テュルク諸族の竜 † ここでテュルク諸族というのは、現代トルコ語やアゼルバイジャンのアゼリ語、ヴォルガ・ブルガール語、トルクメン語、ウイグル語など、西は小アジアから東は新疆ウイグル自治区までユーラシア大陸内陸部に広く分布している諸言語を話す諸民族のことである。 古テュルク時代 † 歴史上、初めて確実にテュルク系民族として自身で記録を残したのは中国で突厥と呼ばれた集団である。突厥は現代トルコ語ではKök-türk(天のトルコ)と書かれているのだが、本当に「突厥」という語にそのような意味があったかどうかはわからない。 碑文上部。横幅2メートルぐらい*1。 トーテムとしての竜 †トルコ・モンゴル諸族のあいだでは、動物がその祖先とされることが多かった。昔の用語で言えば「トーテミズム」と言われたものである*2。たとえばモンゴルと突厥は狼であり、キルギスはその代わりに犬、契丹は馬と牛、カラチャイはジャッカルなどなど*3。 イブン・ファドラーンが報告しているところによれば、バーシュギルド(バシキール)人のうちある者が、自分には12の主がいると言っていたらしい。その種類は冬、夏、雨、風、樹木、人間、馬、水、夜、昼、死、大地。しかしその上に天の神がいる。近代的な視点からすると実に雑多な選択だが、これまたいわゆる「トーテミズム」であると解釈されている。これに加えてヤークート『諸国事典』は「蛇の神」を挙げて、総計13にしている。少し先のところでファドラーンは「蛇を崇拝している一集団」などにも遭遇したことを記録しているが、詳細については書いていない。*4。 テュルク諸語における「竜」 †現代トルコ語で竜のことをペルシア語からの借用であるエジュデルハ(ejderha)というが、テュルク諸語には独自に竜や大きな蛇を意味する言葉が複数あった。印欧諸語やセム諸語、シナ・チベット諸語などと比べてテュルク諸語の歴史は浅い上に(相対的に)文献の量も少ないので、語源についてはほとんどはっきりしないし、用例もそれほど多いというわけではない。それでもこれまでにいろんなことが考えられてきた。 ルー †中国語「竜」(lung)からの借用語。十二支に使われた。語源や分布の詳細は星辰の竜#Turkを参照。 エヴレン †現代トルコ語辞典を見てみると、evrenの意味は第一義的には「竜」ではなく「天空、世界」である。そしてトルコ語語源辞典を参照してみると、evrenの語源としては「天空」のほうの意味からの遡及が行なわれている。11世紀のカーシュガリーの辞書によるとevren/ewrenは「鍛治の炉のかたちで作られたパンのかまど」の意*5。13世紀の史料では、「天空(天命?)の車輪」。そのようなことから考えると、語源は古期テュルク語のevür「ひっくりかえす」「回す」のようなことらしい*6。説明不足だと思うので勝手に解釈すると、テュルクにとって天空とは回転するものだった。だから回るものという意味から天空という意味が派生したということだろうか。そして場合によっては、その回るものが竜であると考えられていたのかもしれない。 ユラン †アルタイ祖語? †ところで、上記のようにトルコ語では竜のことをエヴレン(evren)という。トルコ語が属すテュルク語族では、ほかにガガウズ語のイエヴレム(Ievrem)が「炎の蛇」、中期テュルク・キプチャク語でエウレン(Ewren)が「蛇」、チュヴァシ語でヴゥレ・シュレン(Vəʷre śəlen)が「熱い蛇(竜)」という意味になる。また古ブルガール語ではヴェレニ(Vereni)が「蛇」という意味である。これらの例から推定されるテュルク祖語*7は*ebren「蛇」。 |