竜とドラゴン

星辰の竜

「星辰の竜」というタイトルは少し変かもしれない。ここでは十二支のなかの「辰」、四神のなかの「青竜」などを扱う予定。

十二支

ネズミ ウシ トラ ウサギ リュウ ヘビ ウマ ヒツジ サル トリ イヌ イノシシ
 記号的な十二支と区別して、動物を指す場合は十二獣環と呼ぶこともある。

 今ではすっかり動物のことだと思われている十二支だが、その起源は、漢字を見ればわかるとおり、全然動物と関係ない記号的存在だった。それにいつしか動物が割り当てられていくことになるのだが、なぜそうなったかの理由はわかっていない。

 このページでは、十二支についてあまり疑問にされていないことを問題にしたい。それは、十二支の動物たちは実際に神格や霊獣として存在すると思われていたのか、ということである。十二支が十干のように単なる記号ではなく四方位のように動物と対応することになった以上、何か抽象的な時間的循環だけではなく具体的な存在としてイメージされるようになったこともあるのではないだろうか。事実漢字文化圏にはそのようにイメージされていた証拠もある。
 ところで十二支の暦はテュルク・モンゴルの進出にともなって東ヨーロッパにまで広く伝わることになったが、そのような地域では十二支の動物、特に「現実には存在しない」はずの竜=辰についてはどのように受け取られていたのだろうか(同様のことは、たとえばモンゴルやテュルクの故地にいなかったサルについてもいえるが、どうやら少し異なる)。竜についての中国的信仰がそのまま受け入れられたのだろうか、あるいは時間的循環を意味する単なる記号として、竜を含めた動物が受け入れられたのだろうか。実は十二支の伝わった地域のなかには、そこの言語における動物を意味する言葉ではなく、伝えたところの語をそのまま使っているところも多い。この場合、十二支は動物からふたたび記号的存在に逆戻りした、ということになるのだろうか。
 そんなわけで、単に十二支といってもその受け取り方に色々なやり方がある。ここでは、漢字文化圏以外はとりあえずデータを示すことにする。

中国の十二支

 十二支に獣を当てはめること(十二生肖)の初出は、従来は紀元後1世紀後半(?)の後漢に成立した『論衡』であると考えられてきた。しかし1975年、湖北省の睡虎地十一号秦墓から竹簡が発掘され、そのなかにあった『日書』に、現在とほとんど同じ動物の割り当てがなされていたことがわかった。そのため、動物を割り当てることの初出は、現在では少なくともこの竹簡のつくられた秦の時代にさかのぼることができると考えられている。また『日書』にあるリストはほぼ完成されたモノだともみなせるため、実際には戦国末期(前3世紀中盤)には『日書』にみられるようなリストが存在していたのだとも推測される。また、もし長い時間をかけて入れ替えが行なわれながら動物の割り当てが成立したのだとすれば、その中国における起源はさらに遡ることになるだろう*1

 ちなみにエドゥアール・シャヴァンヌなど*2戦前から東洋学者の間で十二支に動物を当てはめることの起源があれこれ議論されていたが、上記の発見により、私の見るところでは、1980年代初頭までの推論は大部分が完全に過去の物となってしまったようだ。なにせ彼らはその起源を紀元前後あたりに求めていたのだから……。

テュルクの十二支

 中国の十二支をユーラシア大陸の西方へと運んだのはテュルク系・モンゴル系の遊牧民らしい。そのため英語文献などでは十二支のことを「中国テュルクモンゴル暦」とか「中国ウイグル暦」とかいう風に呼ぶことがある。以下、まずはテュルク系の十二支(における辰)がどのようなものか見ていくことにするが、テュルク系言語をアルファベット表記するときにはいくつか別の転写規則があるらしく、同じ語のはずなのに資料によって異なった綴りになっていることがある。たとえばïıと同じだし、ğはおそらくγと同じだと思う。でもtoroiaにはテュルク系言語全般の知識がないので、多少混乱するとは思うが、資料にあった表記をなるべくそのままここに移すことにする。

