竜とドラゴン

中世におけるドラゴン


中世美術におけるドラゴンの外来的要素

 ヨーロッパ中世時代のロマネスク・ゴシック美術は、それ以前のいかにもギリシア的なのんびりとしておおらかな人間表現から一変して奇妙で複雑怪奇な、おどろおどろしい自然表現へと転換したところにその特徴がある。このような複雑怪奇な「かたち」の一部は、10世紀以前の北欧やイギリス諸島の美術に見られる(『ケルズの書』、『ダロウの書』など)。また、この時代に至るまで異教的だということで教会によって制限されてきたギリシア・ローマの美術や学問が、十字軍などのイスラム地域への遠征により逆輸入されてきたことや、イスラム地域そのものの美術の流入の影響が大きかったともいわれている。

 美術史家のユルギス・バルトルシャイティスによれば、ロマネスク美術では、ドラゴンは翼も脚もないヘビであるか、さもなくばトカゲの尻尾を持つ鳥だった。しかし、次の時代であるゴシック美術では、ドラゴンは水かきのついた翼を持つようになる。翼のモデルはこうもりの翼手であるが、これを持つドラゴンは13世紀後半から増えてくるという。このこうもりの翼は、ドラゴンのみならず、グリフィン、バシリスク、セイレン、ケンタウロス、双頭のワシなどにまで伝染した。バルトルシャイティスは、少し前の時代のイスラム美術におけるドラゴンがこの時代のヨーロッパにおけるドラゴンの表現と大差ないことを指摘し、さらにその起源を中国や日本の龍に求めた*1

 しかし歴史家のジャック・ルゴフは、こうもり翼と脚のあるドラゴンはすでにロマネスク美術に見られるとしている。アジア的なドラゴンは既にメロヴィング時代にフランスへやってきていたのである。そして、この美術上のドラゴンの特色は「多種混合性」と「両義性」であるとされる。エドゥアルド・サランによれば、

メロヴィング時代のドラゴンは多様な形態をとっている。
その象徴も同様に多様であって、等しくそれが多様な信仰を表象しているのによく似ている。
……天空の特徴を持つ場合はグリフィンの同類であり、大地とのときはヘビを起源とする。
さまざまな、善または悪のドラゴンの表現は、とどのつまりオリエントからユーラシア、
東へといたる世界と同じくらい古い信仰の遺産として現れる。

8dracos.jpg

いわゆる「ヒンクマールの福音書本」の共観表の「屋根」の部分より。オーヴィレルのランス派による。9世紀前半*2。ドラゴンが鳥に対して火を噴いている。ここでは省略したが反対側でも同じようにドラゴンが鳥に対して火を吹いている。ただし鳥はその炎を意に介さず、平然としている。

ドラゴンは、身体は全体的には蛇のように曲がりくねっているが、背びれのようなものが生えていて、爬虫類のようなウロコは見られず、むしろ毛によって覆われているかのようである。脚は犬か猫のような感じで2つしかない。鳥のような翼が大きく上を向いて背中から生えている。脚と翼を同時に生やすため、胴体の中央部分は大きくなっている。頭は全然蛇とは異なり、角のように曲がって前方を向いている長い耳が目の上から生え、鬚のようなものも下あごに見られる。全体的な印象としては哺乳類のような顔である。

蛇もまたドラゴンのように描かれていた中世

work in progress.... 動物寓話集も参照。

イスラーム世界の蛇

 ところで、イスラーム世界でも蛇が竜のように描かれることはあったらしい。もっともイスラーム世界では蛇がケートスの影響を受けてドラゴン型に変化することは一部を除いてなかったから、中国の竜やヨーロッパのドラゴン型蛇を見慣れた人たちにとってはいささか不自然というか奇妙な姿に見えるかもしれない。

RizaAbbasi_Snakes.gif

 この絵画はリザー・アッバーシーの手になるもので、1632年制作*3。アッバーシーはペルシアの人。男が一人、小さな木に噛み付いている蛇を素手でつかもうとしている様子である。右肩から後ろにかけてもう一匹の蛇がからみつき、ターバンを巻いて岩の向うから覗いている男を威嚇している。さらにもう一匹は男の股の下を潜り抜け、左上のほうから傍観しているような人物を見ているようだ。ターバンの男の右側にはいかにも中国風の雲が流れていて、この絵画の中国的技法の起源を確信させてくれる。
 ところでこの小さなサムネイルではわかりにくいが、黒い「○」をつけたところを2つ以下に拡大してみた。

RizaAbbasi_Snake1.gif
RizaAbbasi_Snake2.gif

 なぜか頭だけ竜になっている! しかもイスラーム世界の伝統に則って、額から生えている角は一本だけ。ヒゲまで生えてしまっているが、胴体の部分はどうみてもただの蛇だし、竜がかくも小さく人間が素手で捕まえられるほど弱いと思われていた、とも考えにくいとすれば、これはただの蛇だろう。
 精査してみたわけではないが、たぶんこのような例は珍しいと思う。ただし蛇と竜は基本仲間だと言うのは洋の東西を問わないわけで、偶然このようなイメージが生成することもあったのだろうと思う。


*1 ユルギス・バルトルシャイティス『幻想の中世』II:pp. 12-13以降。
*2 ランス、市立図書館(ms. 7, fol. 19ro)、ジャン・ユベール、ジャン・ポルシェ、ヴォルフガング・フリッツ・フォルバッハ『カロリング朝美術』p. 115より。
*3 F. R. Martin, pl. 158.

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Last-modified: 2008-01-17 (木) 23:50:23 (4321d)