ウェールズのドラゴン † ウェールズはブリテン島南西部にある地域。イギリス(連合王国)の中心であるイングランドに隣接してはいるが、民族的にはウェールズ人、あるいは自称カムリと言い、イングランド人やスコットランド人、アイルランド人などとは区別されて認識されている。サッカー協会も独立して存在している。現在の公用語は英語とウェールズ語で、住民全てが英語話者、数割がウェールズ語話者であるとされる。ウェールズ語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属すので、ウェールズは言語的観点から見るとケルトであるということができる。また、アーサー王伝説やマビノギはウェールズが中心となった神話伝説群である。 Wikipediaなどではウェールズと赤いドラゴンのつながりはまるで千年以上前からあるかのように書かれているが、実際のところ、確たる歴史的証拠はない。今後、このあたりのことを書き足す予定。 赤いドラゴンと白いドラゴン †モンマスのジェフリーが著した『ブリテン列王史』*1(Historia Regum Britanniae)には、この「赤いドラゴン」が人々の目の前に現れ、そして若きマーリンが「これはブリトン人の象徴である」と予言した、云々という物語が入っている。ただし以下の物語がウェールズ起源なのかどうかについては曖昧である。 いろんな事情があって、ヴォーティゲルン(Vortigern)王はスノードンのディナス・エムリスに城を建てることにした。そして石工を集めて壁を作り始めたが、いつまで経っても完成の目処はたたなかった。というのも、昼に建てたはずの部分が、夜になると崩されてしまっていたからである。ヴォーティゲルンは12人の賢者を呼び出し、策を練らせた。 確かに賢者たちは間違ったことを言ったかもしれませんけど、結果的にマーリンを連れてきたんだから悪くはないと思います(違) 東方起源 † ウェールズの赤いドラゴンの起源は、ローマ帝国の軍旗に遡るといわれているが、直接的なものかどうかはわからない。アングロサクソン側がドラゴンを軍旗に使ったのは年代記などからも明らかである。 アーサー王伝説 †ドラゴンをかたどったローマ軍旗は、アーサー王伝説や中世の絵画にも現れる。 旗幟を持つアーサーの騎士たち*3。 旗というよりは吹流しのような、竜旗。胴体は単なる蛇だが、頭部には耳があり、毛が生えていて、鼻は寸詰まり、全体的に狼というよりはネコ科の動物に近い姿をしている。ちなみにどこにも「これはドラゴンです」とは書かれていない。当時、実際に騎士たちがこのような旗を持って戦争をしていたわけではなく、古代ローマ時代の記憶がこの絵画に反映されているのだとされている。 王の父親にあたるユーサー・ペンドラゴン(Uther Pendragon, Uthr Bendragon, Uterpendragon)はその名前にドラゴンが入っていることからしてもウェールズ地方でのドラゴンと軍、または権力とのポジティブな関係が想定される。 「ドラゴンの頭」とはなんぞ? それはもしかしたら、パルティアから伝わった古代ローマ軍の竜旗のことなのだろうか? 鯉のぼりのようなドラゴンが頭上ではためく様子は、もしかするとドラゴンヘッドなイメージを人々に与えたのかもしれない。それとももしかして逆に、ペンドラゴンという名前から、古代ローマの竜旗の古い記憶が蘇ってきたのだろうか? 中世ブリテンでは、実は竜旗は実際には使用されていなかったようなのである。なら、そのイメージが古代から借用されてきたというのも、ありえない話ではない。ただし下に紹介する「竜兜」というイメージから考えると、
物語の中では、ユーサー・ペンドラゴンは兜にドラゴンの彫刻をしていた。そしてその息子であるアーサー王もまた、ドラゴンの彫刻を兜にほりつけていた。ドラゴンは槍の先につけた軍旗から騎士の頭へと降りてきたのである。 かなり時代は下るがシェイクスピアの同時代人であるエドマンド・スペンサーの『妖精女王』(Faerie Queene, 1596)第1巻第7篇の31には次のような描写が見られる。 一面に黄金の彫刻がしてあるその高い兜は 燦然たる輝きと大変な恐れの両方を生み出していた。 というのは一匹の竜が、兜の前立てを足で しっかりと抱き込み、その上に黄金の翼を 広げていたからである。面頬の上に ぴったりと顎をつけた恐ろしい頭は、 真っ赤に輝く炎を燃える口から吐いているように見え、 気の弱い者はすぐに怖気づくほどで、 それに、鱗のついた尾が背中のずっと下まで延びていた。((和田勇一、福田昇八(訳)『妖精女王I』p.195.)) スペンサーによればアーサーの兜に彫り付けられたドラゴンは、(1)足がある。(2)翼が生えている。(3)炎を吐く。(4)鱗のある尾は長い。という特徴を備えている。 具体的にどういうものか? アーサー王ではないがhttp://digi.ub.uni-heidelberg.de/sammlung1/cpg/cpg359.xml?docname=cpg359&pageid=PAGE0113にそれっぽいのがある。 この竜旗はあまり悪魔や地獄などと関連付けられることはないが、フランスの武勲詩『ローランの歌』(12世紀前半)113には例外的にサラセン人(イスラム教徒。作中では多神教であるとされている)が竜旗を掲げているという描写が見られる*4。 |