竜とドラゴン

グノーシス主義の蛇

 グノーシス主義とは、紀元前後、特に紀元後2世紀に中東で発展した、ある特徴を持った宗教の総称である。その特徴とは大まかに言うと

  • この世界の創造神は無知な悪神、否定的な存在である。
  • 人間には、この世界の外にある光が一部残されている。
  • 知識(グノーシス)を得たものだけがこの世界から逃れられる。

 といった感じになる。その起源にはイランのズルワーン教だとか新プラトン主義だとか密儀宗教だとかユダヤ・キリスト教だとか色々な説があるが、とにかく、この宇宙、そして宇宙の創造神を否定的に見ていることが他のどの宗教とも違った異様な特色である(この世からの解脱を目的とする仏教は、けっこう近い)。だからといって人間まで否定的に見られているわけではなく、人間のなかには、「光のかけら」とでも呼ぶべきもの(宇宙に属する「肉」や「魂」とは対比されて「霊」といわれる)があるから、私たちは世界の真実を「知る」ことによってこの悪の世界から「光」へと戻ることができるのである。

 2世紀に勢力を伸ばしつつあったしたキリスト教グノーシス主義(マルキオン、バシレイデス、ウァレンティノスなど)は、同じ時代にローマ帝国を中心として力をつけつつあったキリスト教正統派(後にカトリックとなる)と激しく神学論争を繰り広げ、そして結局消滅してしまった。3世紀半ばに誕生したマニ教は、イランから中央アジア、そして中国へと勢力範囲を伸ばしていったが結局8世紀ごろに廃れてしまった。ただしマニ教の教えは中世ヨーロッパのボゴミール派(ブルガリア)、カタリ派(フランス南部)に強く影響を与えた。このどちらも正統派キリスト教会に激しく弾圧され、そして消えていった。ユダヤ教の「異端」から派生したと考えられている(キリスト教の影響はほとんどなかった)マンダヤ教(またはマンダ教)だけは、現在でもイラクで細々と集団が生きながらえているようである。湾岸・イラク戦争後の現状はどうか知らないが。現代の哲学や思想にもグノーシス主義的なものは多いが、紀元前後中東のグノーシス主義と系統的なつながりがあるわけではないので省略する。

 グノーシス主義の資料は、19世紀くらいまではマンダヤ教や『ピスティス・ソフィア』を除けばキリスト教側による攻撃文書ぐらいしか知られていなかったので、「フィルター」を通してしかグノーシス主義について知ることはできなかった。しかし20世紀に入るとまず中央アジアのトゥルファンなどでみつかったマニ教文書が出版されるようになり、そしてエジプトのナグ・ハマディで発見されたナグ・ハマディ文書に膨大な量の文献が含まれていることがわかってからはかなり原典研究が進んでいる。こうした多くの資料の中にはどの宗派の思想を表現したものかわからないものも多く含まれているが、そもそもグノーシス主義全体の宗派や構成が未だにはっきりとつかめているわけではないのだから、それはしかたのないことである

 グノーシス主義の本はいくつか出ている。筒井賢治2004『グノーシス 古代キリスト教の「異端思想」』は上でいう2世紀のキリスト教グノーシスに焦点を絞っているが、ほかのに比べれば安いし薄いので、最初の一冊にどうぞ。分厚いグノーシス主義の本といえばハンス・ヨナス1986『グノーシスの宗教』とクルト・ルドルフ2001『グノーシス』。ルドルフのほうは現代のグノーシス主義研究を網羅している。本人はマンダヤ教研究者だったので、そこについても詳しい。ヨナスのほうは古典的な研究書で、グノーシス主義の思想史的位置づけを行なっている。昔はこれくらいしかなかったが、今となっては最初に読む一冊としては薦められない。神話を手っ取り早く読みたいのなら大貫隆1999『グノーシスの神話』。バラバラな資料からいくつかの「場所」をキーワードに設定し、そして流れが読めるように工夫してある。時代・地域に限らずほかの宗教思想との関連や、世界的に見たグノーシス主義のポジションを知りたいなら、ミルチア・エリアーデ『世界宗教史4』の227-234節を。あとは筒井の『グノーシス』の文献案内からたどっていける。

