竜とドラゴン

ナーガ((नाग)

Nāga。

 インドでいう竜はナーガである。
 むしろ、ナーガがである。サンスクリットの仏教経典が漢文に翻訳されるとき、ナーガという名詞に漢字の「竜(龍)」が割り当てられたからである。だから仏典のなかの「竜」……少なくとも印度撰述部の経典のなかの「竜」は、書かれた当時の意味においては中国伝統のハイブリッド生物である竜ではなく、そこらへんを這い回っているインドコブラとさして変わらない(頭が多いなどを除けば)姿をしていたはずである。もちろん、漢字文化圏に翻訳されるにあたってそれ相応の変化を受けているけど。というわけで、インド仏教(中国・日本仏教)にもナーガ(竜)は多く登場するが、漢訳を通して「竜」として知られているものが圧倒的に多いので、そのあたりは仏教の竜王の項目に譲ることにする。

 ナーガという単語はヴェーダ文献には出てこない。また、ブラーフマナ文献でも、『シャタパタ・ブラーフマナ』などに合成語の一部としてわずかに見える程度である。しかも、その場合の「ナーガ」とは蛇や竜を意味する言葉ではなかった。「象」だった。
 元来、ヴェーダ語には蛇を意味する言葉がナーガとは別に存在した。そうした「蛇」を意味する単語は一つというわけではなかったが、とくに神話上の蛇を意味する言葉としては「アヒ」(ahi)がよく知られている。「アヒ」はイランのアヴェスター語における「アジ」(aži)と同語源の言葉であり、アジのほうも神話的な「蛇」を意味することから、非常に古い時代から使われ、重視されていた言葉だということがわかる。

 さて、「ナーガ」という単語そのものの語源の解明はすなわち何故「象」と「蛇」が同じ単語で表現されたか、を明らかにすることでもある。しかし、語源説には非インド・アーリア系言語(先住民の言語)ではないか、とするもの、印欧祖語の「蛇」から派生したのではないか、とするもの、インド言語発展の過程で生み出されたのではないか、とするものなど諸説あり、今のところ決定打はない。
 ナーガがもし印欧語だとすれば、対応するのは英語のスネークsnakeであると考えられている。この言葉は古英語のスナカsnaca、古ノルド語のスナークsnākr、関連する動詞としして古高ドイツ語のsnahhan「這う」や古ノルド語のsnaka「鼻をくんくんさせて臭いをかぐ」がある。這う動物としての蛇である。*1

 「象」としてのナーガは、経路はよくわかっていないがアフリカにまで達していたらしい。エティオピアの古典言語であるゲエズ語では「象」のことをナゲ(nage, ነጌ)といい、複数形でnageyāt, nagəyāt, nagayātというのである。naga>nage説は19世紀から唱えられており、エティオピア語学者ウルフ・レスラウの『ゲエズ語比較辞典』(1991)もこの説を無批判に採用している*2。インド=イラン語学者であるマンフレート・マイヤホーファーの『コンサイスサンスクリット語源辞典』第2巻(1963)はこの説について「はっきりとはしていない」と保留をつけている*3
 逆に、サンスクリットで「象」を意味する言葉のうちの一つであるイバ(ibha-)は、マイヤホーファーによれば*4古代ギリシア語のelephas(ἐλ-έφας)「象」やラテン語のebur「象牙」と関連し、古代エジプト語の「象」yebu(コプト語εβου, εβυ)が語源なのであるという。


※インドのその他の事例にもれずナーガに関することも実に無数に存在するはずなので、この「ナーガ」と題したページにもいったいどれだけ内容が増えるポテンシャルがあるのか、まったく想像もつかない。ただし1ページだけでまとめようとするのがどだい無理、ということだけは想像できる。とはいえそれはまだページがほぼ白紙に近い現状では不相応な悩みとでも言うものなので、あまり気にせずにナーガが重要な役割を果たす物語や思想などを並べてみることにする。

