竜とドラゴン

ジークフリートとドラゴン

 リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』(Der Ring des Niebelungen)などで有名な、ドラゴン退治の英雄ジークフリート。
 彼のドラゴン退治物語は、名を変え品を変え、場所を変え、北欧に文字の記録がなかった古代末期から現代に至るまで、(多少の断絶はあったにせよ、)ずっと語り継がれてきた。文字によって記録されたちょうどそのころにキリスト教の横槍が入ったため少し輪郭がぼやけてしまった感じはするが、それにしてもこれだけ長期間に渡って、ある一つの口承的伝説が変化していく過程を追うことができるというのは、それなりに珍しいことである。

 ところでジークフリート(ここでは、古代から現代に至るこの英雄のことを一まとめに「ジークフリート」と呼ぶことにする。同様に怪物のほうもまとめて「ドラゴン」と呼ぶことにする)といえばどうしてもその背後にあった歴史的事実を探ることに研究の興味が向いてしまう。そういった研究によればこの物語の原型は古代末期のゲルマン民族とフン人の戦争にあったのであり、アッティラ大王はエッツェルになったとか、ディートリヒはテオドリックのことだったとか、人物の同定や歴史的事実と物語のなかの断片の突合せがあれこれ行われている。たとえばアンドレアス・ホイスラーはこのような歴史的事実からどのようにして物語のモチーフが再構成され、そして『ニーベルンゲンの歌』へと発展していったかを細かく考察している*1
 確かに、『ニーベルンゲンの歌』の大枠や登場人物のなかには歴史的に実在していたといえるものもあるだろう。でも、ここで問題とするのはシグルズがファーヴニルと称する巨大な蛇を退治したとか、心臓を食べたら動物の声が聞えるようになったとか、その蛇が宝物をたくさん持っていたとか、血を浴びたら体が武器を通さなくなったが一ヶ所だけウィークポイントが残ってしまったとか(お前はアキレウスか)、そういう、どこからどう見ても現実に起こったとは思えない出来事、いくら考えても現実には存在しない生き物なのである。そんなことに歴史的事実を追求するのは無意味であり、実際ホイスラーもドラゴン退治については何も言っていないようだし、他にもドラゴン退治が現実の出来事であると仮定して研究している人など見当たらないのだ*2

 要するにこのページはジークフリート伝説のなかで最も研究しがいのありそうな2つの分野(一つは文学的・内面的な興味。一つは史実的な調査)を切り捨てていることになるが、そういったウェブサイトは、多くはないが日本語でもそれなりに読めると思うので、ここではそれらの件について期待することを禁じます。

ドラゴン退治の変遷

『ベーオウルフ』

 意外なことに、ジークフリートのドラゴン退治にはっきりと言及した最古の文字記録は北欧にでもなければドイツにでもなく、アングロサクソンの古英語叙事詩『ベーオウルフ』(Bēowulf)に存在している。『ベーオウルフ』はだいたい8世紀ごろに成立した作品だとされるので、古エッダやサガが記録された時代よりも1~3、4世紀ほど古い。

 ベーオウルフが人食い怪物グレンデルを退治して、人々がのんびりと暮らしていたころ。ある詩心のある人が、ベーオウルフの偉業を即興で謡いだした。そしてベーオウルフの功績と比較して(ベーオウルフを持ち上げるために)持ち出したのが、シイェムンド(Sigemund)の物語である。彼によれば、

 シイェムンドはウェルスの息子であり、フィテラ(Fitela)という男と戦い仲間であった。シイェムンドとフィテラは巨人たちを何人もその剣のもとに斃した勇士であった。しかしドラゴン退治をしたときは、シイェムンドは一人だった。
 彼は宝を守るドラゴンに戦いを挑んだ。挑んだというか、鈍色の石の下にいて、このドラゴンを剣で刺し貫き、壁へと突き立てたのだ。かくしてドラゴンは命を奪われ、その宝はすべてシイェムンドのものとなった。その後彼は宝を船のもとに積み、ドラゴンほうは自らの熱によって溶解した。(第13節874-900*3)

