竜とドラゴン

世界蛇

ミズガルズオルムアナンタのように、世界を取り囲む、あるいは世界を支えている怪物的な巨大蛇の存在は多くの文化において知られていた。蛇そのものが実在するというわけではなくても、ウロボロスのように世界を象徴する図像として蛇が描かれることもあった。

アレクサンドリア

 カリステネス作と伝えられる『アレクサンドロス大王物語』第2巻第41節には、アレクサンドロスが大きな鳥を捕らえ、それでもって空中を飛行したという伝説が書かれている。

 そこでアレクサンドロスは人間のすがたをした鳥に出会う。鳥はアレクサンドロスに、眼下を見るようにうながした。
 おそるおそる下を見ると、どうでしょう、巨大な蛇がとぐろを巻き、その大蛇の中央にちっぽけな、平土間のようなものが見えました。すると相手の鳥人間がいいました。
 「あそこの平土間の部分に槍を向けよ。あれが世界なのだ。大蛇は大地を囲んでいる海なのだ。」*1

 蛇の原語はオピス(opis, ὂπις)*2。カリステネスのこの作品は紀元後300年ごろにエジプトのアレクサンドリアで書かれたと推定されている。それ以来ラテン語をはじめとする無数の言語に翻訳され(ついでに細部に変更が次々と加えられ)、西アジアや東南アジアにまで広まっていったらしい。こうした諸言語版にこの世界イメージが保存されているかどうかは、未見なので不明である。ただし「大地を囲んでいる海(=オケアノス)」という観念は古代ギリシアにも見られるもので、それが時代が下るにつれてウロボロス(エジプト発祥の可能性がある)のイメージと重なっていったのがこの『アレクサンドロス大王物語』のイメージなのかもしれない。

アラビア

 ウェンシンクによると、「大地を取り囲む大洋」というイメージはアラブ世界にも広まっており、それは襟や花輪、リング、月の暈などとして表現されることがあったが、もっとも一般的なのは「蛇」だったという。ただしあくまで「イメージ」であり、実際に蛇が取り囲んでいるとされた例は少ない。たとえば、キサーイーの『被造物の驚異』によると、大地全体を取り囲む蛇というのがいて、復活の日まで、アッラーを賛美しつづけているという。ウェンシンクはこのイメージの起源を上述のカリステネスに求めている*3

 また、『千一夜物語』ラインハルト版にある「王の物語」にも同じようなイマージュが現われる。スライマーン(ソロモン王)は空飛ぶ絨毯にのって世界の果てまで駆け巡ったが、そこで竜が世界を取り囲んでいるのを目にしたという*4

 残念ながらここで参照したのは英語文献なので「蛇」(serpent)や「竜」(dragon)が原語で何だったのかはよくわからない。ともあれ、この世界を超巨大な牡牛や魚(クジャタ、バハムート)が支えているという話は多くのアラビア語文献に述べられているが、竜が「取り囲む」というかたちで世界とかかわっているものは今のところ他に見つけられていない。上記アレクサンドロス大王の逸話との類似性を考えると、バハムート型の世界観とは別に、物語類型として、世界を囲繞する竜を王が上空から発見する(気づく)というものがあったと考えた方がよいかもしれない。

アイルランド

 中世アイルランドの「アルスター物語群」に属する『ダ・デルガの館の破壊』にも世界蛇のイメージが現われる。
 『ダ・デルガの館の破壊』は、大筋ではコナーラ王がいくつかのゲッシュ(誓約)を破らざるを得ない状況に追い込まれ、最終的に匪賊の襲撃を受けて殺されるまでの様を描いたものである。匪賊(といっても、アイルランドを追放されたコナーラの里子兄弟たちと、ブリテン王の息子インゲールが率いる5000の大軍である)が上陸したとき、百五十の船が浅瀬に乗り上げたときの轟音が、コナーラ王のいるダ・デルガの館を振動させて、楯や槍は残らず棚から落ちた。このときコナーラ王が何があったのか問われて、「わからん。地面がぐるりと向きを変えたか、それとも大地を取り巻くレヴィアタンが尾を大地に叩きつけてひっくりかえそうとしているのか」と譬えているのである*5
 アイルランド語の原文では、レヴィアタンはレウィダーン(Leuidán)となっている。

 単なる世界蛇ならばケルト独自の世界観とか北欧神話のヨルムンガンドの影響? などいろいろな妄想ができるのだが、「レヴィアタン」の名前が出るということはユダヤ・キリスト教に関係の深い出典がありそうだ。マイルズ・ディロンは『古代アイルランド文学』のなかでこのことに触れて、どうも可能性がありそうなのは偽ベーダではないかと推測している*6。偽ベーダは、『天地構成の書』(De mundi coelestis terrestrisque constitutione liber)において、大地の位置づけに関して諸説を並べるなかで、「別の人々が言うには、レヴィアタンという動物が大地を取り巻いていて、自らの尾をくわえている」と述べているのだ*7
 ディロンはさらに、こうした観念は中世ラテン文化からアイルランドへ、そしてノルウェーへと渡ったのではないか、と推測している。つまり彼は、ミズガルズオルムは北欧神話にもともとあったのではなくキリスト教文化の影響ではないかと述べているようなのだが、これを支持している北欧神話研究があるかどうか知らない。また、偽ベーダの典拠として、ユダヤ教のラビの教説を挙げている*8

日本

 あまり知られていないが、中世日本においては、日本列島を巨大な竜が取り囲んでいると考えられていた(これが江戸時代になるとナマズになる……地震の原因とされたアレだ)。
NihonRyuNamazu.jpg
 この図は『三世相明治雑書万暦大成』(たぶん明治ごろ)より*9。「地底鯰の図」とあるが、ウロコや胴体の長さからしても、かなり竜に近い。

 これまでの研究によると、寛文年間ごろ、大地を取り囲む竜が大地の下にひそむナマズへと移行していったらしい。


*1 橋本隆夫(訳)『アレクサンドロス大王物語』p. 153
*2 Cf. Wensinck, infra.
*3 A.J. Wensinck, 1918, The ocean in the literature of the western Semites, p. 25.
*4 Ulrich Marzoph and Richard van Leeuwen, 2004, The Arabian Nights: An Encyclopedia, I, p. 356.
*5 松村賢一訳「ダ・デルガの館の崩壊」『ケルティック・テクストを巡る』、p. 21。
*6 ディロン、青木義明訳『古代アイルランド文学』(1987), p.65。
*7 Patrologia Latina XC, 884. 『古代アイルランド文学』にもラテン語からの邦訳があるが、メチャクチャ。
*8 ディロン、ibid.
*9 『平成19年度筑波大学附属図書館企画展 古地図の世界 世界図とその版木』p.7より。

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Last-modified: 2015-11-13 (金) 20:44:15 (740d)