地下世界パーターラ

 ナーガたちは海にも山にも住んでいるが、地下の世界であるパーターラがその領土として広く知られている。たとえば耳輪を奪ったタクシャカは地面に開いた穴に入り、地下に潜りこんで逃げようとした。 『ヴィシュヌ・プラーナ』によればパーターラは全部で七層あり、各々の層が10000ヨージャナの厚さであり、全体としては70000ヨージャナある。その名前は上からアタラ、ヴィタラ、ニタラ、ガバスティマット、マハータラ、スタラ、パーターラである。『ヴァーユ・プラーナ』ではガバスティマットがガバスタラになっている。この二つを含め、ほかのプラーナでもパーターラの地名は語尾がどれも「タラ」で終わっているという*5。それぞれに固有の土の色または成分があり、上から白、黒、紫、黄、砂、石、金となっている。立派な宮殿があり、ダーナヴァ、ダイティヤ、ヤクシャ、ナーガなどが住んでいる。
 パーターラはまさに「地下の楽園」らしく、天神たちに「地下に比較できるものがあろうか」と言うことができるほどである。また、どういう仕組みかはわからないが、地下世界でもちゃんと昼には太陽が出ていて暑くなく、夜には月が出て冷たくないとのこと。
 『ヴァーユ・プラーナ』には各層にいるダイティヤとナーガたちの名前が挙げられている。それぞれナムチ・カーリヤ。ハヤグリーヴァ・タクシャカ。プラフラーダ・ヘーマカ。カーラネーミ・ヴァイナテーヤ。ヒラニヤークシャ・キルミーラ。プローマン・ヴァースキ。バリ(ナーガの名前はないらしい)。

 そして、パーターラの底にはシェーシャ(アナンタ「無限」)の姿をしたヴィシュヌがいる。このシェーシャも凄まじい威光を持っている。この蛇があくびをすると、地震が起こる。

マハーバーラタの神話

ナーガ一族の誕生

 その昔、神々の時代、造物主プラジャーパティにはカドルーとヴィナターという美しい娘がいた。彼女たちはともに造物主に等しいカシャパの妻となった。カシャパは二人に大いに満足し、願いをかなえてやると言った。そこでカドルーのほうは千匹の竜を息子として選び、ヴィナターはカドルーの息子よりも優れた2人の息子を選んだ。
 長い期間を経て、カドルーは千個の卵を産んだ。卵は500年温められ、そして竜たちが生まれた。しかしヴィナターの卵からは何も生まれなかった。ヴィナターは恥ずかしくなり、卵の一つを割ってしまった。なかには上半身はあるが下半身が無い子供がいた。その子供は母親に対して怒り、「500年間、あなたが競った女の奴隷となる」と呪詛した。この息子はアルナといい、暁の神となった。やがてガルダが誕生したが、彼はすぐにヴィナターを捨てて空へと飛んでいった
(『マハーバーラタ』第1巻第14章第5~23節)。

カドルーとヴィナターの賭け

 ヴァースキ竜王の願いの時期を考えると、これは乳海攪拌よりも前の物語のはずである。しかしてこの物語に現れる動物は、乳海攪拌によって生まれた神馬ウッチャイヒシュラヴァスなのである。本題は別のところにあるから、別にウッチャイヒシュラヴァスではなくてもいいのだが……。
 カドルーはウッチャイヒシュラヴァスを見て、その色をヴィナターに尋ねた。「真っ白です」。カドルーは「黒い尾をしている」といい、「賭をして、負けたほうが奴隷になることにしましょう」と約束を交わした。確認するのは翌日ということになったが、その間にカドルーは息子の蛇たちに命じ、小さくなって馬の尾に入り込み、黒く見えるようにしろ、と言った。そのなかには従わない蛇もいたので、カドルーは息子たちに「ジャナメージャヤの蛇供のときに、火がお前たちを焼くだろう」と呪詛をかけた。ブラフマンはその呪詛を聞いたが、蛇は生類を咬んで殺してしまうことが多いので、そのままでいいやと放置した。またカーシャパ仙には蛇の毒を鎮める術を授けた。
 翌朝、カドルーとヴィナターは海(ヴァルナの住処、ナーガの心地よい最高の住処、などと表現されている)を越えて、ウッチャイヒシュラヴァスを見に行った。しかし、ウッチャイヒシュラヴァスの尾は真っ黒だった。ヴィナターはカドルーの奴隷になってしまったのである
(『マハーバーラタ』第1巻第18章~第20章第3節)。

