天狗

Tengu

地域・文化:日本・全国


 別名: 今の人(石川)、クインサン(奈良)、狗賓(ぐひん、愛知、岡山、香川)など。

辞典的定義

 「テング」としての最初期の文献は『宇津保物語』俊蔭(970-990ca)「かくはるかなる山に、誰れかものの音調べて遊びゐたらん。天ぐのするにこそあらめ」と『源氏物語』夢浮橋(1001-1014ca)「事の心をし量り思たまふるにてんくこだまなどやうの物のあさむき率てたてまつりける」。のように、山の精霊としての意味合いが強かった。
 『色葉字類抄』(1177-81)には「天狐 テンク」とある。
 天狗道という言葉は『古事談』三・担応為染殿后退天狗事(1212-15ca)が初出。

神聖な山に住む様々な妖怪変化の頂点に位置している妖怪。修験者のような格好をしている。『天狗経』によれば、全国に十二万五千五百の天狗が棲むそうである。

天狗のルーツ

 この天狗が、いつ頃から人々の間で知られるようなことになったかは、不明である。しかし、「天狗」という漢字そのものは中国から伝わったものだ。それは、サンスクリット語のウルカー(流星)を意訳したもので、この頃流星は不吉なことの前兆と考えられていた。
 姿は迦屡羅(かるら・ヒンドゥー教のガルダ)が原型だとされている。奈良時代に造られた迦屡羅像も烏天狗にそっくりである。天狗が目撃されるようになったのは、この時代からである。天狗という漢字と迦屡羅の姿、それに日本古来の山の霊が結びついて天狗が生まれたのだろう。

日本神話の天狗

 江戸時代の天狗論者の諦忍は、『天狗名義考』に『先代旧事本記』を引用して素戔嗚尊の体内に溜まった猛気が吐物となって口から出た神を天狗神といい、これが天狗の元祖であろうといっている。この神から天邪鬼がうまれた、ともいう。
 小山田与清の『松屋筆記』によれば、天狗はもともと天神という意味で、天の君という霊獣だった。時代が下がるとそれを天公と表記するようになり、それが中国の天狗と混同されたとしている。
 天狗の最初の記述は『日本書紀』で、舒明天皇九年二月十一日に見られたとある。雷のような音を発して流れる星を見て、僧旻が、「流星に非ず、これ天狗(あまつきつね)なり。その声雷音に似たるのみ」といったとされる。

修験道の天狗

 天狗というと、山伏(修験者)の格好をして顔が赤く、鼻が高い、といったイメージが思い浮かぶ。これは、修験道の天狗がもとになっている。修験道では、天狗は神霊の化身だとされた。善悪の二面を持ち、修験者を守る傍ら彼らを試したりするのである。彼らは、尊敬と畏怖の面で崇拝されていた。これは、天狗の原型に日本の山の神の概念があったからである。修験道では、天狗は寺院や霊場を守る神として金剛童子ともよばれ、像まで造られている。修験者はこれらの天狗を崇拝するとともに使役していた。これが護法童子の原型だといわれることもある。  しかし、この天狗にも悪い面がある。天狗は暴風雨を起こしたり、人を誘拐することもあるのだ。時には同性愛の相手として美男子を誘拐することもあった。
 天狗は修験者の格好をしていて鳶や鼻が高い顔をしている。これは、修験者が舞をするときに着ける面に由来するとされている。「治動面」は鼻が高く魔を追い払い、「迦屡羅面」はその名の通り迦屡羅のことで、蛇(龍王)を食べる烏の顔。日本の天狗は、他に鷲や鳶などの猛禽類が混ざった顔をしている。

