地域・文化:古代エジプト
アポフィス/アポピスは古代ギリシア語の表記で、古代エジプト語ではアーアペプ(ꜥꜣpp/c3pp)またはアペプ(ꜥpp/c3pp*1)。
古代ギリシア語ではApophisではなくApopisが正しいが、今ではApophisと混同されている。
古代エジプトの、混沌と無秩序を象徴する大蛇の怪物。
太陽神ラーが、夜間に大地を支える原初の海ヌンを航海すると、そのたびにアポフィスがラーとその一行を攻撃して邪魔しようとする。しかしほとんど毎晩アポフィスはラーとその一行たちの逆襲にあい、退治されてしまう(ただし、死ぬことはないようだ)。
アポフィスのこの神話は、創造と秩序に対する混沌と無秩序の戦いを意味しているらしい。そもそも創造にせよ秩序にせよ、まずは混沌とした状態と無秩序の状態がなければ始まらないわけで、そういう風に見るならばアポフィスは世界の創造や更新に欠かせない必要悪というか、土台のようなものなのだと言えるだろう(ちょうどバビロンの新年祭で創造神話『エヌマ・エリシュ』が毎年朗読されるのと同じである)。
古代エジプトの「蛇の目録」(ブルックリン・ミュージアムのパピルス第47.218.48番)によればアポフィスは「巨大な蛇で、全体的に赤く、蛇腹は白い。口には4つの牙がある。噛まれたものは即死する」とある。現実のエジプトにこのような種類の蛇は存在しないが、4つの牙というところからしてコブラのような感じが想定されていたらしい。赤は悪と関連する色彩である。
パピルスに描かれているアポフィスが無傷でいることはめったにない。必ず小刀で刺されていたり、槍で貫かれていたり、頭を斬られていたりする。そんなわけで彫像も現存していない。なぜなら、一度祭儀用に造られたアポフィスの彫像はすぐに破壊されてしまっていたからだ。
ギリシア・ローマ時代には、神殿の装飾として亀の姿で描かれることがあった。
語源説はいくつかある。
もっとも一般的なのは、「巨大なもの」とする説。c3には「大きな」「広い」「豊富な」という意味がある*2。
アーアペプをアーア(c3)とペプ(pp)に分解し、それぞれ「偉大な」「泡立て」なので「大いなる泡立て」とする説。これはアポフィスが根本的には水の中の蛇であるところからの推測である(ペプは擬音語)*3)。音声学的な再建は、ウーッ・パープ(cu3 pā́pu[w])。
また、古王国時代のc3p「口ごもるもの(強意語)」に由来するという説もある。この推測によれば、アポフィスは「アンチ・コミュニケーション」の象徴であり、言語伝達が不可能な相手である、という含意がアポフィスという名称に潜んでいるという*4。たとえば、
この蛇には眼がない、 鼻がない、耳もない…… 「それ」はその叫び(hmhm.t)で呼吸し、 「それ」は「それ」の叫びに生きている。
という『門の書』「第6の時間」にあるこの記述は、アポフィスが反社会的な存在で、感覚器官を持たないということを描写している。。