ガルダとアムリタ、ナーガ

 ヴィナターがカドルーのもと奴隷の境遇であえいでいたころ、時期が来てガルダが卵から生まれた。この鳥の王はすぐに成長して火の群のように光り輝き、空を飛んで、神々を震え上がらせた。神々はガルダを賛美し、なんとかその激烈な白熱を収めさせた。それからガルダは海を渡って母のヴィナターのところへと赴いた。しかし、そこではヴィナターだけでなくガルダもカドルーと息子のナーガたちに従わなければならなかった。
 あるとき、カドルーは、海岸のラマニーヤカという場所に自分とナーガたちを連れて行くように、と命令した。そこでヴィナターはカドルーを運び、ガルダはナーガたちを運んだ。しかしガルダは太陽の近くを飛びすぎたので、ナーガたちは失神してしまった。それを見たカドルーは雨を降らせる雷神インドラを賛美し、雨を降らせた。ナーガたちはその雨に大いに喜んだ。それから一行はラマニーヤカにつき、カドルーの眷属はそこで大いに楽しんだ。ナーガたちは言った。「ガルダよ、おまえは空を飛んでいるときに他にもいい場所を見つけただろう。私たちをそこへと運んでおくれ」。ガルダは嫌気がさして、母親に、なぜ自分たちがナーガたちに仕えなければならないのかを問うた。「蛇たちは不正な賭けにより、いかさまで勝ったのだ」。そこでガルダはナーガたちに、どのようにしたら奴隷から解放してくれるかを尋ねた。蛇たちは、ガルダに、全力で不死の甘露アムリタを神々から奪ってくるように命じた。
 素直なガルダはまず腹ごしらえということで、母親から言われたとおりにニシャーダ族をバラモンとその妻以外食い尽くした。でも、それでも何か物足りなかった。そこで彼は父親のカシャパ仙のところへ言った。カシャパは、この鳥に、お互いを呪いあって巨大な亀と象になってしまったヴィバーヴァスとスプラティーカというバラモンたちを食べるように言った。ガルダはいとも簡単にこれらの動物を捕まえたが、どこに降りて食べるかが問題だった。聖地アランバの中にそそり立つ樹バニヤンが大きさとしても最適だったので降りてみると、人間の親指ほどの大きさしかない種族ヴァーラキリヤたちがその枝にぶら下がりながら修行しているのを見つけた(そもそもヴァーラキリヤたちがガルダ誕生の直接の原因になったのだが、それは後述する)。ガルダはこれらの仙人たちを慈しみ、ふたたびカシャパのところへ枝を持ちながら向かった。カシャパは、自分の息子が偉大なことを為そうとしているのでどうか許してくれと懇願した。そういわれたのでヴァーラキリヤたちはヒマラヤのほうへ行った。カシャパはガルダに「余人によっては心によってすら行けない山」に行くように指示した。そこならバラモンも居らず、安全にヴィバーヴァスとスプラティーカを捕食することができるからである。
 腹ごしらえをすませたガルダがいざ天上に向かうと、神々の間で信じられないような出来事が起こった。流星が次々と落下し、神々の武器がいたるところで相互に攻撃しあい、雲もないのに雷鳴がとどろき、しおれることのない神々の花がしおれ、血の雨がふり、ほこりが神々の冠を汚した。これは、アスラ族との戦いのときにも起きたことのない前兆だった。インドラがこれらのことをブリハスパティにたずねると、それはインドラの悪業が原因であり、神々の誰も相手にされることなく鳥の王がアムリタを奪うだろう、と言われた。
 そもそもカシャパが自分の子供を望んで祭祀を行なったとき、多くの神々が彼を援助した。力自慢のインドラは山ほどもある薪を運んでいたが、そのとき、大人数でようやく植物の茎一本を運んでいるヴァーラキリヤたちをあざ笑ったのだ。たとえ身体は小さくとも相手はバラモン、これは実に不用意であった。ヴァーラキリヤたちは「インドラのほかに100倍強いインドラをつくる」という願いをもって修行をしたのだ。インドラがカシャパのところに相談に行っている間にも願いは成就してしまい、さあどうしよう、ということで、カシャパはその「インドラ」を自分の息子として誕生させることにしたのである。「鳥たちのインドラ」という限定つきで。ようやくインドラは安心して天界へと帰っていったのであった。
 そんないきさつがあったので、神々の戦士たるインドラでさえガルダにはもとからかなわない。ましてや他の神々など相手にするまでもない……アムリタの番人ヴィシュヴァカルマンがまず打ち倒され、戦闘神にして風神のヴァーユが状況を回復させたもののすぐに大攻撃が始まった。多くの神群が四散し、9人のヤクシャたちも引き裂かれた。アムリタへの道は炎に包まれていたが、ガルダは川の水を吹きかけることによってそれらを鎮めた。
 アムリタ容器の前には自動で回転する円盤チャクラがあり、近づくものは何者といえども切り裂くおそろしいとラップだった。しかしガルダは身体を縮めてすり抜けた。最後の難関はアムリタを守護し、強力な邪眼を持つ二匹の蛇だった。しかしガルダは砂をかけて目をつぶし、容器を持ってさっと外に出たのである。

