『ベーオウルフ』のドラカ

Draca in Bēowulf

地域・文化:イングランド


 古英語叙事詩『ベーオウルフ』後半の主役であるドラゴン

 詩人はこのドラゴンに対していくつかの用語を使ってはいるが、前半の鬼に固有名詞グレンデルがあったのとは対照的に、こちらの怪物に固有名詞はない。あくまでもアダムの子孫である「人間」グレンデルと、単なる怪物の差である。
 具体的には、もっとも頻繁にこの怪物をさして使われる用語はウュルム(Wyrm)である。これは現代英語になるとワーム(worm)となるわけだが、蛇やミミズのような「長い虫」、蛆虫などを意味する広い言葉であった。その次に多いのはドラカ(draca)。こちらのほうはギリシア語のドラコーン(δρακων)起源で、現代英語のドラゴン(dragon)にあたる。ドラカはワームよりは狭義の言葉で、蛇(serpent)や竜、海の怪物などを意味する。つまり、ベーオウルフと戦ったのは、叙事詩作者に言わせればドラゴンというよりはむしろワームなわけである(もちろん、現代英語とベーオウルフの古英語では10世紀以上の隔たりがあるので、単語の意味するところは異なってきている)。ところで、日本語訳ではどちらも竜と訳されてしまっている。ベーオウルフとビーオウルフをわざわざ訳し分けている山口秀夫訳でも、ウュルムとドラカの差はないことになっているが、いかがなものか。
 ただ、ウュルムは単独で使われるのがほとんどであるのに対し、ドラカのほうは4箇所ほどでほかの単語と組み合わさって合成語をなしている。一つはこのドラゴンの最大の特徴である、全身を覆い、町をあっというまに焼き尽くす強烈な炎である。現代英語では炎はファイア(fire)だが、これの古英語版がフュル(fyr)である。また、もう一つ別にリグ(lig)、レグ(leg)という単語も炎と訳されるらしい。そしてこれら3つの単語が組み合わさり、フュルドラカ(Fyrdraca)、リグドラカ(Ligdraca)、レグドラカ(Legdraca)という合成語が作中で使われている(それぞれ2689、2333、3040行。ところで山口秀夫対訳のテキストではlegがligになっている。ネット上で拾ったベーオウルフの原文テキストはlegになっているので、登録総数水増しのためにそちらをここでも使うことにする)。もうひとつは「大地」アース(earth)を意味するヨルズ(エルズ。eorð)であり、ヨルズドラカ(Eorðdraca)になる。これは、いくらドラゴンが空を飛んで火を吐くとはいっても、基本的には大地にべったりで黄金の財宝を眺めて横たわっているところから来ているのだろう。
 詩人はそのほかにもこの空飛ぶドラゴンに対して多くの形容をしているが、ここでは省略する。

関連項目


参考資料 - 資料/229:; 資料/112:; 資料/67:; 資料/119:; 資料/268:


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Last-modified: 2010-06-28 (月) 05:40:13