 グノーシス主義における蛇について書いた解説でよくみられるのが、「聖書では、知恵の実を与えた蛇が悪者、悪魔にされている。それに対して知恵を重視するグノーシス主義では、この蛇は真の創造主の使いであるとされた」のような感じの文章である。しかし以下に見るように、蛇といっても色々なのがいるし、そんな単純にユダヤ・キリスト教vsグノーシス主義、と分けられるわけではない。

世界を取り巻く蛇

 世界蛇の神話は各地に広まっているが、特にさまざまなバリエーションを生み出したのは紀元前後のギリシア・ローマ世界だったようである。そのなかにはグノーシス主義の神話も含まれていた。

「真珠の歌」

 新約聖書外典『使徒トマスの行伝』にある「真珠の歌」(テキスト内部では「インドの地での使徒ユダ・トマスの歌」と題されている)には「もしお前がエジプトに下り、荒々しく息を吐く蛇に巻かれた、大海のただなかにある<一箇の真珠>を持ち帰るなら、お前は光り輝く衣服と、その上に重ねる上衣をまとうことができるであろう」*1という一節がある。
 『真珠の歌』は、ハンス・ヨナスによればイラン型グノーシス主義(マニ教など)に属する文献であり、宇宙創成論に触れているわけでもないし、体系的な理論を述べている訳でもない。人間的な登場人物をめぐる寓話という構成になっていて、グノーシスの終末論を詩的に語る作品である。話の筋は、ある王子が東方の家から「エジプト」にある「真珠」を取ってくるようにいわれる。王子は「真珠」の目の前に来るが、蛇に正体を見破られて毒を盛られ、自分が誰であるかを忘れる。それに気づいた王は鳥によってメッセージを送り、王子はそれで覚醒した。蛇を打ち倒し、真珠を奪い、「故郷の光」東方へと向かった。そこで分離した自己がいまや同一となった。云々。
 その思想の具体的な意味についてはヨナスの本を読んでもらうとして、ここには、大海・エジプトを取り巻く蛇という存在が登場する。これは世界蛇たるウロボロスすなわち自らの尾を自らの口に入れ、全世界をその胴体でもって周回する蛇である。また同時に現れる「海」は「神が沈み込んだ物質の世界ないし闇の世界」である。マンダヤ教においては「海」と「竜」は「身体」(=グノーシスにとっては抜け出すべき牢獄)を意味する事がある。また、「エジプト」は「物質世界の象徴」である。エジプトが悪の象徴であるのはグノーシス主義に限らず、とくにユダヤ教においては「出エジプト」という宗教的出来事が重大な意味を持ち、グノーシス主義はこの出来事に霊魂の救済を見た*2

その他

 グノーシス主義のすべてが必ずしも世界蛇の観念を持っているわけではないが、エジプト・シリア型にはけっこう多くそのようなイメージが見られる。
 『ピスティス・ソフィア』第126章には、世界を取り巻く闇は自らの尾をくわえた巨大な竜(Δράκων)である、とある(cf.アポピス-冥界の蛇)。また「真珠の歌」がある『トマス行伝』の別の箇所(32)には、「竜の子」が「天球を取り巻く……大海の外にいて己の尾をくわえた者の子」であると語っている。
 オリゲネスの『ケルソス駁論』第6章第24~25節にも似たような世界観が述べられている。オリゲネスによれば、ケルソスの持ち出した「図表」はオフィス派による宇宙論に他ならない。それによれば円が10あり、それらは離れているが、一つの大きな円によってつながっている。それは「宇宙の魂」プシューケーまたはレヴィアタンと呼ばれる(→ウロボロス)*3

 マンダヤ教では、このレヴィアタンはウルとよばれ「七つの者の父」である。

プラトン主義的起源

 世界を取り囲む蛇という考え方はグノーシス主義に限ったものではないが、『ケルソス駁論』にみられるような「宇宙の魂」という表現はおそらくプラトンの『ティマイオス』に端を発するものである。プラトンにおいて世界霊魂は宇宙を取り巻く腰帯のようなものであるとされていて、「自身の上にねじれている」とも表現されている。この思想は後のプラトン主義や『カルデアの託宣』受け継がれ、後者においては世界霊魂が女神ヘカテとして神格化された。レヴィアタンは聖書において「曲がりくねる蛇」であり、プラトンのいう「ねじれている」という表現と一致するところからして、このオフィス派の図式というものはプラトン的思想を基盤としているのだと考えられている。なお『カルデアの託宣』の思想においてもヘカテの蛇的な象徴がこの関連性をベースにしているとも考えられている*4