 ガルダが飛んでいると、ヴィシュヌに出会った。ヴィシュヌはガルダの無私の行為に満足して彼の願い(アムリタなしでの不老不死、ヴィシュヌの上にいること)をかなえ、また、ガルダはヴィシュヌの乗り物になることを承諾した。そんな感じで二人が語っていると、追跡していたインドラのヴァジュラが飛んできた。しかし、インドラ最強の武器であるヴァジュラでさえ、ガルダの身体に傷一つつけることはできなかった。それを見たインドラは、ガルダと永遠の友情を結んだ。
 いちおう約束ではあるので、ガルダはアムリタをナーガたちのところへと持って帰らなければならない。というわけで、ガルダはナーガたちのもとへ上機嫌でアムリタを持ってきた。「蛇たちよ、沐浴して身を清めてから食べなさい」。ガルダはアムリタをクシャ草の上に置いた。ナーガたちは沐浴しに行った。インドラが現れ、アムリタを持って帰った。ナーガたちは騙されたことに気づいたが時既に遅し、なんとかしてアムリタを舐めようとクシャ草を舐めたが、鋭い葉によって舌が裂かれるだけだった(=先割れ舌の起源。ギルガメシュと蛇の関係とまるきり正反対である)。(『マハーバーラタ』第1巻第20章第4節~30章)。

 そのようなわけでナーガはガルダと対立関係にある、というか頭が上がらない存在なのだが、興味深いことに実際のインド宗教においてはナーガは非常に盛んに崇拝されているのに対し、ガルダはほとんど崇拝されていないらしい。

シェーシャ(Śeṣa)

 シェーシャはアナンタ(Ananta、無辺)ともいい、世界を支える偉大なナーガラージャである。なぜ彼は世界を支えることになったのだろうか? それは、自分たちの兄弟がいやになったのが始まりだった。

 高名なる竜王シェーシャは、母親のカドルーや自分たちの兄弟とわかれて断食し、激しい苦行を行なっていた。彼の修行したところはガンダマーダナ山、バダリー川、ゴーカルナ、プシュカラの森、ヒマーラヤの斜面である。髪を結い、肉も筋も干からびながら苦行を続けているシェーシャをみたブラフマーは、彼に、何ゆえ苦行をしているのか尋ねた。なぜなら、シェーシャの苦行によって発生した熱が生類を苦しめているからである。シェーシャは答えた。自分たちの兄弟はあまりにも愚かである。従兄弟なのに、ガルダやヴィナターを憎む。そしてまた、ガルダもナーガたちを憎んでいる。そんなやつらとはもう金輪際会いたくないので肉体を捨てるのだ。
 満足したブラフマーは、そんなシェーシャの願いをかなえ、そしてまだ不安定な大地のために、その下になって支えになるように言った。シェーシャは大地の女神が作った裂け目から地底へ行き、大地を取り巻いて、頭で支えた。ブラフマーはシェーシャのことをアナンタ「無限」と呼び、ダルマ神となした。また、シェーシャの友としてガルダを与えた。(『マハーバーラタ』第1巻第32章)。

