竜とドラゴン

ワームとドラゴン

 英語や古ノルド語などゲルマン諸語において「蛇」と「ドラゴン」はどういう関係にあったのか。単語の使われ方からその意味範囲を見てみることにする。

 かなりごちゃごちゃしたままなので、あとで整理して書き直します

ドラゴンと蛇の関係

 一言でいうと、古代中世ゲルマンの言葉では、ドラゴンは蛇の一種と考えられていたらしい。

ベーオウルフ

 まずは資料的に最も古い古英語叙事詩『ベーオウルフ』から見てみよう。

 詩人はこのドラゴンに対していくつかの用語を使っている。しかし、前半の怪物に固有名詞グレンデルがあったのとは対照的に、こちらの怪物に与えられた固有名詞はない。あくまでもアダムの子孫である「人間」グレンデルと、単なる怪物の差である。

 具体的見ると、もっとも頻繁にこの怪物をさして使われる用語はウュルム(Wyrm)である。これは現代英語になるとワーム(worm)となるわけだが、ワームといえば蛇やミミズのような「長い虫」、蛆虫などを意味する広い言葉である。その次に多いのはドラカ(draca)。こちらのほうはギリシア語のドラコーン(δρακων)起源で、現代英語のドラゴン(dragon)にあたる。つまり、ベーオウルフと戦ったのは、叙事詩作者に言わせればドラゴンというよりはむしろワームなわけだ(もちろん、現代英語とベーオウルフの古英語では10世紀以上の隔たりがあるので、単語の意味するところは異なってきている)。ところで、日本語訳ではどちらも竜と訳されてしまっている。ベーオウルフとビーオウルフをわざわざ訳し分けている山口秀夫訳でも、ウュルムとドラカの差はないことになっているが、いかがなものか。
 意味の範囲(semantic field)からすると、ドラカはワームよりは狭義の言葉で、蛇(serpent)や竜、海の怪物などを意味していたらしい。これはベーオウルフや聖書注釈などを含めた古英語文献を調査した小倉美知子による*1。つまり「蛇」の一種として「ドラゴン」がいるということになる。ちなみにこの時代、今の英語でいうスネーク(snake<snaca)はほとんど使われていない。

 ただ、内的な差異としてはウュルムは単独で使われるのがほとんどである(つまり合成語が見られない)のに対し、ドラカのほうは4箇所ほどでほかの単語と組み合わさって一語をなしているという点があげられる。
 一つはこのドラゴンの最大の特徴である、全身を覆い、町をあっというまに焼き尽くす強烈な炎である。現代英語では炎はファイア(fire)だが、これの古英語版がフュル(fyr)である。また、もう一つ別にリグ(lig)、レグ(leg)という単語も炎と訳されるらしい。そしてこれら3つの単語が組み合わさり、フュルドラカ(Fyrdraca)、リグドラカ(Ligdraca)、レグドラカ(Legdraca)という合成語が作中で使われている(それぞれ2689、2333、3040行。ところで山口秀夫対訳のテキストではlegがligになっている。ネット上で拾ったベーオウルフの原文テキストはlegになっている)。
 もうひとつは「大地」アース(earth)を意味するヨルズ(エルズ。eorð)。組み合わさってヨルズドラカ(Eorðdraca)になる。これは、いくらドラゴンが空を飛んで火を吐くとはいっても、基本的には大地にべったりで黄金の財宝を眺めて横たわっているところから来ているのだろう。
 詩人はそのほかにもこの空飛ぶドラゴンに対して多くの形容をしているが、それらは直接蛇型の怪物を意味する言葉ではないのでここでは省略する。

