エヌマ・エリシュ †物語 †バビロニアの創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』(Enūma Eliš, イシン第二王朝(前12世紀)以降成立)によれば、 まだ何も創造されいなかったとき、世界にはアプスーとムンムとティアマトだけがいた。 エアは自分の部屋をアプスーの上に作り、そこで妻ダムキナとの間にマルドゥクをもうけた(ダイメル版ではアッシュール)。子供ができたエアは大いに喜び、マルドゥクに他の神々の二倍の神性を与えた。彼の目は2つではなく4つ、耳は2つではなく4つである、というように。マルドゥクはアヌから4つの風を与えられ、それで遊んでいたが、やはり非常に騒がしく、今度もまたティアマトをいらだたせてしまった。かわいい孫たちとはいえ夫を殺された恨みがありさすがにこれ以上我慢が出来なくなったティアマトは、恐れを知らない11の怪物を生みだし、彼らに神性を与えた。そして息子にして二番目の夫であるキングに対しては天命のタブレットを与え、この軍隊の総司令官としたのである。 マルドゥクはアヌからもらった4つの風に加えて多くの悪風を従え、嵐の車に乗り、さまざまな武器で武装し、ティアマトの軍隊と対峙した。マルドゥクはキングを睨み、彼の歩みをもつれさせた。マルドゥクの恐ろしさに、他にティアマトのもとに参上していた多くの神々もひるんでしまった。弱小の神々が退き、マルドゥクとティアマトは直接対決する。ティアマトは彼のほうを見向きもせず呪文を投げつけ、マルドゥクら神々を侮辱した。マルドゥクはその侮辱に対しティアマトを言葉で挑発した。「さあ、かかってこい」 マルドゥクはティアマトの死体を眺めていたが、しばらくしてそれから天地を作り出すことを思いついた。彼女の体の半分は天になり、彼女の体内の水が雨として地上に降り注ぐようになった。残りの半分は大地となった。ティアマトの頭の上には山が創られ、両眼からはティグリス・ユーフラテス川が流れるようになった。乳房はとくに立派な山となり、そこに大きな泉が空けられた。尻尾は天の「最高の結び目」につなげられ、太ももは天を固定した。こうして世界が創造されたのである。 ティアマト(Tiʾāmat) † ティアーマトとも表記する。間違ってもティアマトーにはならない。 ティアマトは原初の水の女神であり、よく「ドラゴンだ」とされることがあるが、これまでにティアマトが実際に蛇に似た姿をしているとある文書や美術が見つかったことはない。参考: ティアマトはドラゴンか 山から海へ †戦闘神と怪物ページにみる(予定)のように、シュメール時代以来、英雄/戦闘神と対立する存在は「海」ではなく「山」(Kur)だった。神々のみならず、シュメール人にとっても「山」とは敵対民族が侵略してくる領域であり、一般的な意味でも「山」は悪性の代名詞として考えられていた。それが『エヌマ・エリシュ』では「海」になり、「山」は面影を全く見せていない。 ギリシア語史料におけるエヌマ・エリシュとティアマト †ダマスキオス †ダマスキオス『第一の諸始原についてのアポリアと解』第1巻には、エヌマ・エリシュと思しき神話が紹介されている。 宇宙の原初には、タウテとアパソーンという一対の存在がいた。アパソーンはタウテの夫で、タウテは神々の母と呼ばれた。この2人からモーユミス(またはムミス)という子供が生まれた。(ダマスキオスは、モーユミスを2つの原理(タウテとアパソーン)から生まれた思惟世界(νοητὸς κόσμος)のことではないか、としている)。さらに生まれたのはダケーとダコス。そして彼らからキッサレーとアッソロス、そして、それからアノス、イッリノス、アオスが誕生した。アオスとダウケーの間に生まれたのがベールであり、世界の創造者であるとされる。 この物語はほとんど『エヌマ・エリシュ』と同じで、タウテとはティアマトのこと。アパソーンはアプスーのこと。以下、ムミス/モーユミスはムンムー、キッサレーはキシャル、アッソロスはアンシャル、アノスはアン、イッリノスはエンリル、アオスはエア、ダウケーはダムキナ、ベールはマルドゥクである。残るダケーとダコスはΔαχήとΔαχόςであるが、もしこの冒頭のΔがΛの写し間違いだとするとラケーとラコスになり、それぞれラハムとラフムのことになる。 ベロッソス †バビロニアの神官ベロッソスの『バビロニア誌』(ギリシア語で伝わっている)によれば、原初のときは、すべてが闇と水におおわれていた。そこから、まず、奇妙な姿の怪物たちが誕生した。
これらの怪物たちは、ベールの神殿に飾られている。彼らを支配していたのがオモルカという女である。オモルカはカルデアの言葉ではタムテというが、これは「海」という意味になる。 ダマスキオスと同じくベロッソスも『エヌマ・エリシュ』についての詳細をかなりの程度そのままに残している。怪物たちのリストは『エヌマ・エリシュ』とは異なるが、これは実際にマルドゥク(ベール)の神殿に彫られていた怪物たちの彫刻や壁画を参考にしたからだろう。 |