りよった。ハブシルが右側から咥えようとしたが、ミンヤンはその瞬間に左のほうへ飛び、さらに二つのこぶの間を越えていった。左から咥えようとしても、ミンヤンはその瞬間に右のほうへと飛び、さらに二つのこぶの間を越えていった。このようにして、ハブシルはどちら側からミンヤンを咥えようとしても相手がすばやく逆の方向に動くので、咥えることができなかった。お前の吐き出す炎は飾りなのか。そのうちミンヤンは鋭い黄色い鋼鉄剣を抜き払い、ハブシルの脳天を叩き斬って倒してしまった。
 横たわったハブシルの身体は99の川をせきとめてしまった。ミンヤンはというと、2つのこぶを切り取って焼いて食べたのであった。

 その後ミンヤンはいくつかの難関に出会うが、最終的には謎の最強の娘に助けられつつキュルメン・ハーンを生け捕りにしてジャンガルのもとへと凱旋したのであった。

関連項目


参考資料 - 資料/257:


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Last-modified: 2010-06-28 (月) 05:50:22