 ここには後のジークフリートに見られるような運命的な女性との出会い、裏切りによる殺害などの劇的なエピソードは微塵も見られない。しかし、この詩節におけるシイェムンドとドラゴン退治はそもそもベーオウルフの英雄譚をたたえるためのツマなのだから、そんなどうでもいいような細部はカットしたと見るのが自然だろう。


物語要素

  • 宝を守るドラゴン
  • 炎を吐く?ドラゴン
  • 水場にいる?ドラゴン
  • 下から?突き殺すジークフリート

 こうして要素を並べてみたが、叙事詩には明記されていない点が3つある。一つはドラゴンの攻撃方法で、ここでは「自らの熱によって溶解した」という記述から、たぶん炎を吐いているのだろうと推測してみた。「水場」というのは、シイェムンドが宝を自分の船に積んでいるという描写が見られるところから。たぶんたくさんの宝があったのだろうから、それを運ぶにはかなりの労力がいるはずである。となると、近くに川があってそこに船を係留しておき、その船に宝を運んだのではないか、と考えることができる。「下から突き殺す」というのは後のジークフリート伝説からの類推である。石のところにいた、とあるのは石の下に隠れていたということではないか? 微妙なところだが。


物語のなかでの位置
 以前にフィテラと2人で巨人たちを倒しまくったという記述がある以外は不明。

 ところでシイェムンドは古英語の発音で、素直に読むとシゲムンドになる。シゲムンドといえば、北欧におけるシグムンドのことである。
 あれ?

『ファーヴニルの歌』

 『ベーオウルフ』を除けば最古の記録だと考えられるのが、通称歌謡エッダとか古エッダとか呼ばれる神話伝説文書群である。エッダが発見されたアイスランドは紀元後1000年になってようやく民会でキリスト教への改宗が決定されたほど保守的な地域で、そのため多くの古い神話や伝承がその当時の名残をかなりとどめているといわれている。とくにゲルマン神話のなかでは、はっきりと物語が神話と主張しているものはこのエッダしか存在しないため(ほかのものは歴史化されている)、非常に貴重な資料だと考えられている。
 成立年代は、全体としてはだいたい800~1100年ごろ。文字による記録が盛んになったのは12世紀以降だから、筆写年代は成立年代より数世紀下ることになる。
 ここに紹介する『レギンの歌』はだいたい10世紀中ごろのノルウェーで成立、『ファーヴニルの歌』は10世紀のノルウェーかアイスランドで成立したものと見られている。いずれもジークフリート伝説の物語の一部を切り取って詩にしたものであり、ほかにいくつかある歌を時系列順に並べてみてもうまくつながりのないことが多い。たとえばジークフリート殺害の経緯が描かれたと思われる『シグルズの歌』は写本に欠落があり、前後がわからない*4。ただし・・・もちろんすべてのエッダ詩が一つの統一された物語をもとに歌われたとは考えにくいわけで、複数の微妙に異なった伝承や全く違う物語に由来する歌が存在しているとみるのが妥当なところだろう。

 なお全体としては近い年代に成立した『ヴォルスンガ・サガ』(後述)がかなりの部分を補って一連の散文物語に構成しなおしているので、当時の北欧におけるジークフリート伝説はだいたい理解することができる。


『レギンの歌』

 散文前書き。シグルズはヒアールプレクのもとにおり、フレイズマルの子で小人の背の丈ながら魔術に長じていたレギンに養育されていた。レギンはシグルズに自分の祖先の話を語って聞かせ、またファーヴニルのことも話した。

