タンニーン

Tannîn
תַּנִּין

地域・文化:ユダヤ教


 水に棲む怪物。
 日本語では「竜」と訳されることが多いが、「蛇」だったり「ジャッカル」だったりすることもある。英訳だとdragon, sea-monster, serpent, jackalなど。わずかな例ではっきりと「蛇」として訳せるのは、モーセがエジプトの魔術師と対決した時に魔術師が出した蛇と、アーロンの杖から出した蛇のところである。蛇は通常ナーハーシュ(nāhāš)だが、この2つの部分ではタンニーンと書かれている。

 「創世記」第1章21節に、まずタンニーンという単語が現れる。
 まず神は天と地を創造した。その後、光や空、水、植物、太陽などの天体を創造した。
 第五の日に、神は、水に群がるものと翼ある鳥を創造し、「海の水に」「地の上に」埋めよ、増えよといった。
 ここの「水に群がるもの」として、新共同訳では、神が「大きな怪物」=ハ・タンニーニム・ハ・ゲドーリーム(直訳だと「大いなるタンニンたち」)と「うごめく生き物」の2種類を創造した、とある。「うごめく生き物」は普通に魚介類のことだと考えられているが、それとは別に表現されている「大きな怪物」には、2つの説がある。1つはレヴィアタンやラハブのような、ヘブライ神話に登場していたと思われる巨大な怪獣を意味するというもの。もう一つは、クジラや河馬、ワニなどの、大型の水棲動物を意味するというものである。とはいえ、クジラなどは古代から怪物と同一視されてきたし(たとえば古代ギリシア語でクジラを意味するケトスは、実際はもっと広い意味で海の巨大な怪物を意味していた)、河馬やワニなどもベヘモトの原型の一つだと言われていることを考えれば、2つカテゴリの境界は曖昧で、実際にはヘブライ人にとってもどっちでもよかったのだと思われる。
 どちらにしても、神はタンニーンを複数創造している。

 その後も、旧約聖書には幾度となくタンニーンという言葉が現われる。それは上記のように普通の「蛇」を意味することもあれば、日本語で「竜」と訳されるような怪物として考えられていることもある。しかし、怪物としてのタンニーンについての記述を拾ってきてみても、レヴィアタンやラハブと同じく、この怪物についての具体的なストーリーや明確な特徴といったものはよくわからないままである。

 以下、タンニーンという単語のある聖書の箇所を羅列。すべて新共同訳。
 ほとんどの場合、「タンニーンか、○×か。」といったように別の言葉と並べられているので、そこに注目。

『ヨブ記』7章12節。
「わたしは海の怪物なのか竜なのか」

 ここではヤームが「海の怪物」と訳されてる(普通は「海」と訳す)。「竜」はタンニーン。ヤームはウガリット神話に登場する、神バアルの宿敵である海の神(または魔神)ヤムと語源的に共通だし、タンニーンと並べてあるから、海の怪物と訳すほうが単に「海」と訳すよりも内容的には妥当なのだろう。英語だとseaとsea-monsterが並んでよく意味がわからなくなってる。

『詩篇』74章13~14節。
あなたは、御力をもって海を分け 大水の上で竜の頭を砕かれました
レビヤタンの頭を打ち砕き それを砂漠の民の食糧とされたのもあなたです」

 ここの「竜」は実はタンニーニム、つまり複数形である(レヴィアタンは単数形)。「海を分け」というのは、モーセ率いるイスラエルの人々が、エジプトを脱出するときに紅海を割って手助けをしたことである。『詩篇』は、神(モーセ)が海を割ったことを、海=竜を砕いたことにたとえている。また、読み方によっては、ほとんど同じ表現が繰り返されているレヴィアタンをタンニーニームそのもの、またはうち一頭だと考えることもできる。

『詩篇』148章7節。
「地において主を賛美せよ 海に住む竜よ、深淵よ」

 とあるが、ここの「竜」もタンニーニームとなっている。深淵(テホーモート、テホームの複数形)と並べてある。

『イザヤ書』27章1節。
「その日[審判の日]、主は厳しく、大きく、強い剣をもって
逃げる蛇レビヤタン 曲がりくねる蛇レビヤタンを罰し
また海にいる竜を殺される」

 ここではタンニーン。「海にいる」と明記されている。詩篇74節と似たようなところだけど、詩篇が過去の出来事であるのに対し、イザヤ書は未来の出来事である。

『イザヤ書』51章9節。
「ラハブを切り裂き、竜を貫いたのは あなたではなかったか」

 ここでは、続いて、詩篇74章のようにエジプト脱出のときの海割りのことが歌われている。「竜」はタンニーン。ラハブ(旧約時代の発音だとラハヴ)もまた、レヴィアタンと同じく、神話的な怪物だとされているもの。しかし、具体的な神話は知られていない。

『エレミヤ書』51章34節。
「バビロンの王ネブカドレツァルは わたしに食いつき、当惑させ 竜のように私を呑み込み 以下略」

 まあ普通に、タンニーン。

 このように、タンニーン(またはタンニーニーム)は、「海(の怪物)」、「レヴィアタン」、「深淵」、「ラハブ」と並べられていることがわかる。

 広く古代オリエントでは、海というものが原初的な怪物と同義に考えられていた。
 最も有名なのはティアマトである。ティアマトはバビロニアの創世神話に登場する原初の女神であり、塩水をつかさどる。混沌の中から生まれ、自らも混沌としたままの状態で最初のうちを過ごしていた。ティアマトは、姿こそ竜のように具体的な怪物であるとは明記されていないものの、神々の王マルドゥクが彼女に戦いを挑んだ時は、今なら充分竜と呼ぶに値する怪物を含んだ怪獣軍団を生み出した。
 ユダヤ教の母体となった神話に非常に類縁性があると考えられているウガリット神話でも、上にあるように、バアル神が「海」の魔神ヤムと、アナト女神がレヴィアタンと語源を同一にするリタンという蛇の怪物と戦ったことが知られている。
 多くの箇所でさまざまな存在と併置されているタンニーンという言葉が示すものは、レヴィアタンやラハブといった固有の存在であるというよりは、このような、広く神に敵対する「海=深淵=蛇」という存在だったのだろう。

 アラビアでは、ティンニーンという言葉で「竜」を意味する。

関連項目


参考資料 - 資料/356:; 資料/126:


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