竜とドラゴン

テュルク諸族の竜

 ここでテュルク諸族というのは、現代トルコ語やアゼルバイジャンのアゼリ語、ヴォルガ・ブルガール語、トルクメン語、ウイグル語など、西は小アジアから東は新疆ウイグル自治区までユーラシア大陸内陸部に広く分布している諸言語を話す諸民族のことである。
 文化的な観点からすると、テュルク諸族の興味深いところは、まずその歴史上の起源が中国に近いところにあったということである。そしてもう一つ、その勢力は西へ西へと移動し、中央アジアのイラン文化圏、西アジアのアラブ=イスラーム文化圏を包摂していき、最終的には中央ヨーロッパ近くにまで影響を残したり与えられたりしたことである。
 これは彼らにとっての「竜」も同じことで、おそらくその起源は中国におけるであったと考えられ、最古の史料にもその片鱗がうかがえる。イラン文化と接触する過程で「竜」の名前としてペルシア語のものが借用されていき、テュルク諸族より一足先に西アジアに到達していたモンゴル人と蔽い重なるようにしてイスラーム美術に中国的な竜のスタイルをもたらした。また、もしかすると北アジアにおける蛇の怪物のイメージもテュルク諸族の「竜」のなかに残っていたかもしれない。だからちょっと大げさに言うならば、テュルク諸族によってユーラシア東部・中部・北部・西部の竜とドラゴンがごく自然に邂逅し、融合したのである。

古テュルク時代

 歴史上、初めて確実にテュルク系民族として自身で記録を残したのは中国で突厥と呼ばれた集団である。突厥は現代トルコ語ではKök-türk(天のトルコ)と書かれているのだが、本当に「突厥」という語にそのような意味があったかどうかはわからない。
 彼ら自身の文字(突厥文字)による最古の史料となっているオルホン碑文は古テュルク語(古代トルコ語、古代ウイグル語)で書かれているが、そのうちの一つに、中国ではよく知られている二頭の竜の飾りが彫りこまれている。突厥が竜とその姿、象徴についての知識を持ち、それを自身の文化のうちに取り込んだ証拠である。

Orkhon.jpg

碑文上部。横幅2メートルぐらい*1

トーテムとしての竜

 トルコ・モンゴル諸族のあいだでは、動物がその祖先とされることが多かった。昔の用語で言えば「トーテミズム」と言われたものである*2。たとえばモンゴルと突厥は狼であり、キルギスはその代わりに犬、契丹は馬と牛、カラチャイはジャッカルなどなど*3

 イブン・ファドラーンが報告しているところによれば、バーシュギルド(バシキール)人のうちある者が、自分には12の主がいると言っていたらしい。その種類は冬、夏、雨、風、樹木、人間、馬、水、夜、昼、死、大地。しかしその上に天の神がいる。近代的な視点からすると実に雑多な選択だが、これまたいわゆる「トーテミズム」であると解釈されている。これに加えてヤークート『諸国事典』は「蛇の神」を挙げて、総計13にしている。少し先のところでファドラーンは「蛇を崇拝している一集団」などにも遭遇したことを記録しているが、詳細については書いていない。*4

テュルク諸語における「竜」

 現代トルコ語で竜のことをペルシア語からの借用であるエジュデルハ(ejderha)というが、テュルク諸語には独自に竜や大きな蛇を意味する言葉が複数あった。印欧諸語やセム諸語、シナ・チベット諸語などと比べてテュルク諸語の歴史は浅い上に(相対的に)文献の量も少ないので、語源についてはほとんどはっきりしないし、用例もそれほど多いというわけではない。それでもこれまでにいろんなことが考えられてきた。

ルー

 中国語「竜」(lung)からの借用語。十二支に使われた。語源や分布の詳細は星辰の竜#Turkを参照。

エヴレン

 現代トルコ語辞典を見てみると、evrenの意味は第一義的には「竜」ではなく「天空、世界」である。そしてトルコ語語源辞典を参照してみると、evrenの語源としては「天空」のほうの意味からの遡及が行なわれている。11世紀のカーシュガリーの辞書によるとevren/ewrenは「鍛治の炉のかたちで作られたパンのかまど」の意*5。13世紀の史料では、「天空(天命?)の車輪」。そのようなことから考えると、語源は古期テュルク語のevür「ひっくりかえす」「回す」のようなことらしい*6。説明不足だと思うので勝手に解釈すると、テュルクにとって天空とは回転するものだった。だから回るものという意味から天空という意味が派生したということだろうか。そして場合によっては、その回るものが竜であると考えられていたのかもしれない。

ユラン

アルタイ祖語?

ところで、上記のようにトルコ語では竜のことをエヴレン(evren)という。トルコ語が属すテュルク語族では、ほかにガガウズ語のイエヴレム(Ievrem)が「炎の蛇」、中期テュルク・キプチャク語でエウレン(Ewren)が「蛇」、チュヴァシ語でヴゥレ・シュレン(Vəʷre śəlen)が「熱い蛇(竜)」という意味になる。また古ブルガール語ではヴェレニ(Vereni)が「蛇」という意味である。これらの例から推定されるテュルク祖語*7は*ebren「蛇」。
 ところでアルタイ語族というものがあるとする学派によれば*8、この*ebrenという名詞は日本語のオロチと同根であるという。以下は、アルタイ語族仮説を単に紹介するだけであってtoroiaが支持するとか支持しないとかいう問題は度外視しているということを強調しておく(これはシベリアの竜、蛇も同様)。
トゥングース・満州語族。エヴェンキ語ウーレ(Ūre)「虫」。ネギダール語ウイェ(Uje)「虫」。ウルチ語ウェレ(ン)(Were(n))「蛇」。ウデゲ語ウェー(Wē)、ウイェ(Uje)。が対応するとされ、トゥングース・満州祖語は*ūre。
 日本語。古代ウォロティ(woroti)。中世ウォロティ(Wòròtì)、ウォロディ(Wòròdì)。東京方言オロチ(Órochi)。祖語は*bə̀rə̀tì。テュルク語形は日本祖語の*bə̀rə̀tìがもとは*ə̀bə̀rə̀tìだったということを推測させる。
この祖語3つ(*ebren、*ūre、*bə̀rə̀tì)から、アルタイ祖語*ebVrV(VはVowel。不定の母音)「蛇、虫」が想定される。エヴレンについては上記参照。


*1 Société finno-ougrienne, 1892, Inscriptions de l'Orkhon: Recueillies par l'expédition finnoise 1890, Helsingfors: Imprimerie de la société de littérature finnoise, pl. IIIより。
*2 トーテミズムという概念はクロード・レヴィ=ストロースが徹底的に批判している。『今日のトーテミズム』参照。
*3 ジャン=ポール・ルー「トルコ・モンゴル諸族の宗教 動物の重要性 部族神話と狩りの祭儀」『世界神話大事典』p. 1206-7.
*4 イブン・ファドラーン、矢島彦一訳注『ヴォルガ・ブルガール旅行記』pp. 133-134, 164。
*5 Mahmûd El-Kâşgarî, 2007, Dîvânü Lugâti't-Türk, Serap Tuba Yurteser ve Seçkin Erdi (çev.), s. 273.
*6 http://www.nisanyansozluk.com/search.asp?w=evren
*7 とある語族の言語がバラバラになるまえに話されていたと推定される言語のことをとりあえず祖語という。実際にはその存在は証明されていない理論上のもの。
*8 現在では、アルタイ語族やアルタイ祖語そのものの存在が疑わしいとされている。

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Last-modified: 2010-06-15 (火) 03:11:40 (3442d)