竜とドラゴン

アジ・ダハーカ

 アジ・ダハーカ(Aži Dahāka)とは、ゾロアスター教神話に登場する大悪魔の一人である。その名は「ダハーカ竜」という意味を持ち、3つの蛇の頭を持った怪物であると考えられていた。

 ゾロアスター教の衰退後もイラン語圏では根強く竜の怪物として伝承され歴史上の怪物的悪王ザッハークにもなった。また、アルメニアにおいては歴史上の悪王がアジ・ダハーカと同一視された

 このように多様な展開を遂げたアジ・ダハーカであるが、ここではゾロアスター教神話およびそれ以前の神話に絞ってこの怪物を紹介することにする。


 「アジ」はヴリトラのページに書いたように、インド-イラン祖語の「蛇」(serpent)にさかのぼる言葉である。『アヴェスター』には他に「アジ・スルワラ」や「アジ・ザイリタ」といった、蛇型の怪物を表す言葉がいくつか使われている。

 「ダハーカ」の意味はよくわかっていない。いくつか語源説が提示されているが、どれも共通して肯定するのは、-kaを接尾辞とみなし*1、dahā-の意味を考えるというものである。
 もっとも一般的に知られているのはインドのサンスクリットにおけるダーサDāsa「敵対種族、怪物」に求めるもの。インド-イラン祖語時代の*sはインドではsのまま残ったがイランのアヴェスター語などではhに変化したとされるため*2、イランにおけるDahākaという語形はごく自然に、意味内容的にも納得されることになる。

 もう一つ、イラン語派内部にその語源を求めるものがある。この説を提唱しているのがマルティン・シュヴァルツで、彼がマンフレート・マイアホーファーの『イラン語固有名の書 第1巻 古代イラン語名彙 第1冊 アヴェスター語名彙』(Manfred Mayrhofer, Iranisches Personennamenbuch. Band I: Die altiranischen Namen. Faszikel 1: Die avestischen Namen, Wien: Verlag der Österreichischen Akademie der Wissenschaften, 1977)をレビューした中で*3、dahāka-の語源/意味を次のように推測している。以下、抄訳(カッコ内はtoroiaによる補足)。
 (上述のとおり、)アヴェスター語のdahāka-とサンスクリットのdāsa-は語源的に関連するだろうが、その意味はイラン語内部の展開によってもっともよく理解できる。
 まず、dahāka-およびdāsa-の祖形であるインド-イラン祖語の*dasa-は「男性、人間」であると考えられる。保守的サカ語群(イラン語の一派)において、ホータン語のdaha-は「男」、ワヒー語のδāiは「人間、英雄」。これらは古代ペルシア語に見られる民族名Daaiと比較できる(この場合Daaiは、「アイヌ」などと同じく自称として「人間」という意味の語を使う民族のことだろう)。そうなると、daha-はアヴェスター語におけるDāha-つまりサカ系の人々や個人名に使われたdåŋha-とも比較できる。この語の「人間」→「召使」という意味の変化はパルティア語のdāhīft「隷属」、新ペルシア語dāh「召使」、ソグド語のδāy「女召使」に見られる。
 『アヴェスター』の「ヤシュト」15.45では風神ワユにdaha-から派生した形容詞dahaka-がつくが、この意味は「男性的、英雄的、タフ」とするのが最善だ(ワユはインド-イラン宗教においてインドラと並ぶ戦の神だった。また、dahaka-は「悪魔的創造物の名」と解釈されていた)。この語は後に戦士に対して肯定的な意味合いでも使われたが、「ヤスナ」11.6では「獰猛な」という意味で否定的な意味となっている。この二義的な意味からアルメニア語のdahič「処刑者、憲兵」、パフラヴィー語dahīg「冷酷な」などが派生した。そしてdahyu-「*人々の集団」→「民族、県」がある。古代インドにおいてのみdasyu-は「非アーリア系集団」という意味を経由して「敵対者、抵抗者」と発展していった。形容/名詞のdāsa-も同様である。そのため、dahāka-を直接dahaka-と結びつけるのは誤りであって、dāsaと結びつけるのも間違いである。
 dahāka-とdaha-「人間」の関連は、maṣ̌iiāka-とmaṣ̌iia-「人間、男」の関連と同様なのであると考えたほうがいい。となるとdahāka-は「ヒト類」(hominoid)という意味になるだろう。dahāka-は常にaži-(「蛇」)が先行する語であり後世二つがaždahāgのように統合されていることからするならば、(dahāka-単独でもなくaži-単独でもない)aži- dahāka-(アジ・ダハーカ)全体を怪物の名とするべきで、その意味は「ヒト蛇あるいは蛇人間」ということになるだろう。このことは、(フェルドゥーシーの『王書』におけるザッハークが)人間の姿で肩から蛇が生えているという描写に一致するし、『アヴェスター』におけるアジ・ダハーカが人間的な行動をしていることから、この観念は古くからのものだということができる。

 つまり、インド-イラン祖語のdasa-は「人間、男」という意味だったのが、イラン語の一部ではdaha-となって「召使」や「人間の集団」という意味になり、アヴェスター語においては「人間」という意味を保っていた。dahaka-は「英雄的」という意味にもなった。daha-のdahāka-「ヒト類」という派生形は蛇aži-とくっついて「蛇人間」という意味の怪物になった。他方インド語においてはdasa-は「人間の集団」→「非アーリア系」→「敵対者」→「怪物、悪魔」という意味になった。だからdahāka-単独では「敵対者」という意味にはならないのである、ということだ。
 アジ・ダハーカのイスラーム版であるザッハーク王がもとは純粋な人間だったのに両肩から蛇が生えてきてしまったということ、比較神話学的にアジ・ダハーカと対応するインド神話のヴリトラ-ヴィシュヴァルーパがそれぞれ蛇と人の形態をしていることなどを考えると、たしかに「人間蛇」という語釈も意味内容的に大きく矛盾するわけではない。後述するバクトリア出土の彫り物も、この語源説を支持しているとみられる。

『アヴェスター』

パフラヴィー語文献

紀元前2000年のアジ・ダハーカ?


*1 インドには、-kaで終わる名詞はたくさんある。
*2 たとえばインドのアスラAsuraとイランのアフラAhura、インドのソーマSomaとイランのハオマHaoma。
*3 Orientalia nova series 49.1(1980): 123-24.

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Last-modified: 2008-09-13 (土) 09:13:30 (4595d)