ナーガたちの協議

登場ナーガ: ヴァースキ、アイラーヴァタ、エーラーパトラ

 さて、ウッチャイヒシュラヴァスの尾に入らずに母親に逆らった蛇たちは、母親に、ジャナメージャヤ王にすべて焼き殺されるとの呪詛をかけられてしまった。そこでヴァースキやアイラーヴァタなどの竜王が集まって、協議を行なった。
 「一切の呪詛には対処法がある」
 ヴァースキはそうは言ったものの、あのブラフマーがこの恐ろしい呪詛を聞いていながら止めなかったのは、この最高のナーガを絶望させるには十分だった。とにかく、自分たちを炎の中に葬るのが人間のジャナメージャヤ王だということはわかっているのである。あるナーガはバラモンに変装して取り止めを要請しようと提案した。別のナーガは王の優れた顧問となって中止を進言しようというプランを立てた。また、蛇供(蛇を燃やす祭儀)に通じた祭祀官を殺してしまおう、という意見も出てきた。ほかにも、雨となって火を消そう、祭儀道具を盗め、人々を次々と咬め、糞尿で食物を汚せ、祭祀官になって妨害しよう、王を監禁しよう、そして挙句の果て、ジャナメージャヤ王を殺してしまおうという考えまで出た。しかしいずれもヴァースキの意とするところではなかった。
 そこでエーラーパトラが口を開いた。自分は、たしかにブラフマーが母親の呪詛をとめなかったのを見た(ついでに恐怖のあまり母親のひざに上がった)。でも、ブラフマーは、咬む癖がある悪毒蛇だけが滅亡するのであって、正しい蛇たちは滅亡しない、ヤーヤーヴァラの家系にジャラトカールというバラモンがいるが、彼の息子であるアースティーカが蛇供を止めるだろう、アースティーカの母親は、父親と同名のジャラトカールである、とも告げたのだ。そしてあたりを見てみるに、まさにヴァースキの妹にジャラトカールという名の竜女がいるではないか。ジャラトカールにあなたの妹を贈りなさい。
 すべての蛇は、このエーラーパトラの提案に賛同した。
 「それからほどなくして」、乳海攪拌が行われた。ヴァースキは攪拌ひもとなって頑張った。このさい、ウッチャイヒシュラヴァスが生まれた……はずである。時系列がおかしいのは気にしない。
 それが終わってから、神々はヴァースキとともにブラフマーのところに来た。なんとかして竜王ヴァースキを呪詛から助けてはくれないか。ブラフマーは、エーラーパトラ竜王が言ったことは全てそのとおりになるとし、神々やヴァースキを安心させた。ナーガたちはジャラトカールを常時監視していた。(『マハーバーラタ』第1巻第33~35章)。

乳海攪拌

登場ナーガ: アナンタ、ヴァースキ

 あるとき、神々はメール山に集まって相談を始めた。いかにすれば不死の霊薬アムリタを手に入れることができるのか。その席でナーラーヤナ(ヴィシュヌ)はブラフマーに、神々とアスラ(阿修羅)族との間で海を攪拌すればアムリタが生ずるだろう、と言った。その攪拌において一切の薬草や宝物も誕生する、と。
 そこで神々は、地上地下それぞれ11,000由旬の高さを誇る偉大な山マンダラを使って海を攪拌することにした。ブラフマーは竜王アナンタに命じてこの山を森や森の生き物もろとも引っこ抜かせ、神々がそれを海まで運んだ。そして海に「我々は甘露を得るために水を攪拌する」と宣言した。次に神々とアスラたちは亀王アクーパーラをマンダラ山の支えとした。そして竜王ヴァースキをマンダラ山に巻きつけ、それを両端から引っ張って攪拌を始めたのである。
 このときほとんど既存の世界が崩壊するかのごとく激しい綱引き~攪拌が行なわれたが、一番の災難はヴァースキだった。なにせ頭をアスラたちに引っ張られ、尾を神々に引っ張られ、体は巨大な攪拌棒に巻きつけられ、あげく口から火と煙を伴う風が出るほどだったのである(以上、『マハーバーラタ』第1巻第15-16章)。
 また、ヴァースキは歯で石を噛み、そこからハーラーハラという猛毒が流出した。この猛毒は世界を危うく滅ぼすところだったが、シヴァ神がその毒を全て飲み干して世界を救った。このためシヴァはニーラカンタ(青黒い頸を持つもの)と呼ばれるようになった(『ラーマーヤナ』第1巻第45章。類似神話が仏教にある→八大竜王)。
 また、ヴァースキは引っ張られまくって気分が悪くなり、口からドバッと毒を吐いたが、口がある頭のほうを持っていたのがアスラ族だったので神々は得をした、という神話もある。

