竜とドラゴン

ミズガルズオルム(Miðgarðsormr)

 北欧神話における世界蛇のこと。ミズガルズ蛇、ミッドガルドの蛇とも書く。また、ヨルムンガンド(Jormungandr)ともいう。

 ミズガルズオルム(Miðgarðsormr)のほうの語源は明確で、そのまま「ミズガルズの蛇」を意味する。ミズガルズとは北欧古代の世界観において、人々が住んでいるとされる中央の世界のことである(英語のmiddle earth[garden])。オルム(ormr)は英語のワームに当たる言葉で、この場合は「蛇」のことである。そしてその世界全体をぐるっと胴体で取り囲んでいる蛇が、このミズガルズオルムなのである。

 ヨルムンガンド(Jǫrmungandr)のほうは少し日本人にはイメージしづらい連想が伴っている。
 ヨルムン(Jǫrmunr)はまず北欧の主神であるオージンの別名の一つであるが、同時に合成語としてヨルムンガンド、ほかにヨルムングルンド(jǫrmungrundr)「大地」という、やや紛らわしい言葉の第一部分にも使われている。祖形はおそらく*ermuna「巨大な」「大きな」で、古代ゲルマン人の聖なる柱であったイルミンスール(Irminsûl)の「イルミン」も同語源であると考えられている*1

 つまりヨルムンガンドは「大きなガンド」という意味であることになる。ではガンドとは何か? これは本来「魔術に使う杖」あるいは「魔術」、そして「オオカミ」を意味する言葉だったらしい。ただし、そのほかの北欧諸語の類語を見てみても、「蛇」という意味はまったくない*2。とはいえ「魔術」>「怪物」という連想はあったのだろうし、「杖」>(長い)>「蛇」という連想もあったのかもしれない。

 ちなみにRudolf Simekはヨルムンガンドの項目で「巨大な怪物」(huge monster)という訳語を当てている。

北欧神話のなかのミズガルズオルム

誕生

平時のソールとの対決

ラグナロク

世界を破壊するドラゴン

 アクセル・オルリックは、ラグナロクにおいて海の底から立ち現れ突き進むミズガルズオルムという怪物に関連するゲルマン伝承を多く集めて紹介している*3。そうした民間伝承に共通する怪物(大半はドラゴンである)の特徴は、大地の下に住み、非常に巨大な身体であること。世界の終末時にあらわれ、あたり一帯を粉々に破壊すること。または、このドラゴンが現れることによって、世界の終末が訪れること。である。オルリックは、さらにイランのアジ・ダハーカがこの世の終わりになって自らを縛っていた鎖から解放されるという神話、インドの竜王シェーシャが大地の下にいて世界を支え、世界の終わりには火を噴いてこの世を燃やし尽くすという神話を付け加えて、イランから北欧にこの伝承が伝わった、というようなことを言いたいような書き方をしているが、もう1世紀ぐらいも前の仮説*4なのでここでは取り扱わず、紹介するだけにとどめる。