 オージンとヘーニルとロキ(いずれも北欧神話の神々)がアンドヴァラフォルス(アンドヴァリの滝)にやってきた。そのころレギンにはオトという兄弟がおり、ちょくちょく川獺に化けては川に行って魚を獲っていた。オトは(魚が減っていくのを見るのが嫌だったので)獲った魚を目をつぶりながら食べていた。それを見つけたロキがこの川獺を殴り殺し、これはいい手柄だと、皮を剥いでしまった。それから彼らは夜宿を求め、そこで今日の獲物である川獺を見せたが、その宿は運悪くフレイズマルのものだった。フレイズマルたちは彼らを捕らえ、身代金を要求した。それは川獺の皮一杯に黄金を詰めろ、というものだった。そこで神々はロキを遣わした。彼は海女神ラーンのところへ行って網を手に入れると、それでアンドヴァラフォルスにいた、魚の姿のアンドヴァリを捕まえた。(ここから詩文)ロキはアンドヴァリを脅迫し、この小人の持っていた黄金を全て巻き上げた。さらにアンドヴァリが唯一手元に残していた腕輪さえ、彼は奪ってしまった。そこでアンドヴァリは呪った。この黄金の持ち主に死がもたらされ、王に不和が生じるように。
 神々はオトの皮の中に黄金を詰め込み、そしてヒゲには腕輪アンドヴァラナウトをひっかけた。黄金をもらったフレイズマルは、それを分けてくれと要求する子供のレギンとファーヴニルに与えなかった。そこでファーヴニルは、父が寝ているときに剣で彼を刺し殺した。死の際、フレイズマルは娘のリュングヘイズとロヴンヘイズに仇討ちを頼んだが、拒否されてしまう。しかしリュングヘイズにはあれこれアドヴァイスをした。それによって復讐が遂げられる、と。
 ファーヴニルはその後黄金をすべて手に入れ、レギンに分け与えなかった。
 黄金は、もはやダニタヘイズの野にあり、ドラゴンに姿を変えているファーヴニルのもとにある。そしてどんな人間も怖がるエーギスヒャールムをかぶっている。
 レギンは、シグルズに以上のようなことを話すと、彼に名剣グラムを作ってやった。この剣は非常に切れ味がよく、レギンの鉄床さえ真っ二つに割ることができた。そしてレギンは、シグルズにファーヴニルを殺すようにそそのかした。しかし彼はまず、父親の仇討ちを優先することにした。
 ヒアールプレク王に水軍をもらったシグルズは途中で嵐にあって遭難してしまう。しかしオージンが現れ、彼を船に乗せると嵐が収まった。シグルズはその後フンディングの子リュングヴィ兄弟と戦い、そしてこれらを殺した。

『ファーヴニルの歌』

 散文前書き。シグルズはヒアールプレク王のもとに帰ってくる。レギンは彼に、ファーヴニルを殺すようにそそのかし、そして2人でダニタヘイズへとやってきた。彼らはファーヴニルが水を飲みに這っていく跡を見つけた。そこでシグルズはその跡に穴を掘り、中で待っていた。黄金のあるところから毒を吐き散らしながらやってくるファーヴニルが現れた。毒はシグルズにも降りかかったが、彼は剣をファーヴニルの心臓に突き刺して致命傷を負わせた。ファーヴニルは苦しみのあまりのた打ち回った。シグルズは穴から出てきて、このドラゴンと対面した。(ここから詩文)ファーヴニルは最初に名前を問うが、シグルズは瀕死の人の言葉の呪力を恐れて答えない。しかし二度聞かれ、彼は素直に自らの名前と出自を答えた。ファーヴニルは彼に、財宝は「お前の命取りとなるのだぞ」と警告を発した。しかしシグルズは、人間誰しも最後に死ぬのだ、何を当然の事をいっているのだ、と意にも介さない。この蛇はもう一度忠告したが、シグルズは気にしなかった。ファーヴニルは息絶えた。
 レギンがやってきて、まずはシグルズをねぎらった。しかし同時に、彼の兄弟を殺したこともなじった。シグルズは、そそのかしたのはお前だといって反論した。それからレギンはファーヴニルから心臓をリジンという剣で切り取り、その血を飲んだ。そしてその心臓をシグルズに渡し、火にあぶってくれるように頼んだ。それを食べるから、と。シグルズは心臓を枝に刺してあぶった。沸騰して泡が出てきたので指を突っ込んでみると熱すぎたので、彼は指を口の中に突っ込んだ。すると鳥たちの声が理解できるようになった。鳥たちは、レギンがシグルズを裏切ろうとしていること、シグルズがレギンの首をはねてしまえばいいことなどを話していた。そこでシグルズはレギンを殺してファーヴニルの心臓を食べた。それから鳥たちは、彼にシグルドリーヴァのところへ行くように言った。*5