パリクシットとタクシャカ

 ナーガを全滅させるおそれのある蛇供を行なうことになっているジャナメージャヤ王の父はパリクシットといい、非常に偉大で優れた支配者だった。
 ある日彼は、森の中で狩猟をしていた。矢で鹿を射て、その鹿を得ようと追いかけた。だが、負傷しているはずの鹿をこの王は見つけることができなかった。パリクシットは森中を走り回り、疲れ、非常にのどが渇いた。そのうち彼は、森の中で沈黙の苦行を行なっているバラモンに出会った。彼は、鹿がどこに行ったのかを尋ねた。しかしそのバラモンは沈黙の戒によって彼に一切何も答えなかった。切れた王は蛇の死体を弓の端で拾い上げ、バラモンの肩にかけて去っていった。それを一部始終見ていたクリシャという若い男が、そのバラモンの息子であり気性が激しいシュリンギンにからかいながらそのことを伝えた。「君の父上が死骸を肩にかけているぞ。あまりうぬぼれるなよ」。事の次第を詳しく問いただしたシュリンギンは烈火のごとく怒り、そして「罪深い」パリクシット王に、七日以内にタクシャカ竜王によって殺されるだろう、という呪詛をかけたのである。さて、ことがすんでからシュリンギンは実際に父のところに行ってみた。たしかに、肩に蛇がかかっていた。シュリンギンがパリクシットに呪詛をかけたことを知ると、父シャミーカはこの短気な息子をたしなめた。いったい誰に守護されてこのような苦行が行なえると思っているのか。怒りは功徳を奪うものなのである。とはいえ、呪詛は放ってしまうとどうしようもない。シャミーカは忠実な弟子のガウラムカを王のもとに派遣し、不肖の息子が、王に対して七日以内にタクシャカ竜王の毒牙にかかって殺される、という呪詛をかけてしまった、という事実を伝えさせた。
 王はひどく意気消沈したが、なんとかして死の運命を免れようと、大臣たちと協議した。そして彼らは一本の柱の上に楼閣を作り、そこを守護し、また、さまざまな術に通じたバラモンたちを多数配置した。物理的にも霊的にも可能な限りのことを尽くしたのである。
 七日目になって、賢者カーシャパが王の治療をしようとやってきた。彼は、タクシャカによって燃やされた王を蘇生させれば沢山の褒賞がもらえるだろうと考えたのである。カーシャパがやってくるのを見たタクシャカは老いたバラモンの姿になってカーシャパに話しかけた。カーシャパは、タクシャカの熱によって苦しめられたパリクシットの熱を鎮めるために歩いているのだ、と答えた。タクシャカはそれを聞いて、自分がそのタクシャカだと明かした。私の毒を静めることは不可能である。いや、私なら治癒させることができる。タクシャカは試しにとバニヤン樹に近づいてそれを咬んだ。樹は一瞬にして燃え上がり、あっというまに灰燼に帰した。しかしカーシャパは配島の山を集めてバニヤン樹をよみがえらせた。タクシャカはこの術を見て驚き、パリクシットよりも多くの褒賞を与えるから行かないでくれ、と要請した。カーシャパはもともと財物が目的だったので、すぐにそれに応じて引き返した。
 タクシャカは、厳重に防衛されているパリクシットの楼閣に侵入するため、まずほかのナーガたちを苦行者に変身させて、果実を楼閣内部に運ばせた。王や大臣たちはそれを食べようとしたが、王は自分の持っている果実のなかに小さな虫がいるのを見つけた。彼はそれをつかみ、「もはや日没だ、危険は去った。この虫がタクシャカになって、私を咬んでしまえ」と宣言してしまった。王はもう死の運命から逃れることができず、呆けてしまっていたのである。パリクシット王が笑っているうちにタクシャカが果実から抜け出し、彼に巻きついた。この竜王はうなり声を上げ、蓮華色に輝いていた。蛇の毒は楼閣を焼き尽くし、そして「雷に撃たれたかのように倒れた」。
 このようにしてパリクシットが死んだので、息子のジャナメージャヤがあとを継いだのである(『マハーバーラタ』第1巻第36章第6節~第40章)。