  • ティステーズの北方にあるクレウ丘陵のなかには巨大なドラゴンが横たわっている。このドラゴンが外に現れると、あっという間に全世界が破壊されてしまうだろう。また、最後の戦いがティステーズのティス平原で行われると、クレウ丘陵のドラゴンが囲みを破って現れ、敵味方かまわず全てを殺しまわる。そして残るものは何もなくなる(北ユラン半島のチュー地方。フンストルプ教区、ヒラースレウ地区のティステーズ)。
  • ティステーズから少し東方のウェスター・ハンヘッレーズの伝承では、一頭のドラゴンが地中を西に向かって横断しているという。あるとき人々は、このドラゴンをスヴィンクレウ丘陵の穴の中にみつけた。この怪物が北海のブルベェーアにまでやってくると、全世界が消滅する。
  • ネルベェーアゲ丘陵にもドラゴンが一頭横たわっているという伝説がある。このドラゴンのいる丘陵で石灰岩を切り崩している人々は、その音で下に怪物がいるということがわかったという。「然るべき時」このドラゴンは地上に現れる。そして目に付いたもの、手の届くもの全てを殺して回る。しかしネルベェーアゲ丘陵はかなり広いので、ドラゴンがすべてを処理するには300年ぐらいかかる、ともいわれている。
  • ブラーネ教会の下に横たわっているドラゴンは、屍を食って生きている(cf. ニーズヘグ)。いつか教会に人々がたくさん集まるとき、このドラゴンは背負っている教会をひっくり返す。そしてありったけの力で教区の人々を殺害する。しかし、同時に2頭の雄牛が養育されている。この雄牛たちはドラゴンと戦い、死闘のすえなんとかこの強大な敵を打ち倒す。しかし雄牛たちの生命力も尽き、7歩か9歩か歩かないうちに倒れてしまう(西ユラン半島)。
  • グルヘイグルの丘の下には一頭のドラゴンが横たわっている。ドラゴンは黄金の上で卵を抱いている。いつかドラゴンが頭を丘の上から覗かせることがあったら、地区は消滅することになる(フェロー諸島、フグロイのハッタルヴィーク地区)。
  • ラーガルフリョート湖(アイスランド東部にある、同国最長の湖)のなかには巨大な蛇が横たわっている。この蛇は世界の終わりが来るのを待っている。時折水中から体を持ち上げるため、太陽ですらその腹の下に見えてしまう。この蛇は司祭グーズムンによって頭と尾を縛られていたが、この蛇が(?)成長して、最終的には審判の日が訪れ、そしてフィリョートダール地区全体が蛇によって破壊される。
  • ボルム丘陵の地下には、巨大なドラゴンが横たわっている。頭は領主の館ネアゴーァの下にあり、尾のほうは領主の館アストルプの下にある。この竜が尻尾を巻くと、アストルプのほうが傾く(サリン地方)。
  • ヴィルトシェーナウ渓谷(チロル地方)のアグラの戸口の階段下に7歳のオンドリが卵を産むと、それからドラゴンが生まれる(コッカトリスのようなものだ)。ドラゴンは成長すると空を飛び回り、火を上から噴いて回る。そのときヴィルトシェーナウと世界は滅び去るだろう。以前もドラゴンが生まれたことがあったが、このドラゴンは大きくなる前に鋤で殴り殺された。このようなことがあるので、ヴィルトシェーナウでは今でもオンドリは7歳になるまで生かしておかないという。
  • ザルツブルクでは、このドラゴンは『ヨハネの黙示録』における反キリストと重層的な関係を持っている。7歳のオンドリが卵を沼地に産み付ける。すると、その沼地からドラゴンが現れる。このドラゴンは断崖や洞窟に棲んでいるが、大きくなるとハシバミの茂みから出てきて、町々を破壊し、人々や家畜に毒を吐く。このドラゴンのあまりの恐ろしさに一人の少女がドラゴンにひれ伏して拝むと、このドラゴンは美しい青年に変身する。この青年は地方をめぐり、つき従う人を増やしていく。青年は人々に、天の神への信仰を放棄するようにいう。そのとき聖エリーアスが天使の軍勢を従えて行進してくる。エリーアスはこのドラゴン-反キリストを海の中に突き落とす。そして最後の審判が始まる。

ケルトの類話

 プリニウスの『博物誌』には、ドルイド僧は「外側は堅く、リンゴのように丸々として、蛸の足のような沢山のひだのある」蛇の卵を持っていた、と書かれている。この「蛇の卵」はプリニウスによれば単なるお守りだが、本物の蛇の卵を持っていたら腐るだけである。本当はこの「蛇の卵」というのはウニの化石のことだったらしい。というのも、重要な墳丘の下から、ウニの化石だけが入った箱がたくさん見つかっているからである*5
 この「蛇の卵」は「蛇の石」とも言われ、現代のケルト系諸言語でも知られている。ブリトン語ではグラン・ネイドル(glain neidr)、スコットランド語ではグロネ・ナサル(gloine nathair)、ウェールズ語ではグラン・ナドレズ(glain nadredd)。ネイドルもナサルもナドレズもいずれも英語のアダー(adder)、古英語のネドレ(nædre)に対応する言葉で、蛇の一種である。民間伝承によればこの石は、夏のあいだ、蛇の口から吹き出された泡によって形作られ、その背中で転がされることによって硬くなり、水晶のようになる。そしてそれが装飾品として身につけられるのだ*6
 ところでヤン・ブレキリアンは『ケルト神話の世界』のなかで、この蛇の卵というのは、ケルトの宇宙創造神話(Cosmogony)に関連する象徴的価値を持つものであったとしている。世界は蛇の卵と、それを受精させるために万物の始源である海から現れるシーサーペントから始まったのだという。ブレキリアンはここで「蛇はファロスだ」などのフロイト的解釈を行なっているが*7、それにしても「蛇の卵」だけからガリア神話のコスモゴニーがこうだった!と決め付けるのは少々早計のように思われる。


*1 Jan de Vries, 1962, Altnordisches Etymologisches Wörterbuch, S. 295.
*2 Idem., S. 155.
*3 アクセル・オルリック『北欧神話の世界 神々の死と復活』pp. 143-53。以下、伝承を含めてこの本を参照。
*4 1902年。ヤン・ド・フリースやデュメジルが登場する前である。なお、デュメジルの『ゲルマン人の神々』にある「これらをイラン、コーカサス、キリスト教などからの借用とする説は粉砕され」は、確実にアクセル・オルリックの解釈にむけた攻撃である。
*5 ヤン・ブレキリアン『ケルト神話の世界』p. 200-1。
*6 James MacKillop?, Dictionary of Celtic Mythology, p. 2
*7 ブレキリアン、同箇所

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Last-modified: 2010-08-13 (金) 19:16:50 (3577d)