物語要素

  • 宝の因縁物語
  • 名剣の誕生
  • 宝を守るドラゴン
  • 水場にいるドラゴン
  • 下から突き刺すジークフリート
  • 心臓を食べて鳥の声がわかるようになる
  • レギンの裏切り
  • シグルドリーヴァへのブリッジ

 だいたいジークフリート伝説のなかのドラゴン退治の諸要素はそろっている感じである。「水場」も「下から突き刺す」もこのエッダのなかでははっきりと明記されているのがわかる。しかしドラゴンは『ベーオウルフ』の言うようにはとけてない。宝を運ぶのも、上では省略したが船ではなく名馬グラニである。
 「とける」については、もしかしたら心臓を火であぶったことと関連があるのかもしれない。または、ドラゴンの(溶けた?)体液を浴びて不死身になったという『ニーベルンゲンの歌』伝承との関連があるのかもしれない。後者のほうがありそうな話である。それとも、単にベーオウルフがその後戦ったドラゴンが火を噴くことへの暗示か?
 宝を運ぶのが船から馬に変更されたのはグラニの活躍の場を増やしたということになるのだろうが、古代北欧では馬と船は密接な関係にあった。たとえば船の舳先には馬の彫刻が施されたりしたのだ。もともと内陸部を移動していたゲルマン人にとって馬とは(騎乗にしても馬車にしても)貴重な交通手段だった。それが海に面した場所に至って船へと変わっていったとき、彼らは船と馬とのアナロジーに気づいたのである。次節参照。

物語のなかでの位置  若き英雄の、父親の復讐に続く2度目の功績。古代ゲルマン人にとってとにかく親族の復讐は最優先事項なので、その後の英雄物語にとって重要な要素となるドラゴン退治が二の次になったのはしかたがないことである。彼はこのドラゴン退治によって財宝を得、ついでに知能も獲得し、そして運命的な女性との出会いも準備された。ただし、ぶっちゃければファーヴニル退治のエピソードはあってもなくても全体的な物語に影響を及ぼすわけではない。どちらかというとファーヴニルの持っている知識や智恵といったもののほうが重要な要素だろう。

馬と船とドラゴンの関係

 馬の頭、あるいは馬のようにみえる動物の頭が船の舳先(と後部)に装飾としてつけられている様子が描かれた彫刻は古く、北欧青銅器時代の第III期(前1300~1100年*6)にさかのぼるものがある*7。ただしこの「馬のようにもみえる」というのが問題で、金属や岩に彫り付けられた時点でかなり図像が抽象的になっており、はっきりと動物を同定することが不可能であることも多い。多くのこのような岩絵はおよそ後期青銅器時代の第IV~V期(前1100~600年)に見られる*8

 南東ノルウェーのエストフォル県で発見された岩絵*9

horseship.gif

 スウェーデンのウプランドで発見された岩絵。「Brandskog Ship」として有名らしい*10。馬なのか蛇なのか完全に幻想上の動物なのか、よくわかりにくいデザインである。

 後代のヴァイキングたちは、この動物の頭のことをドラゴンとして考えていたらしい。たとえば『ヴォルスンガ・サガ』第17章には、シグルズが海に出る遠征にさいし「もっとも大きく、もっとも見事な竜頭船(ドレキ)の指揮をとる」とある*11。ただし邦訳のここに注釈をつけた菅原邦城は「文献でのみ知られ、その実際は不詳」であるといっている*12
 ちょうどヴァイキングたちが活躍していた頃の岩絵がたくさん紹介されている『ゴトランドの絵画石碑』には彼らの船が彫られたものも掲載されていて、そこには船首を飾る竜頭もしばしば現れる、としている*13。たとえば

dragonship.png

ゴトランドの絵画石碑より。年代不明(6~10世紀?)、船の舳先の部分。馬?ドラゴン?

