竜とドラゴン

流星

 『アングロサクソン年代記』793年の条に、次のようなことが書かれている。

 この年、ノーサンブリアの上空に、巨大な稲妻の閃光と火を吹く竜が空中に飛ぶのが見えた。それは住民を怯えさせる不吉な前兆だった。この前兆に続いてすぐに大飢饉が起こった。同じ年の1月8日には異教徒が侵入し、侵略と殺戮を行なった。云々*1

 ここで「火を吹く竜」とされているのはfyrenne dracanで複数形である。どうもこれは流星か火球のことらしい。

 また『ロシア原初年代記』第十一章にも、1091年に「天から非常に大きな蛇が落ちてきた」とあるが、このときに大地が轟き、多くの人がその音を聴いたとあるから、やはり同じように隕石が落ちてきたのだろう*2

火を噴くドラゴン

 ハルトマン・フォン・アウエの『イーヴェイン(Iwein)』(13世紀前半)はアーサー王の円卓の騎士の一人イーヴェインを扱った物語である。内容はここに羅列しても意味がないと思うので無限∞空間さんのページを参照のこと。

 イーヴェインは途中からその本名ではなく「獅子の騎士」として名声が高まることになるが、それというのも実際に本物の獅子を彼が引き連れているからである。なぜ獅子のような獰猛な動物が人間様の忠実な僕となったのか? 以下は、『イーヴェイン』第4章の終わりのほうから。

 イーヴェインは妻との約束をすっぽかして遊びほうけたあげくそれを告発され、おかげで発狂して野人のような生活を送っていた。そんな状態の彼を女領主が助け、そのお礼に彼は彼女を苦しめていた伯爵を打ち殺した。それからすぐにイーヴェインは旅に出たのだった。
 「やがて彼は苦痛と怒りのいりまじった、世にもすさまじい唸り声を聞いた」。その音源に近づいてみると、なんと竜と獅子が森の中の空き地で戦っているではないか。竜は巨大で、口から火を吹き、その熱と臭気(たぶん毒性)が獅子を追い詰めていたのである。獅子は大きな唸り声をあげて抵抗していた。イーヴェインはそれを傍観していて、どちらのほうに加勢すべきか悩み苦しんだ。というのも、獅子のほうを殺せば竜は確実に自分を襲ってくるだろうし、竜のほうを殺しても、獅子が自分に襲いかかってこない保証はないからである。しかし最終的に彼は「高貴な獣」つまり獅子を助けることにした。馬から飛び降り、あっという間に竜を打ち殺したのである。
 獅子は、イーヴェインの思惑とは裏腹に、どういうわけか彼になついてきた。それから獅子はどこまでも、「死が彼ら2人を引き離すまで」イーヴェインに仕えたのであった*3

 竜(たぶんドラゴンでしょう)は完全な咬ませ役です。弱すぎです。

 ちなみにハルトマンは『イーヴェイン』の題材を先輩作家のクレティアン・ド・トロワの作品である『獅子の騎士イヴァン』(Le Chevalier au Lion [Yvain])から取っていることが知られている。クレティアンの『イヴァン』は同じ著者による『荷車の騎士(ランスロ)』と並行して、1177-8年から1181年にかけて創作されたものらしい。だいたい12世紀後半だと考えても問題はないだろう。

 イヴァンは妻との約束をすっぽかして遊びほうけたあげくそれを告発され、おかげで発狂して野人のような生活を送っていた。そんな状態の彼を女領主が助け、そのお礼に彼は彼女を苦しめていた伯爵をこらしめて反省させた。それからすぐにイヴァンは旅に出たのだった。
  森の中を進んでいると、「突然、激しく悩ましい叫声が聞えた」。その音源に近づいてみると、開墾地の中で、ライオンが尾を大蛇に締めつけられ、そしてその蛇の吐き出す炎によって背中が焼かれていた。蛇の一方的な攻撃である。イヴァンはそれを傍観していて、あまり時間も経たないうちに「有毒で不忠な動物にしか危害を加えてはならない」、つまり蛇を攻撃することにした。 というのも、蛇は毒を持っているわ炎は吐くわ、背信性は高いわ、最悪の動物だったからである。イヴァンは盾を構えて火を防ぐと、すぐに剣で蛇に斬りかかった。蛇の吐く炎もイヴァンには届かず、彼の剣は蛇の胴体をきれいに切断した。イヴァンはさらにこの怪物を輪切りにし、何度も剣を突き立て、そしてみじん切りにした。ライオンの尾に絡み付いている蛇の頭を斬りおとすため、彼は少しだけライオンの尾も切断した。
  こうなったら次はライオンである。そうイヴァンは考えた。しかし、ライオンは襲ってこなかった。それどころか、自分の絶体絶命の危機を救ったこの騎士に服従するような仕草を取り始めたのである。どうもこのライオンは自分に従っているらしい。イヴァンはとても喜び、ライオンを連れて歩いていった。そのため彼は自分を『獅子の騎士』であると称するようになったのである*4

