このページには、主に、神話的・神秘的な竜や竜の物語を集める予定。動物と一緒に並べられている、「動物としての」中国の竜についての記述は動物の長たる竜のほうに集める。また、神や信仰の対象としての中国の竜については道教の竜のほうに解説する。

時空を超越する竜

 竜の具体的な性質について書かれた書物は『管子』がかなり古い部類に入るらしい(中野美代子による)。『管子』はいちおう春秋時代の斉の宰相である管中に擬せられているが、実際は戦国時代から漢のはじめにかけてまとめられたらしい。諸子百家のうちでは法家に属す。その『管子』第十四「水地第三十九」は水のことを説いているが、「伏闇」つまり地下に水の流れるくらい場所に住んでいて、そこで生まれ死ぬものとして老亀と竜を挙げる。

竜は水の中で生まれ、五色に彩られながら泳ぐ。それゆえ「神」なのである。
小さくなろうとすれば変身して虫ほどにもなり、大きくなろうと思えば天地を覆うほどにもなる。
天に上ると雲より上に、下ろうとすれば深い泉にも入る。
変幻自在で「日無く、時無き」、これを「神」という。

 明治書院の『新釈漢文大系 管子』によれば「神」というのは「神秘的な能力のある存在」らしい。
 このように、前7世紀の『管子』において、すでに竜は変幻自在であり時空をものともしない超越的な存在だとされている。
 以下に見る(予定)ように、中国の伝説に現れる竜は、『管子』をその描写の極北として、下を見れば単なる地方役人に殺されてしまうような弱い竜に到るまで、実にヴァリエーションに富んでいる。

 中国思想紀元前の二大巨頭である孔子と老子はだいたい同じ年代に生きたといわれているが、『史記』「老子韓非子列伝第三」にはその2人が一度対面し、言葉を交わしたというようなことが書かれている。
そのとき周にいた老子は礼について尋ねた孔子に対し「きみの慕う聖人も今は朽ち果て空しい言葉を残すだけ。きみの高慢さと多欲、もったいぶりとまよいの念を取り去れ。言いたいのはそれだけだ」というようなことを伝えた。
 孔子は辞去し、弟子に老子についての印象を語った。「鳥は飛び、魚は泳ぎ、獣は走る。それは私もよく知っている。そして走るものは網で捕らえ、泳ぐものは糸で釣り、飛ぶものは糸をつけた矢で射落とすことができる。しかし竜は、風雲に乗って天にあがるというが、私にはわからない。老子も竜のような人だった」。*1
 このエピソードは後世の創作であると考えられているが、老子の神秘的な人生を考えると、孔子がこのような印象を持ったとしても案外間違いないかもしれない。どちらにしても、ここでは大聖人たる孔子でさえその理解のおよばないところにある「竜」という存在が際立っている。

万物の霊長

 『淮南子』の「地形訓」第四は自然がどのように成り立つかを解説した箇所だが、その最後のほうに、動植物や「気」がどのようにして生成されるかを順次述べたところがある。そこではまず人間の生成が説明されるが、竜は介在しない。いちおう、人間だけは特別なのである。しかしほかの動物はこのようになっている。

  • 羽嘉→飛竜→鳳皇→鸞鳥→諸々の鳥類
  • 毛犢(もうとく)→応竜→建馬→麒麟→諸々の獣類
  • 介鱗→蛟竜→鯤鯁(こんこう)→建邪→諸々の魚類
  • 介潭(かいたん)→先竜→玄黿(げんげん)→霊亀→諸々の亀類

 このように、その始祖こそ竜ではないものの、始祖から生まれるものはすべて竜である。『新釈漢文大系』によれば、始祖もいずれも抽象的なものであって、竜にいたって初めて具体的な動物に形作られるのではないか、としている。もっとも霊性の高いものはその具体的な姿さえ存在せず、具体的な姿を身にまとう存在の中でもっとも霊性が高いのが竜族なのである。そしてまた、代表的な霊獣である鳳凰や麒麟、霊亀でさえ竜から誕生する。つまり、竜よりもランクが低い。そして最後に生まれるのが普通の動物たち。  竜はこの世に存在するすべての動物の規範であり、最高レベルの存在であり、そして起源なのだ。

 また、何故かはよくわからないが、浮き草もその起源が竜(屈竜。または遊竜)とされている。「遊」は泳ぐという意味もあるが、浮き草は普通の植物と違って移動することができるから竜が起源なのだろうか?

 各方角の「気」もまた、竜を媒介として進化する。
 たとえば黄竜は、「正土(中央)の気→埃天を御す→500年→缺→500年→黄澒→500年→黄金→1000年→黄竜→地に隠れて黄泉を生む→黄泉の埃→黄雲→陰陽の雨気がせまって雷→稲妻→流水となって通じ、黄海で合する」。青竜は東の方角で、黄竜で500年のところが800年。赤竜は南の方角で、700年。白竜は西の方角で、900年。玄澒(これだけ竜ではない)は北の方角で、600年。

竜と鳳

 仏教の竜王ナーガニーズヘグも、いずれも鳥と対立している蛇であり、また、鳥のほうが優勢である。これらに連なる物語が『五雑組』巻九物部一にも見える。
 唐の開元年間(743-741)、鳳が二匹の竜を追って華陰まで来た。竜たちは地面に落ち、それぞれ清らかな川となった。一方は鳳の爪によって傷ついたので、川水が赤い。今は竜骨山がある。
 また、同じく『五雑組』には、古老の話として、鳳は好んで竜の脳みそを食べる、ともある。そのため竜は鳳を畏れる。ちなみに著者によれば、彼の時代には「鳥王 竜を啖うの図」があったらしい。

竜の子孫

竜生九子参照。


*1 小竹文夫、小竹武雄訳『史記』II:pp.8-9。

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Last-modified: 2007-10-30 (火) 18:40:37 (1042d)