竜とドラゴン

イルルヤンカシュの神話

背景

 ヒッタイト人はインド・ヨーロッパ語族に属す最古の歴史がある集団である。
 彼らがアナトリア(現在のトルコ)に侵入してきたのは紀元前2000年前後だったが、そのときすでにハッティと呼ばれる先住民族がいた。また、メソポタミア北部には北東コーカサス語族系のフルリ人が一大勢力を持っていた。そんな中ヒッタイトが前17世紀頃に古王国を樹立し、その後バビロン第一王朝やフルリ人を攻めるなど、軍事的な権勢を誇った。しかし大王テリピヌ(前1530-1510頃)没後は国力が衰え、トゥトハリヤ2世が新王国を興してしだいに国力が隆盛してきた。以下略。
 さて、ヒッタイト人の神話や神々は、彼らが印欧語族に属していることから考えると、少なくとも無文字時代は三機能体系に従った神々の序列や物語、宇宙論などが語られていたはずである。しかし文書からはその痕跡は全く認められず、すでに都市文明が起こって千数百年もたっていた周辺地域からの影響のほうがはるかに強い。わずかながら太陽神の名前がシウス(Siuš)である(ギリシアのゼウス、ローマのデウス、インドのディヤウスなどに当たる)ことなどから印欧語族系の宗教がある程度残存していることはわかるが、それ以上のはっきりした証拠はない。ただし、一部の神話(天上主権の世代交代、竜退治)に印欧語族の名残を主張する学者もいる。ヒッタイト人は征服していった土地のありとあらゆる神格を取り込んでいき、神々のパンテオンは、アッシリア、ハッティ、フルリ、バビロニア、シリアなど実に無節操に膨らんでいった。おまけに重要な神話までメソポタミアやフルリ系だとされている*1

 竜が登場するイルルヤンカシュの神話は古王国時代のものである。なので成立年代はおおまかにいって前2000年紀の第2四半期ということになる。
 この神話の主要神格は嵐神と竜イルルヤンカシュだが、実のところ、楔形文字原文には両方とも固有名詞で書かれていない。嵐神のほうは「嵐の神」を意味する楔形文字で(楔形文字は日本語のように表意文字と表音文字が混在している。大文字が表意文字となる)d IM-ašとあるだけ。冒頭のdは「神」を指示する決定詞なので読まない。
 イルルヤンカシュのほうは、実はこれは「蛇」を意味する普通名詞である。楔形文字では表音的にMUŠ ilu-lu-ya-an-ka-ašになり、最後のšは主格語尾なので最近は省略されることが多い。そのためイルルヤンカとか表記上の二重子音を無視してイルヤンカとか表記される。MUŠは「蛇」を指示する決定詞なので読まない。とりあえずここでは普及しているイルルヤンカシュという呼び名を使うが、実際は単に「蛇」という意味でしかないことは注意を要する。また、最後のšはシュと書いているが実際はスに近い。ここではイルルヤンカシュ以外šは省略した。
 名前のバリエーションは、主格語尾を省いた形だとilluyanka-、illuiyanka、ill]iunk[i?、illiya[nka、elliyanku*2
 プーヴェルなどの通説によれば、イルルヤンカシュという語はヒッタイト語起源ではなく(つまりインド・ヨーロッパ語起源ではなく)、アナトリア由来の言葉らしい。意味としては上述のように普通名詞の「蛇」とか「大蛇」であり、下で紹介するような神話に現れる怪物に固有な名前というわけではない。

 この物語はプルリ祭で読まれた。一部、嵐神の名前をプルリヤシュとするものがあるが、これは祭の名前であって神格の名前ではない。この祭は、毎年、雨季がきて河が洪水の危険にさらされるころの祭儀で読まれた神話であるという*3