マニ教のレヴィアタン

 マンダヤ教などのグノーシス主義では宇宙を取り巻く世界蛇の役割を果たしているレヴィアタンであるが、マニ教の聖典『巨人たちの書』においては少し異なった、どちらかというと伝説や民話的な位置づけがなされている。

 『巨人たちの書』は開祖マニが書きあらわした9つの書物のうちの一つで、もともとシリア語で書かれていた。それは中期ペルシア語とパルティア語ではカワーン(Kawān)、コプト語ではトグラフェンギガス(Tgraphe nngigas)、プチョーメンギガス(pčōme nngigas)、プチョーメンサラシレ( pčōmennsalašire)、アラビア語ではシフル・アル=ジャバービラ(Sifr al-Jababira)、そして8世紀の中国語では倶緩(カワンの音訳)と呼ばれている*5
 『巨人たちの書』は、幻想動物という視点から見るとマニ教の聖典のなかでもひときわ面白い内容を有している。根本的には、物語は旧約聖書『創世記』の次の下り(第6章第1~4節)に由来する。

 さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。……当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これは、神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった。

 後にこのネフィリムは巨人であるとされ、そして「神の子」は天使であるとされた。たとえば聖書内でも、『民数記』第13章にはネフィリムの子孫が大きかったということが書かれている。おそらくもともとの神話のなかでもネフィリムたちは巨人だったのだろう。
 この小さな節は、その後黙示文学の『エノク書』によって、より詳細な形で記録されることになる*6。『エノク書』は現在シュンケロスによるギリシア語引用断片とエティオピア語全文(ギリシア語からの訳)、そして古スラヴ語版が残されている旧約聖書偽典で、とくに『創世記』の「神の子ら」に当たる堕天使についてのエピソードが豊富に記されていることで有名である。「神の子ら」はエグリゴリと呼ばれ、その筆頭にいたのはアザゼルとシェムハザ、またはウッザであった。
 『エノク書』のアラム語断片はクムランの死海文書のなかにも発見された。しかし、解読してみると意外なことがわかった。死海文書版『エノク書』には、エティオピア語版やスラヴ語版からは欠如している神話的なエピソードが残されていたのだ。しかも、それはマニ教における『巨人たちの書』の内容ととてもよく似ていた。マニ教文書だと思われていたものは、実は紀元前後のユダヤ教における聖典の一部をマニなりに再構築したものだったのである。
 当時この『エノク書』や『巨人たちの書』はアラム語地域一帯に流布していて、多分イエスや弟子たちも読んでいた(新約聖書にもエノク書からの引用がある)。しかし後にマニ教が『巨人たちの書』の部分を正典に採用したことにより(3世紀後半)、対抗してキリスト教側は『巨人たちの書』の部分を排除したらしい。こうして再構成されたキリスト教版『エノク書』だが、結局エティオピア以外のキリスト教会からは「偽典である」としてすっかり忘れ去られてしまった。

 今までに発見されているマニ教版『巨人たちの書』断片は、もともと書かれたシリア語版(現存せず)から訳されたものにギリシア語本と中期ペルシア語本、パルティア語本、コプト語本があり、そして中期ペルシア語本からソグド語本とアラビア語本が、ソグド語本からウイグル語本が訳されたと考えられている*7。それから物語を時間順に再構成してみると次のようになる。