ヴォルスンガ・サガ

 『ヴォルスンガ・サガ』内で大蛇の怪物であるファーヴニルがどう呼ばれているかについては、菅原邦城が少し解説を加えている*2

 それによると、当初「ファーヴニルはお前が聞いているほどでかい生き物じゃない」とシグルズに語ったときのレギンのせりふにあった呼び方はリュングオルム(lyngormr)「普通の蛇」である。これは直訳すれば「荒野の蛇」となる。彼は「そんなにたいした大きさではない」、と言ってシグルズに殺しに行くようそそのかしているのだ。その前にはシグルズもファーヴニルのことをオルム(ormr)「蛇」と呼んでいる(まあ次の第14章においてレギンは自分で勝手に「それから恐ろしく凶悪な大蛇(オルム)と化して」*3と言っているのでどうでもいいことではある)。その次の15章では、シグルズはこの大蛇のことをドレキ(dreki<draco<δρακων)「ドラゴン」と呼んでいる。ベーオウルフのドラカと同じように、このサガにおける言葉の意味はだいたいオルム=ドレキであり、菅原も「我々のもとにおけるような大蛇と龍の区別を有していなかったようだ」としている。
 他にも、たとえば『ニーベルンゲンの歌』第3歌章第100連にある「竜」も原語ではリントトラッヘ(Lin[t]trache)であり、ゲルマン語で「蛇」を意味する古語だったリントと「ドラゴン」を意味するトラッヘが合成された言葉になっている。

 ただし中世後半(14~15世紀)の北欧になると、この二つにいくらか区別がつけられるようになった。『雄鮭ケティルのサガ』第1章では、山のほうから飛んでくる怪物がまずドレキと呼ばれているが、それを描写するにあたって、サガの作者はまずオルムのような「とぐろと尾」があり、ドレキのような「翼」があったとしている。ここから朧気ながらもわかるのは、少なくとも『ケティルのサガ』内においてはオルムに翼がなかったということである。翼がなかったということはおそらく空を飛べないということだったのだろう。

 なお、菅原はさらにノルウェーのテレマルク州に伝わる次のような伝説を紹介している。この伝説は古代ローマの学者プリニウスも伝えているケルトの蛇石伝承と洋の東西で知られている蛇の進化が重なり合っていて面白い。
 蛇たちは年に一回集まって、薬石(bustein)を吐く。そして集っては互いに打ち合いをし、そのうちの一匹が死ぬまでそれをやめなかった。死んだ蛇に最初に水を運んでいった蛇はドラゴンになるという。

新エッダ

 「蛇」や「ドラゴン」といった言葉をシソーラス的観点から見る場合、詩の技法を解説しているスノリの『エッダ』「詩語法」はけっこう参考になることが多い。「詩語法」73には、以下のようにある*4

次は蛇の名。
龍、ファーヴニル、ヨルムンガンド、まむし、ゴーイン、モーイン、
グラヴウィトニル、グラーバク、オーヴニル、スヴァーヴニル、グリーム。

 モーインからスヴァーヴニルまでは、いずれも「グリームニルの歌」第34節*5、およびそれを引用するスノリの「ギュルヴィたぶらかし」第16章*6にあるユグドラシルの下にいるという蛇たちのことである。なかでもオヴニルとスヴァーヴニルはいつも木の枝をかじっている。ニーズヘグ参照のこと。

 なお、Northvegrから拾ってきた原文は以下の通り(öはǫに修正)*7

dreki, Fáfnir, Jǫrmungandr, naðr, Níðhǫggr, linnr, naðra, Góinn, Móinn, 
Grafvitnir, Grábakr, Ófnir, Sváfnir, grímr.

 蛇はorm、龍はdreki、そしてまむしはnaðr(古英語のnædre>adder)。谷口訳ではどういうわけかNíðhǫggrとlinnrが抜けている。ご覧のようにドレキは蛇の一種であるとされている。ついでにファーヴニルやヨルムンガンドも蛇の一種であるとされている。