物語

 嵐の神とイルルヤンカシュがキスキルッサ(Kiškilušša)の町の覇権をもとめて闘ったが、蛇が嵐の神に勝利した。そこで嵐の神は全ての神々を呼び集めて言った。「来たれ、女神イナラ(Inara)が祝宴を用意した!」。彼女は器にワイン、マルヌワン(Marnuwan)、ワルヒ(Walhi)といった飲料を豊富に入れ、大量の食事を用意した。それからイナラはジッガラタ(Ziggarata)の町に行って、人間のフパシヤ(Hupašiya)に出会った。イナラは彼に「ちょっとやろうということがあるんだが、手伝えるか?」と聞いた。フパシヤは「もし私と寝てくださるのなら、貴女の思いを為しましょう」と答えた。二人は寝た(=性行為を行なった)。それからイナラはフパシヤを運んで隠した。
 彼女は着飾ってイルルヤンカシュやその子供たちがいる穴に赴き、祝宴の準備をしたので来て下さいと言った。蛇は子供たちとともに穴を出て宴の席につき、山ほど飲み食いした。それは動けなくなるほど……。そこで隠れていたフパシヤが飛び出し、蛇を縄で縛った。そこに嵐の神が現れ、蛇を殺した。
 蛇退治はこれで終わりだが、続いてフパシヤがイナラの作った家に住まわされ、一人になったところ、こっそりと禁じられていた窓から町を覗き、妻子をみて愛おしく思い、帰してくれと言ったところ**された、というところまで神話は続いている。「**」は伏字というわけではなく、実際粘土板のそのあたりが欠けていてよくわからない。ただ、一般に再構成されるような「フパシヤはイナラに殺害された」あたりが妥当なのだろう。


 同じ粘土板に、もう一つ、微妙に形を変えて蛇退治神話が繰り返されている。こちらは長期計画である。

 イルルヤンカシュは嵐の神を倒して彼の心臓と目玉を奪った。
 嵐の神は貧乏人の娘を妻にめとり、そして息子をもうけた。息子が成長すると、この神は息子を蛇の娘と結婚させた。嵐の神は息子に、「もしおまえが妻の家に行ったら、心臓と目玉を要求するんだ」と言い聞かせた。息子がそのとおりにすると、蛇一家は心臓と目玉をこの夫に渡した。彼は心臓と目玉を父親のところに持っていき、嵐の神はそれを元通りの場所に据えた。元通りの身体になった嵐の神は蛇に戦いを挑んだ。戦場は海である。彼が蛇を打ち倒し天に上ったとき、すっかり蛇族の一員になっていた息子は叫んだ。「僕も入れて――情けはいらないから殺して!」嵐の神は蛇と息子を殺した。


 たまにヤマタノオロチ神話と似ているといわれることがあるのは、嵐の神が(スサノヲ嵐神説には異論も多いが)計略によって蛇を殺すというところが同じだからだろうか。とくに食べ物攻めで動けなくして殺すというのは、確かによく似ている。ただ、逆にいうとそれだけのような気もしないでもない。それに一番の問題は、具体的にどのように関係しているかがさっぱり説明できないところにある。伝播したのか? それとも似たような進化を遂げただけなのか?
 身体の重要部分を奪って動けなくし勝利をほしいままにする竜が計略によって取りもどされ、結局は神々に敗れるという神話はギリシアのテュポンである。イルルヤンカシュ神話とテュポン神話の場合は、地理的にも隣り合っているので、影響関係があったのはほとんど確実のように思われる。
 ただ、二つのバリエーションを眺めてみるに、両方とも神と人間の性的関係がイルルヤンカシュに対する嵐の神側の最終的な優越を保障しているということがわかる。その状況はかなり異なるにせよ、人間側の協力者は殺される。プルリ祭という、人間と神々が直接交流した場において『イルルヤンカシュ神話』が読まれていたという状況とのアナロジーがあったのもまた確実だろう。どちらがどちらに影響を与えたのか?それとも本当は無関係なのか?

 印欧語族の竜退治神話系列にこのイルルヤンカシュを付け加えるのは少し難しい。確かに蛇と戦って勝利するという神話ではあるが、それなら北欧からオーストラリア、南アメリカにいたる全世界中に分布している。おなじ印欧語族のテュポン神話との類似性はたしかに存在するが、それがほかの印欧竜退治神話に見られる、というわけでもない。つまり根っこが同じと証明できるわけでもない。

 イルルヤンカシュを河川のような水の象徴として、洪水を治める儀礼と関連しているとする解釈はどうなのだろうか? これはヤマタノヲロチ神話を歴史学的に解釈するときにもかなり頻繁に行なわれる方法だが、イルルヤンカシュはまず単なる蛇であり、穴に棲んでいて、子供たちがいるだけである。簸の河上の八岐大蛇とはわけが違う。戦う場所は海だが、河川ではない。身体が長いからってすべからく河川と関係しているわけではない! ガスターは上記のように洪水神話と関連して物語を進めているが、これも微妙なところだ。


*1 三笠宮崇仁監修、岡田明子・小林登志子著『古代メソポタミアの神々』pp. 156-68
*2 詳細な出典はJan Puhvel, 1984, Hitte Etymological Dictonary vols.1-2, pp. 358-9を参照。
*3 セオドア・H・ガスター『世界最古の物語』p. 190。この本ではルヤンカスと表記されている

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Last-modified: 2009-07-28 (火) 02:48:30 (4277d)