宝を守るドラゴン

 竜蛇は宝を守る。
 たとえばベーオウルフのドラゴンが有名だが、他にインドのヴリトラシベリアの竜、蛇なんかも、ストレートに財宝というわけではないが貴重な財産を守っている。

 ギリシアにも何匹かそのような竜が知られている。以下の二つは、どちらも木と関連しているが、何かあるのだろうか?

金羊毛の竜

ラドン(Lādōn, Λάδων)

 黄金のりんごを護っているドラゴンである。
 しかし、その名前は実は微妙に知られていなかったりする。たとえば初出のヘシオドス『神統記』334には「恐るべき蛇」とあるだけだ。また、蛇といってもドラコンではなくオピス(οφις)である。ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』には話自体が見えない。また、名称に関してははアポロドロスにもコイントスにもヒュギヌスにも現われない。
 ヘシオドスは、ここで海の老人ポルキュスとその妻ケトとの間に多くの怪物が生まれたことを語っている。その系譜を締めくくるのがこの「恐るべき蛇」である。蛇はポルキュスとケトの末子であり、「大いなる涯 暗い大地の奥処で」*1この黄金のりんごの番人をしているという。しかしアポロドロス『ギリシア神話』やヒュギヌス『ギリシア神話集』序によればテュポンとエキドナから生まれたとある。どちらにしても原初の神々から生まれたのがこの竜である。
 アポロニオス『アルゴナウティカ』第4歌第1390節以降にはやっとラドンという名前が出てくる。イアソンたちは黄金の羊毛を入手したあと、どこだかわからない海の果てを放浪していた。それから彼らは「聖なる平野」にたどりついた。ここには大地生まれの大蛇ラドンがいたが、すでに殺されていた。殺される前の物語についてはアポロドロスが詳しい。

 ヘラクレスは女神ヘラに気を狂わされ、メガラとの間に生んだ子供とイピクレスの子供を殺してしまった。彼は正気に戻り、自分から進んでその罪を清め、そしてデルポイの巫女に、自分はどこに住むべきかを問うた。巫女は、エウリュステウス王に十二年間奉仕して、命じられる10の仕事を行なえば、不死になるだろう、という託宣を告げた。  そこでヘラクレスはテュリンスのエウリュステウスのところに赴いて、いわゆる「十の功業」を成し遂げた。そのうちの、アポロドロスによれば「十一番目の仕事」が「黄金のりんご取り」だった。なぜ仕事が増えているのかと言うと幾つか理由があるのだがそれは本でも読んで調べてください。黄金のりんごは、神の娘であるヘスペリスたちのもとにあったが、彼女たちは(アポロドロスによれば)リビアではなくヒュペルボレオス人の国のなかのアトラスの上にあった。その番が、不死身の100頭の竜だった。彼(この竜はオス)はその頭でもってすべての言語を話した。また、アイグレ、エリュテイア、ヘスペリア、アレトゥサのヘスペリスたちがいた。
 ヘラクレスは道中アレスの息子キュクノスと対決、そしてネレウスを縛ってりんごの場所を聞き出し、リビアを過ぎ、アンタイオスを粉砕して、(中略)、プロメテウスを解放し、この才知に長けた巨人は、ヘラクレスに、アトラスにりんごを取らせるようにアドバイスをした。そのときアトラスは蒼穹を支えていたので、ヘラクレスが一時的に彼の、文字通り肩代わりをしたのである。アトラスはヘスペリスたちから三つのりんごを取ってきてヘラクレスのところにやってきた。しかしアトラスは再び蒼穹を支える気など微塵もなかった。そこでヘラクレスはプロメテウスの助言によって、一度円座を頭に載せるまで天空を引き受けてくれとアトラスに頼んだ。アトラスは言われたとおりに一時的に大空を支えたつもりだが、ヘラクレスはそのままりんごを取っていって去ってしまった。また、別にヘラクレスが弓で蛇を殺したという伝説もある。ヘラクレスはりんごをエウリュステウスに与えたが、彼はヘラクレスに贈り物として返した。ヘラクレスはアテナにそれを渡し、元に返した。それはもとのところ以外にあってはならなかったのである。
アポロドロス『ギリシア神話』第2巻,V,11。