 ほかの絵画石碑にもいくつかよくわからない生き物の頭が取り付けられた船の舳先が描かれているものがある。ただし、多くの舳先は渦巻状になっていたり、単にとがっていたりするだけである*14

 この「ドラゴン・ヘッド」は戦闘時にとりつけられ、平和なときには外されていたらしい。たとえばアイスランドの『植民の書』のウールフリョートルの法律(Úlfljótslog)の初めの条項には「竜が船首に付いている船でアイスランドへやってきてはならない」、つけているとアイスランドの地霊が恐れる云々などと書かれている*15
 もしかしたら、当のヴァイキングたちも船首を飾るこの動物がいったい何なのか、よくわかっていなかったのかもしれない。なにせ2000年ほど前からずっと舳先にとりつけられているのである。しかもデザイン化されて。だんだん何がモデルだったのか理解できなくなったというのは有りうることだ。馬の首は他の動物に比べて長いから、舳先の曲線に合わせた形で様式化されるのも簡単だっただろう。そこにローマ軍がドラゴン軍旗を掲げてやってきたらどうだろう? 軍隊の先頭で、長い生き物がはためいている。それをローマ人やローマ化されたガリア人たちはドラコと呼んでいる。ヴァイキングたちの軍勢の先頭といえば、言わずもがな、船の舳先である。軍の先頭にあるシンボル化された動物というアナロジーから、それを彼らがドラコであると理解したのかもしれない。実際、ヴァイキングたちのドラゴン・シップとローマ軍のドラゴン軍旗は関連していると考えられているようである*16(時期の問題が残るが……)。

 なお、このような現実の資料に頼らなくても、たとえば『レギンの歌』内に馬と関連した多くの「船」のケニング(2つの語による換喩)がある。「レーヴィルの馬」「帆かける馬」「波の馬」(16節)などなど(レーヴィルとは海王と呼ばれた人のこと)。同様のケニングはスノッリの「ハッタタル」などにも散見される。

『ヴォルスンガ・サガ』

 『ヴォルスンガ・サガ』(Vǫlsunga saga)は1260年ごろ、アイスランドで成立したと思われる古ノルド語で書かれたサガ(散文で書かれた伝説物語)のうちの一つである。アイスランドでは一時期サガ制作のピークとなった時代があり、この『ヴォルスンガ・サガ』もそうした期間に書き記されたと考えられている。
 もともとジークフリートを含めたニーベルンゲン伝説は5、6世紀ごろのライン河畔フランケンに発祥したとされている(伝説のもととなった史実は大陸ヨーロッパでの出来事だと考えられている)。そしてそれは、同じゲルマン語圏の北欧へとヴァイキングづたいに口承で伝わっていった(フランスやイタリアには伝わらなかったのか?)。
 こうした伝説群は遅くとも9世紀ごろまでには北欧に到着しており、上のエッダ以外にもこの『ヴォルスンガ・サガ』、『ノルナゲスト物語』、『ロートブロック物語』などの伝説群が、アイスランドなどの地で文字によって書き残された。これらの資料はニーベルンゲン伝説が誕生したドイツに残っている資料よりも一段と古いため、より古体の伝承を推定することができる貴重な資料である。ちなみに北欧のニーベルンゲン伝説資料群のなかではこれらを「第一次伝承」と呼び、12世紀ごろからノルウェーに伝えられた『シズレクのサガ』などは「第二次伝承」と呼ぶらしい*17