リン

 上のほうに少し書いたように、リン(linnr)は古ノルド語で「蛇」を意味する男性名詞である。詩では「木」や「炎」も意味する。
 ただし後々「蛇」のほうの言葉も「ドラゴン」のほうの言葉もオルムやドレキにその座を奪われてしまったようで、現在ではほとんど使用されていない。ただしオルム系単語との合成ごとして、古ノルド語リンノルム(linnormr)「蛇」、中高ドイツ語のリントヴルム(lintwurm)、現代ドイツ語のリントヴルム(lindwurm)、デンマーク語のレンオアム(lindorm)「ドラゴン」という言葉のなかには残っている。いずれも空を飛ぶドラッヘと対比して、地上を這う大型の蛇の怪物という感じらしい。
 『ニーベルンゲンの歌』ではジーフリトに倒されたドラゴンはリントラッヘ「蛇ドラゴン」と呼ばれており、リンもまたドラゴンと関連する、あるいは同義語だったということがわかる。なお、ドイツ伝承にある大地のドラゴンであるリントヴルムはリントトラッヘの後半のトラッヘがヴルム=オルムに取って代わられたものである。蛇の怪物の呼称としてリン+蛇竜というイメージがドイツ人の頭の中には存在していたようだ。

 語源はラテン語のレントゥス(lentus)「曲がりやすい」「しなやかな」と関連があり、ゲルマン語のなかではほかに古英語のlíð「しなやかな」、古スウェーデン語līði、古高ドイツ語lindi 「やわらかな」「穏やかな」と関連があると考えられている*8
 つまり蛇はぐにゃぐにゃしていて曲がりやすい、しなやかなイメージがあるわけだ。

アダーとドラゴン

 英語のアダー(Adder)は現在ではふつうに「蛇」のことを意味する単語だが、もともとの形態は上記のようにネドレ(nædre)だった。
 ネドレは古ノルド語のナズラ(naðra)、ナズ(naðr)、ゴート語のナドルス(nadrs)、古高ドイツ語のナトラ(natra)、ナタラ(natara)、OLGのナドラ(nadra)、さらにゲルマン語以外でもラテン語ナトリクス(natrix)、古アイルランド語ナシル(nathir)、ウェールズ語のネイズル(neidr)に対応する単語である。しかし1300年から1500年にかけて、どういうわけか語頭の「n」が抜け落ちてしまった。おそらく a naddre → an addreという勘違いがあったのだ、とされている。
 語源的には「水に泳ぐ蛇」という意味から*snā-「泳ぐ、水浴びする」から派生しているとも言われるが、*snē-「紡ぐ、織る」(>「回す」)から派生しているのではないかという説もある*9

 アダーは「空飛ぶ蛇」として考えられることもあったらしく、マンデヴィルは「エッダー(Eddere)が飛んでいって……」などと書いている。ただしこれは1300年代に限った話らしい。このことについて、オックスフォード英語辞典は「ドラゴン、つまり翼のある蛇」であると書いている*10。ここで注意しておきたいのは、辞典にある「ドラゴン」は「現代でいうドラゴン」ということであり、1300年代当事に空飛ぶ蛇=ドラゴン、と考えられていたかどうかはわからないということである。

ラテン語聖人伝におけるドラゴンの名称

Ch. Rol. v. 2543


*1 Michiko Ogura, 1990, OE wyrm, naedre, and draca, Journal of English Linguistics 21: 99-124.
*2 菅原邦城(訳)『ゲルマン北欧の英雄伝説 ヴォルスンガ・サガ』pp. 164-165。
*3 ibid., p. 43.
*4 谷口幸男(訳注)「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」p.95。
*5 谷口幸男訳『エッダ 古代北欧歌謡集』p.55。
*6 ibid., p.238-239
*7 http://f61.aaa.livedoor.jp/~toroia/sitedev/index.php?%5B%5Bhttp%3A%2F%2Fwww.northvegr.org%2Flore%2Fproseoi%2F023.php%5D%5D
*8 Jan de Vries, Altnordiesches Etymologisches Wörterbuch, S. 358.
*9 Oxford English Dictionary, 2nd Edition(CD-ROM), s.v. 'adder2'、風間喜代三『ことばの身体誌 インド・ヨーロッパ文化の原像へ』p.99。
*10 OED, ibid.

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Last-modified: 2007-10-13 (土) 09:39:18 (4414d)