 こちらの蛇(竜、とは訳されていない)はライオンを一方的に攻撃しているだけあってハルトマンのような咬ませ犬というわけではないが、それにしてもイヴァンはひどい。まず蛇を斬って殺し、それから輪切り? それからめった刺し? それからみじん切り? 料理でもここまで食材に包丁を入れることはない。例えるなら拳銃で撃ち殺した後ショットガンでぐちゃぐちゃにし、最後に重機関銃で吹き飛ばすような念の入れようである。だいたいライオンを助けるだけなら切断して殺すだけでいいのであって、余計なことをしているうちにライオンが襲ってくるかもしれないじゃないか。

 それはそれとして、『イヴァン』と同じ原典、または口承伝説をベースにしていると思われるのが、中世ウェールズの散文物語群『マビノギオン』(Y Mabinogion)第9話「ウリエンの息子オウァイン(Owein)の物語、あるいは泉の貴婦人」である。このはなしは、内容的には『マビノギオン』の本体にあたる『マビノギ四枝』には入らずアーサー王物語群のほうに分類される。叙述内容も『イーヴェイン』や『イヴァン』と比べるととてもシンプルで、よけいな感情表現や冗長な繰り返しなどがあまりないため、すっきりしていて内容を把握するのには最適である。しかしその分、ライオンとドラゴンの闘争についての叙述もとてもあっさり味である。

 オウァインは妻との約束をすっぽかして遊びほうけたあげくそれを告発され、おかげで発狂して野人のような生活を送っていた。そんな状態の彼を女領主が助け、そのお礼に彼は彼女を苦しめていた伯爵をこらしめて反省させた。それからすぐにオウァインは旅に出たのだった。
 森の中を歩いていると、「一度、二度、三度と吠え声があがるのが聞えた」。その音源に近づいてみると、大きな険しい山のわきにある灰色の岩の裂け目のなかに蛇がいて、蛇の近くに真っ白いライオンがいた。ライオンが逃げようとすると蛇が襲いかかるので、そのたびに大きな吠え声があがっていたのである。 オウァインはとくに何を考えるわけでもなく剣を抜き、蛇が岩から出てくるのを狙って斬りつけると、蛇は死んでしまった。それからオウァインはライオンの恐怖を想定するわけでもなく旅を続けていると、この動物が手塩にかけて育てたグレイハウンドのようになついてきた。それからオウァインはライオンとともに冒険を続けるのだった*5

 『イヴァン』と『オウァイン』は、いくつかの推定により、もととなった中世フランスの伝説が片方はブルターニュの学僧によって、片方はウェールズの口承伝承によって変化していったものだと考えられている*6。それにしても『オウァイン』のほうの蛇はシンプルである。まず火を噴かない。ライオンとタイマン勝負するわけでもなく、岩から飛び出て驚かすだけの小心者である。また、オウァインにしても、クレティアンやハルトマンに見られた「どちらを助けるべきか」という逡巡や「ライオンに襲われたらどうしよう」という迷いがまったく見られない。かなりお気楽で能天気な騎士である。それとも『オウァイン』の伝承者たちは、そのような直接の本筋とは関係ない細かい描写は気に入らなかったのだろうか? そうして切り捨てられた細部のなかに「火を噴く」という描写があったのかもしれないし、なかったかもしれない。火を噴く蛇というアイデアはクレティアンの想像によるものなのかもしれないし、元伝説からあったかもしれない。ドラゴンが火を噴くというイメージそのものは9世紀にすでに存在していた

 ファイアードレイクとは無関係になるが、英雄の冒険と感謝するライオン、それに竜という組み合わせは1072年に死んだピエール・ダミアンの書簡にあるものが初めてらしい*7


*1 大沢一雄、1991、『アングロ・サクソン年代記研究』、ニューカレントインターナショナル、p. 182
*2 國本哲男、山口巌、中条直樹(ほか訳)、1987、『ロシア原初年代記』、名古屋大学出版会。
*3 リンケ珠子(訳)「イーヴェイン」『ハルトマン作品集』p. 331。
*4 菊池淑子(訳)『クレティアン・ド・トロワ『獅子の騎士』 フランスのアーサー王物語』pp. 86-87。
*5 中野節子(訳)『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』p. 267。
*6 菊池、p. 180。
*7 Ibid., p. 246。菊池の文の意味がよくわからない。

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-08-22 (水) 00:43:26 (2643d)