前史 オージンからシグルズまで
 オージン(Óðinn)には2人の息子シギ(Sigi)とスカジがいた。シギには奴隷ブレジがいた。シギはあることがきっかけでブレジを殺す。シギは追放され、レリル(Rerir)という子供を生む。シギは妻の兄弟に裏切られ殺されるが、レリルが復讐する。しかしレリルの妻には子供がいない。そこでオージンはリンゴをヴァルキュリアの1人(フリョーズHljóð)に運ばせ、子宝を授ける。子供は6年腹の中にいて、妻は自分が死ぬ代わりに子供ヴォルスング(Vǫlsungr)を生む。ヴォルスングはフリョーズと結婚し、シグムンド(Sigmundr)とシグニューの双子兄妹ほか8人生む。ガウトランドの王シッゲイルがいやがるシグニューを娶る。婚礼の席にオージンがやってきて木に剣を突き刺す。誰もそれを抜けないがシグムンドはそれを抜く。シッゲイルは侮辱されたと思い、ヴォルスングたちを自国に誘う。奇襲する算段である。ヴォルスングたちは堂々と立ち向かい、殺される。残った息子たちは捕らえられ、シグニューの策略で命を少しだけ長らえるが、シッゲイルの母親が変身したといわれるオオカミに殺される。シグムンドだけはオオカミを殺し、逃げる。シグニューはシッゲイルとの間に息子を2人生む。それぞれ森のシグムンドのところにやるが、どちらも勇気がなかったので彼に殺させる。シグニューはセイズコナ(女魔術師)と姿を入れ替え、シグムンドと3夜を共にする。生まれた子供はシンフィヨトリ(Sinfjǫtli)と呼ばれ、非常に勇気のある少年に育つ。シグムンドとシンフィヨトリは森で暮らしている。ある日、オオカミの皮をかぶって人狼になってしまう。凶暴な性格になり、一時仲違いもするが呪いは解ける。時が経ち、2人はシッゲイル王の城に忍び込む。そこで2人の王の幼児に見られたのでシンフィヨトリが殺す。そのため2人は捕らえられ、塚のなかに閉じ込められる。しかしシグニューの助けによって抜け出る。彼らは城に火をつける。その業火の中シグニューは実は父親はシグムンドであると告白し、シッゲイルらとともに果てる。2人はヴォルスング王の故国へ戻り、王座を奪い返す。それからシグムンドはボルグヒルドと結婚し、ヘルギとハームンドを生む。ヘルギはその後活躍し、シンフィヨトリはボルグヒルドの弟を殺したことにより、ボルグヒルドに暗殺される。シグムンドは再び妻を迎えることにスする。エュリミ王(Eylimi)の娘ヒョルディース(Hjǫrdís)。しかし彼女はまたフンディング王の息子リュングヴィも狙っていた。ヒョルディースは老いたシグムンドを選ぶが、リュングヴィはシグムンドのほうへ軍勢を進める。シグムンド有利な戦いの中、オージンが現れ、彼に槍を向ける。その槍を叩こうとしたシグムンドの剣は折れてしまい、形勢も逆転する。シグムンド、エュリミともども倒れる。リュングヴィ王はヒョルディースを探すが、みつからない。ヒョルディースはみごもっていた。シグムンドは折れた剣を渡し、それが息子の剣グラムになるという。ヒョルディースと彼女の奴隷はヒャールプレク王の息子アールヴ(Álfr)が率いていたヴァイキングの軍勢に拾われる。ヒョルディースはヒャールプレクのもとでシグルズを生む。そしてアールヴと結婚する。シグルズは鍛冶屋のレギン(Reginn)に養われることになる。

成長するシグルズ  シグルズは王の馬を一つもらいにいくと、またまた老人姿のオージンが現れる。こうすれば名馬が手に入るということで選ばれたグラニはスレイプニルの血統だった。またレギンは財宝を手に入れられるという話もする。グニタヘイズ(Gnotaheoðr)にファーヴニル(Fáfnir)という大蛇がすんでいて、ものすごい量の宝を守っている。人々は大蛇というが、じつは普通の大きさの蛇なのだ(1~13章)。


