ディブク

Dibukk, Dybbuk

地域・文化:イディッシュ


 ディブック。複数形ディブキム(Dibbukim)。
 ヨーロッパの中世以降のユダヤ人社会、とくにイディッシュの民間伝承で信じられていた、人間に取り憑く悪霊のこと。ディブクは人に取り付くとその魂を「切り裂き」、精神的に痛めつけ、苦しめる。また、取り憑いた人を通して語ることもあれば、あたかも中にもう一人の人格が存在するかのように振舞わせることもあった。モーセス・コルドヴェロはディブクを「悪の妊娠」であるとしている。
 ディブクは、その当初は人間に敵対する悪魔であると考えられていた。しかし時が経つにつれ、その正体はさまよえる人間の死霊であり、安住の地を見つけることができず、悪霊になってしまうものだとされるようになった。この信仰は、少し前から広まりつつあったギルグルの概念(ユダヤ教版輪廻転生)と相通じあい、ディブクたちは非常に重大な罪を犯してしまったために輪廻転生することが許されず、自分たちの魂が落ち着ける肉体を探して人々を襲うのであると考えられるようになったのである。
 ディブクに取り憑かれたからには何とかしてこの悪霊を犠牲者の体から取り除かなければならないので、悪魔祓い、いわゆるエクソシストがここで出番となる。イサク・ルリア門下のカバラ文献にはディブクについての物語やディブク症状をいかにして祓うかの手順を記したものが存在し、数多くの写本に同様の祓魔法が記述されている。追い払われたディブクはエクソシストによってティックン(tikkun)「再建」され、運がよければ輪廻転生へと導かれ、悪ければ地獄へ落とされることになる。このようなディブクに関する証言や資料は1560年に始まって20世紀初頭まで続いている。

 ディブクの語源はヘブライ語の動詞ダヴォク(davok)「突く/切り裂く」で、カバラ文献では、この言葉自体は悪霊と人間の体についての関係を表現するときに用いられていた。17世紀ごろにはドイツやポーランドのユダヤ人の間でディブクという言葉が悪霊そのものを意味するものとして文字資料に見えるようになったが、本来のディブクの用法は、人々の症状としてのディブク・メルアハ・ルア(dibbuk me-ru'ah ra'ah)「悪霊の裂け目」またはディブク・ミン・ハヒゾニム(dibbuk min ha-hizonim)「外からのディブク」の略語としてのものだった。それが、いつしか悪霊そのものの名前を意味するようになったらしい。
 悪霊が人体に侵入してその人を異常にする、といった伝承は新約聖書にも「悪霊(あくれい、と読む)」として出てくるし、タルムード系文献ではルアハ・テラジトとして知られる悪霊が起こすものだとされていた。ただし「悪霊憑き」は中世ユダヤ社会ほどは盛んに記録されるものではなかった。

 ちなみに、ディブクを題材とした音楽作品や演劇は結構な数があるらしい。

関連項目


参考資料 - 資料/7: s.v.


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