ヤルダバオト

Yaldabaōth
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地域・文化:グノーシス主義


 ヤルダバオート。
 グノーシス主義とは、この世は本質的に悪であり、人間の本質はこの世の外にある真の創造神と同一であるという考えである。そして、この可視的な世界を創造した神が、一般的にヤルダバオトと呼ばれる。語源はいくつか説があるが未詳。
 ちなみに、ちまたで言われているように、グノーシス主義がユダヤ教やキリスト教の亜流であるというわけではなく、グノーシス主義がそれらの神話を部分的に借用してみずからの世界観を説明したに過ぎない。ストア哲学やギリシア神話など、紀元前後に知られていた様々な世界観を借用して新たな世界観を語ろうとしているからである。
 ヤルダバオトは至高神以下の神的存在によって満たされた超越的な光の世界(プレーローマ)の中での過失によって生まれた失敗作であり、自らが最高存在だと考える無知蒙昧な存在である。旧約聖書をベースにした多くのグノーシス主義の神話ではヤハウェがこの無知蒙昧な存在にあたるとされ、エデンの園の蛇は人間に知恵を与えるためにプレーローマからつかわされた善なる存在だというふうに価値が逆転している。

『ヨハネのアポクリュフォン』におけるヤルダバオト

 『ヨハネのアポクリュフォン』では、ヤルダバオトはプレーローマの存在の一つであるソフィアが不完全なまま生み出した息子だとされている。ヤルダバオトは母親に似ず、ライオンの姿をした竜の形であった。ヤルダバオトは第一のアルコーン(支配者)となった。アポクリュフォンではサクラス、サマエールが彼の別名となっている。
 ソフィアに捨てられた彼は炎の中に12の天使(この文脈では悪)をうみだした。天使の名前は写本によって微妙に異なるが、ナグハマディ写本IIIにあるものによればハオート、ハルマス、ガリラ、イョーベール、アドーナイオス、サバオート、カイナン・カミン、アビレッシア、イョーベール(既出のとは違うらしい)、アルムピアエール、アドーニン、ベリアスとなっている。12宮に対応すると考えられている。
 ヤルダバオトは、さらに7人の王に天を支配させ、5人の王に奈落を支配させるようにした。7人は7つの惑星に対応し、写本IIIによればその名前はアオート、エローアイオス、アスタファイオス、ヤゾー、アドーナイオス、アドーニン(この2者と既出のが同じなのかどうか知らない)、サバダイオスとなっている。この7者は自分たちのために360または365の天使をうみだした。
 ヤルダバオトは彼らに自らの力である「炎」をわけあたえた。しかし、ソフィアの本質であり自らの体内にあった「光」は分け与えなかった(グノーシスではギリシアの世界観で最上位にある炎の上に光がおかれる)。そのため、彼は自らの配下に自らを「神」と呼ばせた。
 ヤルダバオトは宣言する。「私は妬む神である。私のほかに神はいない」。完全なヤハウェのパロディである宣言だが、これによってヤルダバオトは自らが唯一神でないことを露呈してしまう。

 ソフィアは苦悩しはじめた。彼女は祈り、その願いは全プレーローマに聞き届けられ、ソフィアはヤルダバオトの世界とプレーローマの中間にまでひきあげられた。
 至高神とバルベーローからうまれた「第1の人間」であるアウトゲネースが自己啓示をした。しかしヤルダバオトにはそれが見えず、7人の天使たちは暗黒の水に映る人間の姿を認めた。そこで彼らはその像に倣って人間を創ることにした。名前はアダム。
 アダムをつくるにあたって、アポクリュフォンでは様々な力や天使の名前が列挙されている。しかし、それだけ大勢が力を結集しても、アダムは動くことはなかった。
 ソフィアはヤルダバオトに与えた力を取り戻したいと願っていた。そこで至高神は光の存在を遣わし、ヤルダバオトに「あなたの息をアダムに吹き込みなさい」と助言した。これはその息をヤルダバオトから奪うための策略であった。アダムは光り輝いた。しかし彼はすべての天使の力にあわせて光を得たため、天使たちすべてから嫉妬されるようになった。天使たちは彼を死の影の中へと連れ込み、忘却の鎖をつけ、人を死すべき存在として、楽園に連れ込み、それを快楽と思い込ませた。
 楽園エデンには、悪である生命の樹と、プレーローマからきたエピノイアである知恵の樹があった。エピノイアはアダムの中に入り、ヤルダバオトはそれを得ようとした。しかし闇は光を捉えることが出来ず、しかたなく彼はアダムの一部を抜き取ってエピノイアの像にしたがって女性を作った。エピノイアは鷲の姿で2人に知恵の実を食べさせた。ヤルダバオトは2人を楽園から追放した。
 ヤルダバオトはエヴァを見て無知で一杯になり、彼女を襲って2人の子供を産ませた。一人はヤウァイ一人はエローイムで、我々の知るところのカインとアベルである。ヤルダバオトはアダムにも性欲を植え付けた。
 かくして人類の試練は始まるのであった。

 以上はとてもわかりにくい文章から私がなんとなく見当をつけて要約してみた神話であり、正しい解釈とはとてもいえません。詳しく知りたければぜひ「ナグ・ハマディ文書I 救済神話」を手にとることをお薦めします。

関連項目


参考資料 - 資料/23:51ff.


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Last-modified: 2013-09-07 (土) 19:33:50