指環の呪い  裕福で権力のあったフレイズマル(Hreiðmarr)には奇妙な3人の息子がいた。1人はファーヴニル、1人はオトル、そしてレギン。レギンは鍛冶や金銀細工が得意だった。オトルは昼間は川獺に変身し、魚を獲って食べていた。そしてファーヴニルはというと、かけ離れて大きく、そして強欲だった。
 オトルが魚を獲っていたところにはドヴェルグ(小人)のアンドヴァリ(Andvari)もいて、彼はカワカマスの姿で魚を獲っていた(そのためここは「アンドヴァリの滝」と言われている)。そんなある日、オージン(Óðinn)とヘーニル(Hœnir)とロキ(Loki. いずれも北欧神話の神格)が旅をしてアンドヴァリの滝近くにやってきた。オトルはそこで魚を食べていたが、それに目をつけたロキはこの川獺を殴り殺してしまったた。そして3人はこの獲物の皮を剥いだ。
 その夜3人は泊まった家で今日の獲物を見せた。しかし運悪く、その家はフレイズマルのものだった。ロキたちはオトルの親族たちに取り押えられ、代償と身代を要求された。それは、オトルの皮いっぱいに金を詰め込み、さらにその外側を金で覆え、というものだった。彼らは黄金を獲得するためにロキを遣わした。ロキは海神ラーン(Rán)に網をもらうと、それでアンドヴァリを捕まえた。そしてこの小人の持っていた黄金、それに腕輪を奪うと、小人は石の中にいき、そして「その黄金の腕輪と黄金一切を所有するものは誰でもそのために死ぬことになる」と呪いをかけた。
 黄金をもらったフレイズマル一家。しかしフレイズマルはファーヴニルに殺され、レギンは財産にこれっぽっちもあずかることができなかった。ファーヴニルはその後荒野に棲みつき、恐ろしく凶悪な大蛇-ドラゴンとなり、財産の上にとぐろを巻くようになった。
 レギンはというと、おそらくその職能を買われたのだろう、王のもとで鍛冶になり、そして王の養子であるシグルズの養父になった。

名剣グラム作り  ……のような因縁話を若きシグルズに話したレギンは、この怪物を倒すように頼む。そこでシグルズはレギンに剣を作らせた。1本、2本、しかし彼は簡単にそれらの剣を叩き折ってしまった。そこでシグルズは母親の元へいき、父親のシグムンドが死の間際に彼女に渡した、折れた剣をもらってきた。それを鍛えなおせば名剣グラム(Gramr)ができると言われていたのだ。レギンはその剣から新たに剣を鍛え、そしてシグルズに渡した。シグルズは金床をそれで斬りつけたが、金床は底まで切断されたのに、剣には傷一つつかなかった。しかしシグルズはファーヴニルを殺す前に、まず自分の父親の復讐を誓った。

父親の復讐  年月が経ち、シグルズは誰からも好かれる立派な若者へと成長した。シグルズは父親を殺した者たちへの復讐を遂げるため、王に許しを乞い、大軍を率いて遠征を行なった。彼らの船団は途中嵐に巻き込まれたが、謎の老人(実はオージン)を船に乗せると嵐は止んだ。そして敵地に上陸するとすぐに町々を荒らしまわり、そして仇敵たるリュングヴィ王とその兄弟のヒョルヴァルズをグラムの一刀のもとに切り捨てた。
 数々の財宝をもってシグルズが帰国する。

ファーヴニル殺し  シグルズとレギンは、ファーヴニルがいつも水を飲むときに這っていく跡を目指して行った。それは以前レギン言ったような「普通の蛇」ではなく、ずっと大きなものだった。レギンはシグルズに、「溝を一本掘って、そこに入っていろ。ファーヴニルが水場に来たら、心臓を突き刺すんだ」と言った。シグルズが溝を掘っているとまた老人がやってきた。老人は溝を一つだけでなく複数掘るように言った。シグルズは言うとおりにした。
 ファーヴニルが水場へ動くと、辺り一帯の大地が地震であるかのように震えた。この蛇は自分の進む道に毒を吐き散らしたが、シグルズは恐れず、溝の上にこのドラゴンがやってくると、左の肩甲骨のところにグラムを突き刺した。ドラゴンはその傷が致命的なものだとわかると、苦しんで頭と尾をねじらせた。それに当たったものはすべて砕け散った。そしてシグルズに「お前は誰だ」と聞いた。シグルズは最初は答えなかったが二度目は「シグルズ、父はシグムンドだ」と名乗った。しかしファーヴニルは「おれが持っているこの黄金は貴様の死のもとになるぞ」とも警告した。シグルズは、それを単なる憎しみの言葉として気に留めなかった。そしてファーヴニルは死んだ。