 堕天使で巨人であるシャフミーザード(ŠHMYZ'D/Shahmīzād)には息子サーム(S'M/Sām)がいる。またもう一方の巨人の首領であるウィローグダード(WRWGD'D/Virōgdād)にはマーハワイ(M'HW'Y/Māhawai)という息子がいる。マーハワイは悪行をなしていたので、シャフミーザードはサームに、彼と闘うように命じた。ウィローグダードたちは他の巨人たちの妻を奪い合い、殺しあう。サームは兄弟のナリーマーン(NRYM'N/Narīmān)とともに闘いはじめる。この兄弟の名は中期ペルシア語版によるものだが、別の断片ではオフヤ('WHY'/Ohya)とアフヤ('HY'/Ahya)になっている。ソグド語断片ではサーフム(S'γM/Sāhm)とパート・サーフム(S'γM/Pāt-Sāhm)。
  この戦いにおいては義人たちが何十万も巨人たちの犠牲になった。ついでに女たちも奉仕を強制された。そこに天使たちが降臨する。天使たちは巨人たちから強制的に人間を離し、そして避難させる。そして彼らは400の巨人=デーモンたちと死闘を繰り広げ、火、油、硫黄といった高熱系の武器によって巨人たちを征服する。天使たちは4人。ラファエル、ミカエル、ガブリエル、そしてイス(ト)ラエルであった。

 そして、よくわかりにくいが、この死闘ののち、正義を見つけた巨人サームとナリーマーンだけは救われ、世界は火災によって一度滅亡したようである。この中のエピソードとして、パルティア語版断片にレヴィアタンが出てくる。

 オフヤはレウヤーティーン(LWY'TYN/Lewyātīn)、つまりレヴィアタンおよび天使ラファエル(RWF'YL/Raphael)と死闘を繰り広げ、そして互いに切り裂きあって死滅したという。また、オフヤはレウヤーティーンを退治したが、その後ラファエルに倒された、という説もある。しかしすべては終末の業火が完全に焼き尽くしてしまう*8

 というわけで、マニ教版『巨人たちの書』においては、堕天使=巨人たちのなかにもいい奴がいて、そいつがレヴィアタン=レウヤーティーンを殺したということになっている。どう考えても堕天使たちと彼らによる人間の堕落という、ノアの大洪水や終末大業火を最終ゴールに設定する『エノク書』とはそりが合わないエピソードである。
 この「ドラゴン退治」エピソードの齟齬についてはあれこれ推測がされているが、一つのヒントとして、6世紀の『ゲラシウス1世の教皇令』(Decretum Gelasianum)内に『オギアスの書』(Liber de Ogia)とあるのが注目されている。教皇令にあるフルタイトルはLiber de Ogia nomine gigante qui post diluvium cum dracone ab hereticis pugnasse perhibeturで、訳すと「異教徒たちが、大洪水後にドラゴンと戦ったと言う巨人オギアスの書」になる。オギアスはアラム語でいうオフヤである。となると、もしかするとマニはユダヤ教版『エノク書』とは独立した『オギアスの書』を自分の『巨人たちの書』に付け加えたのかもしれない。ただし、ミシェル・タルデューは『オギアスの書』=『巨人たちの書』であると見ているようである*9。やはりレヴィアタン退治がパルティア語版断片にしか残っていない、オリジナル版でも充分多くオフヤが活躍していること、などが理由なのだろうか。またゲオ・ヴィーデングレンなどによれば、別の側面、具体的にはイラン神話から伝承が混入したのだという。これによれば、ドラゴン退治はイラン語に訳されるときにオフヤという名詞が英雄サームに訳されるとともにドラゴン退治のエピソードも追加されたということになる。そしてそれが西方に逆戻りして『ドラゴンと戦った巨人オギアスの書』=『巨人たちの書』になったのである*10


*1 ヨナス、p. 161。
*2 ヨナス、pp. 166-167.
*3 Henry Chadwick (tr.), 1965, Origen: Contra Celsum, p.340.
*4 Hans Lewy, 1978, Chaldaean Oracles and Theurgy, pp.353-355. ちょっとごちゃごちゃしてますね。『ティマイオス』をまず読まなければ。
*5 ミシェル・タルデュー『マニ教』pp. 89ff、http://www.iranicaonline.org/articles/giants-the-book-of。中国語については『摩尼光仏教法儀略』にあり(大正大蔵経54巻1280ページ中段)。
*6 以下、和田幹男/死海文書入門講座V参照
*7 須永梅尾「『巨人の書』の再検討」『オリエント』18.2: 56。
*8 須永、pp. 57-61; タルデュー、p. 92。
*9 タルデュー、p. 92。
*10 須永、pp. 63-65。マニ教文書では固有名詞が現地語に訳されるというのはよくあること。ある意味、真の世界宗教だともいえる。

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Last-modified: 2016-09-26 (月) 17:12:23 (273d)