 さて、先に書いたようにアポロニオスの『アルゴナウティカ』には、ラドンが殺された直後の状況が書かれている。

 イアソン一行が聖なる平野にたどり着いてみると、そこには大地から生まれたラドンが昨日まで黄金のりんごを見張っていたが、ヘラクレスに打ち殺されていた。蛇はりんごの木のもとに倒れ、尾の先だけがいまだに動いていた。しかしそれ以外の部分はすでに完全に息絶えていた。ヘラクレスは最強の猛毒であるヒュドラの血を殺すのに使ったので、傷口にたかっていた蝿も死んで干からびていた。ヘスペリスたちは嘆き声をあげていた。
(アポロニオス『アルゴナウティカ』第4歌第1396-1407節)*2

 アポロニウスのこの文献とその注釈以外、蛇の名称「ラドン」は古典文学に一回しか登場していない(プロブスによるウェルギリウス『農耕詩』注解に2ヶ所)。

 また、コイントス『トロイア戦記』第6巻の、ヘラクレスの事跡が描かれている勇士エウリュピュロスの盾の描写には、ヘスペリデスの竜が殺されている様子が述べられている。またヒュギヌス『ギリシア神話集』30もヘラクレスが巨大な竜を殺したとする。オウィディウス『変身物語』巻9の190あたりも同じ(だと思う)だが、竜の描写に「眠りを知らぬ」とある。ウェルギリウス『アエネイス』第4巻485前後には、かつて竜に食べ物を与えていた巫女のことが現れる。かつては竜に与えていたということはすでに竜に与える必要がなくなったからこの巫女がいるのである。
 こうやってみてみるとヘスペリスの竜は殺されたという説が圧倒的だったらしい。たぶん、もとは実際に竜を殺していたのだろう。ただ、せっかく途中でプロメテウスを助けたのにこの智者がヘラクレスに対して何の助言もしないのはおかしいと思って、新たに計略を用いた神話を作り無実の竜をヒュドラの毒から救い上げた人々がいても不思議ではない。

 ところでヘシオドスの『神統記』はその本流にゼウス賛美があるが、地味ながらもゼウスの息子にしてギリシア神話最大の英雄であるヘラクレスも賛美している。それはヘラクレスの名前が現れるところでは(出生神話以外)必ず怪物を退治するという功績を挙げていることからもわかる。これをすべて挙げるなら、まず289行と982行ではゲリュオネウス?を退治したことが描写され、294行ではオルトスを、317行ではヒュドラ?を殺したことが歌われ、332行ではネメアの獅子を打ち倒したこと、527行ではプロメテウスの鷲を退治したことが読み取れる。しかし、334行の黄金の林檎を守る大蛇のくだりにはそのようなことは全く言及されていない。これまで紹介した原典はすべてラドンを殺害したか騙した英雄の名前をヘラクレスとして、かつ12の功業のなかの一つに数え上げている。12功業はヘラクレス神話の最も重要なものであり、これを単に省略したと考えることは不可能である。もちろん他の怪物もすべてその殺害神話が歌い上げられているわけではないが(メドゥーサとペルセウス、キマイラとベレロポンテスはあるがエキドナとアルゴス・パノプテスやピックスとオイディプスなどの退治神話は見られない)、ゼウスの息子としてのヘラクレスの偉業が列挙されているなかにラドン殺害が存在しないということを考えると、少なくともヘシオドスはラドンをヘラクレスが退治したという神話は知らなかったし、また、推論を進めるならばこの時代にはヘラクレスによるラドン殺害神話がなかったとも考えられるだろう。

 この竜には頭が100あるとアポロドロスは言っている。それぞれの頭であらゆる言語を話すという。でもほかの主要原典には、そんなこと書かれていない。ヘスペリデスの竜といえば名前がラドンで多頭蛇であるというのが常識なのだが、これまた案外マイナー説だったりするのだ。ただ、オウィディウスが「眠りを知らぬ」と表現するのは、百目のアルゴスが「眠りを知らぬ」と言われていたのと同様の特徴を意味しているとも考えられる。つまり一つの頭が寝ていてもどれか他の頭は起きているから眠りを知らないのである。


*1 廣川洋一訳『神統記』p.45。
*2 Richard Hunter (ed.), 2015, Apollonius of Rhodes, Argonautica Book IV, Cambridge University Press, pp. 71-72 (text), 269-270 (commentary).

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-12-20 (日) 03:51:28 (580d)