レギンも殺す  レギンはシグルズのもとへ行き、まずは彼の功績をねぎらった。しかしすぐにこの英雄が自分の兄を殺したことについて、彼に対して怒った。ただし、ファーヴニルを殺したのはシグルズだが、この蛇に止めを刺したのは自分の鍛えたグラムである。彼は苦悩した(ふりをした)。シグルズはリジルという剣で蛇から心臓を切り取った。レギンは兄の血を飲み、そしてシグルズに、心臓を焼いて食べさせてくれと頼んだ。
 シグルズが心臓を火にあぶっていると、中身が沸騰しだした。そこで指で触って確かめ、その指を口に入れた。すると、鳥のことばがわかるようになった。自分のそばの森で、シジュウカラが話しているのが聞えるようになった。その話を聞いていると、どうもレギンが自分を裏切るようで、鳥たちはシグルズがレギンを殺せばいいのだ、それから財宝を独り占めし、ブリュンヒルドが眠っているところへ行けばいいのに、と言っていた。そこでシグルズはレギンを殺し、心臓の一部を食べた。(第14~20章*18)


物語要素

  • 宝の因縁物語
  • 名剣の誕生
  • 宝を守るドラゴン
  • 水場にいるドラゴン
  • 下から突き刺すジークフリート
  • 心臓を食べて鳥の声がわかるようになる
  • レギンの裏切り
  • ブリュンヒルドへのブリッジ

 だいたい古エッダと同じくらい。シグルドリーヴァがブリュンヒルドになっている以外は。


物語のなかでの位置
 若き英雄の、父親の復讐に続く2度目の功績。これも古エッダと同じ。


呼び方  古ノルド語のオルム(ormr)「蛇」またはドレキ(dreki)「ドラゴン」の2通りの呼び方が使われているのはベーオウルフのドラゴンと同じである。呼びわけについてはワームとドラゴン参照のこと。


 ファーヴニルは第18章でエーギスヒャールム(Œgishjálmr. 恐怖の冑)なる武具を振りかざしたとある。

『シズレクのサガ』

『ニーベルンゲンの歌』

 ジークフリートの代表作のくせしてドラゴン退治の描写はしょぼい。

『不死身のザイフリート』など


*1 石川栄作『ジークフリート伝説 ワーグナー『指環』の源流』pp. 21以下。
*2 ついでにいうと歴史的事実の年代混同はよくいわれるような「詩人の自由な創作」ではなく、史実の神話化にともなう出来事の超時間的位置づけに由来するものだろう。物語は伝説となった時点で歴史とは切り離されるわけである。このような歴史-神話伝承についてはエドマンド・リーチ『神話としての創世記』など参照。
*3 忍足欣次郎(訳)『中世イギリス英雄叙事詩 ベーオウルフ』pp. 92-94.
*4 谷口幸男(訳)『エッダ 古代北欧歌謡集』pp.296-97。
*5 ibid., pp. 133-142.
*6 年代はWikipediaのNordic Bronze Age http://en.wikipedia.org/wiki/Nordic_Bronze_Ageによる。
*7 Einar Østmo, 1997, 'Horses, Indo-Europeans and the Importance of Ships', Journal of Indo-European Studies 25, p. 306.
*8 ibid., p. 307.
*9 ibid., p. 286, fig. 1.
*10 ibid., p. 308, fig. 17.
*11 菅原邦城(訳・解説)『ゲルマン北欧の英雄伝説 ヴォルスンガ・サガ』、p. 46。
*12 ibid., p. 168.
*13 エーリック・ニレーン、ヤーン・ペーデル・ラム『ゴトランドの絵画石碑 古代北欧の文化』岡崎晋(訳)、p. 110。
*14 エーリック・ニレーン、ヤーン・ペーデル・ラム『ゴトランドの絵画石碑 古代北欧の文化』岡崎晋(訳)、p. 110。
*15 ibid., p. 216.
*16 Rudolf Simek, "Dictionary of Northern Mythology", s.v. 'dragon', p. 64.
*17 石川栄作、p. 42。
*18 菅原、pp. 40-58。

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Last-modified: 2007-12-24 (月) 01:49:56 (4583d)