仏教の天狗

 仏教僧は、厳しい修行の末に悟りを開き、極楽浄土へ生まれ変わることを目的とするが、僧の中で、自信過剰であったり、良からぬ心、この世への執着、愛欲の情、その他様々な理由で悟りを開けなかった僧は、死後天狗道に落ちるという。
 しかしそれでもまだ生きている時に良いことをした僧が善天狗になる。この天狗は修験道の天狗のように他の修行僧を守護したり、険しい山に参拝に来る人を災害や悪霊達から守ったりする。このため、いずれは生まれ変わって人間になり、極楽浄土へもいけるのだ。また、心の悪い者や不浄の者には悪戯をして恐れさせたりもする。  一方、生前何の徳も積まず、悪心ばかりだった僧は死後悪天狗に生まれ変わり、他の修行僧が悟りを開くのを妨害し、自分と同じ天狗道に落とそうとする。
 この二つの天狗の姿は全く同じで、どちらも烏天狗の格好をしている。服装は僧侶で、口は狗や鳥のように飛び出ている。人間に変身するときは、老いた僧になりる。このように、天狗は変身すると一見人間とは見分けはつかない。ただ、長時間近くにいると犬の糞の臭いがするので、姿が見えなくても天狗がいるとわかる。
 また、天狗は空を飛ぶこともでき、天竺から日本までも飛ぶことが出来る。ひと一人くらいなら、抱えて飛ぶこともできた。さらに、幻術を出して自分の姿を消したり、逆に自分の姿を作り出したりする。また、修行僧に対しては空から花を降らせたり菩薩や如来に変身したりして僧に極楽浄土にいるような錯覚も見せる。天狗は、この幻術を人間に教えることもある。善天狗なら純粋な好意で教えてくれるのだが、悪天狗は術に熱中させて修行をやめさせよう、という下心がある。  ただ、彼らももとは仏教の僧侶だったので、仏教への執着は依然強く残っている。高僧の法力や密教の加持祈祷には手も足も出ない。また、強力の武者も天狗が苦手とする。

固有名

 天狗には固有名もいくつかあるようで、知切光歳が『天狗の研究』でまとめているところによると、その歴史は愛宕山太郎坊が『源平盛衰記』(鎌倉初期)の住吉神託宣に出ているのが最初。『太平記』にも愛宕山の天狗集会の長老として登場。それ以外には固有名はない。しかし、すでに大峰前鬼、後鬼の名前はあった模様。彦山豊前坊、葛城山高天坊などはあったかもしれない。
 世阿弥や同時代の謡曲作曲者たちによる『鞍馬天狗』『花月』『松山天狗』などに天狗の名前、山が出てくる。
 『鞍馬天狗』には鞍馬山僧正坊、彦山豊前坊、白峯相模坊、大山伯耆坊、飯綱三郎、富士太郎、大峰前鬼、葛城山高天坊、比良(次郎坊)、横川(よかわ。覚海坊)、如意ヶ嶽(薬師坊)、高雄(内供奉)、愛宕山(太郎坊)がある。
 『花月』には彦の山(豊前坊)、白峯(相模坊)、大山(伯耆坊)、鬼ヶ城(如意?)、愛宕の山の太郎坊、比良の峯の次郎坊、比叡の大嶽(法性坊)、横川(覚海坊)、葛城(高天坊)、高間の山(高雄?)、山上大峯(前鬼)、釈迦ヶ嶽(金平六)、富士(太郎)。
 『御伽草子』の「天狗の内裏」には、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、高野山三郎坊、那智山四郎坊、かんのくらの豊前坊、大唐のほうこう坊、天竺の日輪坊。フィクションっぽいらしい。
 江戸の『役行者御伝記』という談義本には、行者が山と山の間に橋をかけようとして全国の天狗を呼び集めさせるところで、
鞍馬山僧正坊、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、
(新出)富士太郎、上野妙義坊、厳島三鬼神、常陸筑波法印、
彦山豊前坊、大山伯耆坊、比叡山法性坊、
(新出)肥後阿闍梨、高雄内供奉、
白峯相模坊、
(新出)秋葉山三尺坊、高野山高林坊、堺ノ浦太郎坊、大峯金平六、
葛城山高間坊、大峯前鬼、
(新出)大峯後鬼。
とある。

 江戸中期の『天狗経』にはさらにたくさん天狗の固有名がある。鉛が多く、意味の取りにくい山や天狗があり、当て字も少なくない。同系統の『四十八ヶ山大権現』はもうどこかわからない山だらけらしい。

基督教

 キリスト教の悪魔も天狗と呼ばれることがある。『ぎやどぺかどる』下・二・四(1599)に「天狗の謀略、あにまを出入し様々に変ずる事を弁へ、万の望みを本とせず、表むき善なりと見ゆる事に、早く同心せざる事も此善也」とある。

関連項目


参考資料 - 資料/139:; 資料/222:


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Last-modified: 2010-06-28 (月) 05:43:54 (2730d)