タクシャカ、バラモンの耳輪を奪う

 ジャナメージャヤ王とパウシャ王が、バラモンのヴェーダを師として選んだ。ヴェーダにはウッタンカという弟子がいた。弟子はつねに法(ダルマ)に従う優れたバラモンだったので、ヴェーダから、家へと帰る許可をもらった。その返礼にウッタンカは師の妻にパウシャ王の耳輪を持ってくることになった。
 ウッタンカは道中、異常に大きい雄牛と、それに乗っている異常に大きな男に出会った。男はウッタンカに牛糞を食べるように命じた。ウッタンカは躊躇したが、師もそれを食べたのだと言われたので牛糞を食べ、尿を飲んだ。ウッタンカはそれから王宮に行き、パウシャ王に謁見して、王妃のところへと赴いた。耳輪は王妃が持っているのである。しかし、王妃は、その耳輪が竜王タクシャカに狙われていることをウッタンカに告げた。ちょっとした王との行き違いがあったが、とりあえずウッタンカは帰路についた。
 彼が歩いていると、謎の修行者(シュラマナ)が尾行しているようだった。途中で彼が水を飲もうとして耳輪を地面に置くと、その修行者は走ってきて耳輪を奪い、そして一目散に逃げていった。ウッタンカが追いかけて捕まえると修行者は竜王タクシャカの姿に戻り、突然地面に開いた大穴へと入っていった。ウッタンカも彼に続いて入っていった。
 そこは竜の世界だった。ウッタンカは竜たちを讃えたが、耳輪を返してもらえない。そのとき、彼は二人の女が織機で布を織っているのや、六人の童子が輪を回しているのや、見目麗しい男を見た。そこで再び彼が見たものや神々を讃える歌をうたうと、男が満足して言った。「お前の望みをかなえてやろう」。そこでウッタンカが竜を自分の支配下に、と願うと、男は、馬のしりに息を吹き込むように言った。ウッタンカがその通りにすると、馬のすべての身体の穴から炎が噴出し、煙が竜の世界一帯に充満した。狼狽して、タクシャカは耳輪を持って出てきた。「どうぞお受け取りください」。ウッタンカは男の言われるまま、馬に乗って師の家へと帰ったのである。
 ヴェーダによれば、雄牛をつれた大男は神々の王インドラであった。牛は神象アイラーヴァタ。その排泄物はアムリタ。織機の女たちは運命の女神。六人の童子は季節と一年。馬を連れていた男は雨神パルジャニヤで、馬は火神アグニだったのだ。
 ウッタンカは、タクシャカへの復讐を誓った。
 ちょうどうまい具合に、ヴェーダを師とするジャナメージャヤ王の父パリクシットはタクシャカに殺されていたのだ(『マハーバーラタ』第1巻第3章85-195節)。

ヴァースキの娘

 聖仙ジャラトカールは、性的な欲望を抱かず粛々と修行していた。
 当人にとってはそれでもよかったのだが、困ったのは祖霊たちである。子孫がいないとどうしようもない。そこで祖霊たちは洞窟の中にぶら下がってジャラトカールの前に現れ、はやく結婚して子供をつくるようにうながした。ジャラトカールは妻を作らないことにしていたのだが・・・と言ったが、条件として、自分と同じ名前(=ジャラトカール)で素晴らしい娘、というものを立てた。
 当たり前だがなかなかそのような女性は見つからない。しかしジャラトカール(男)が妻を妻を探すのを今かと待ち構えていた竜王ヴァースキは、さっと同名の自分の娘ジャラトカールを差し出した。「最高のバラモンよ、彼女を妻にせよ」(『マハーバーラタ』第1巻第13章第6~34節)。

ナーガのリスト

 仏教の竜王のところで少し紹介したが『マハーバーラタ』第1巻第31章第5~15節にも長いものがある。(以前は名前をこの下に羅列していたが、ページが縦長になるだけなのでやめた)
 同書第5巻第101章第9~16節にもナーガのリストがあるがこれはまた微妙に違っている。ナンダとウパナンダもそのなかに見える。

 インドでは『マハーバーラタ』以外にもプラーナ文献など多くの書物の中にナーガのリストが見受けられるが、そのなかで最大規模を誇るのがカシミール地方に伝わる『ニーラマタ』である。『ニーラマタ』にはなんと561ものナーガの名称が羅列されている!*6 ちょっと多すぎだ。英語訳テキストがオンラインにあるので、どんなものか知りたい方は実際に見てみてほしい。


*1 風間喜代三『ことばの身体誌 インド・ヨーロッパ文化の原像へ』p. 98。
*2 Wolf Leslau, 1991, Comparative Dictionary of Geʿez, p. 390.
*3 Manfred Mayrhofer, 1963, Kurzgefaßtes etymologisches Wörterbuch des Altindischen, Band II, S. 150-51.
*4 Ibid., Band I(1956), S. 90.
*5 ここの節、定方晟『インド宇宙誌』pp.93-95による。
*6 J. Ph. Vogel, Indian Serpent-Lore: The Nāgas in Hindu Legend and Art, p. 225.

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Last-modified: 2009-07-29 (水) 02:30:23 (3731d)