 まずは、テュルク諸語における例*3

アナトリア・トルコ語sïčqan ~ sïčansïγïrbarstavïčqan ~ tavšanlu ~ äždäryïlanyïlqï ~ atqoi̯ ~ qoyunbičin ~ mai̯muntavuqittoŋuz ~ domuz
キルギスtïšqansïyïrbars, barïsqoyanłū, luvǰïłanǰïłqiqoi̯mešin, mai̯muntavïqitdoŋuz, qara keyik(豚)
バシキールhïsqanhïyïrbarïsquyanluvyïlanyïlqïqoi̯mišintavïqitdoŋïz
カラカルパクtïšqansïyïrbarsqoyanulïu̯žïlanžïlqïqoi̯mäšintavīqii̯tdoŋïz
アルタイküžül (ラット)ui̯parsqoyonulïyïlanatmäčinqoča ~ qoipötik (鶏)itčočqo
トルクメンsïqan, sïčansīr, sïγïrbarsqoyan, tovšanlu, balïqyïlanyïlqïqoyïnbičintavïqitdoŋïz
ウズベク、Chivasïčqansïγïrbars, päläŋtau̯šqanlu, balïqyïlanyïlqïqoi̯biǰintauqittoŋuz
ウズベク、フェルガナsičqanhöküzyolbars, päläŋquyanbaliqilanatqoi̯maymuntavuqittoŋuz
明代ウイグル口語*4sičirxan
西赤児罕
uy
bars
把児思
tawšqan
討失刊
lu
moγoy
末外
at
阿忒
qoy
bäčin
伯嗔
tawwuq
討兀克
it
義忒
toŋŋuz
桶兀子
現代ウイグルsičqan, čičqankälä, ui̯yolbars, barstuškan, tošqanhiǰdär, bełiq, beliqilan, žilanatqoi̯mai̯muntoχi, toχuittoŋuz, toŋγuz
ノガイšïšqansïyïrbarsqoyambalïqyïlanatqoi̯mäšintavīqii̯tdoŋïz
カザン・タタールtïčqan (küse)sïyer (sïyïr)barsquyanbalïqyelanat (yelqï)sarïq (qui̯)mai̯mïl (bešin)tavïqetduŋγïz (ye)
オスマントルコsačqanui̯barstošqanbälïqyïlanatqoi̯maymun, χamdunatoχïittoŋoz
アゼルバイジャンšïqanöküzpälaŋdovšanbalïq, nähäŋilanatqoyunmeymunquš, toyuqitdonuz
ハカスküskäĭnäktülgü(狐)χozankiläskĭčïlančïlγïχoi̯kĭzĭ (人間)taŋaχturna (鶴)öskĭ (山羊)

 色々言いたいことはあるが、とりあえず竜の訳語を見てみるとわかるのは、キルギスやバシキール、ウズベク、トルクメンなど半分ほどの言語では中国語の「竜」longがルやルヴ、ウルとしてそのまま保存されているということ。そして注目して欲しいのは、トルクメン語より下の段からバリク(baliq)やそれに類した単語が現れているということ。これは「魚」という意味である。どうもテュルク系の一部では中国語やその借用語でいう「竜」がなんのことかよくわからず、聞いたところ水のなかに住む生き物だということで、「魚」にしてしまったらしい。うーん中国には魚が竜になる話もないではないが、ちょっとイメージが違うなあ……。
 またアナトリアとウイグルにはそれぞれエジュデルとヒジュデルという語がある。これはどちらもペルシア語におけるドラゴンを意味するアジュダハーからの借用語であろう。あまりテュルクの十二支には普及していないようなのでアナトリアとウイグルはそれぞれ独立してこの語を辰に採用したとみるべきか。アゼルバイジャン語(アゼリ語)にあるネヘングはペルシア語で「ワニ」のことである。辰がワニと訳されるのは10世紀から証拠が見られる(後述)。ハカス語の十二支は鶴や狐や人間(!)が入っていてテュルク系のなかではかなりイレギュラーだが、辰のところもキレスキという、他のテュルク語とは無関係な言葉になっている。これは「トカゲ」という意味。「魚」や「ワニ」系の十二支とは別のところから「ルー」が借用され、どうもこいつは蛇に似ているけど手足があるからトカゲだろう、ということにでもなったのだろうか。テュルク系に限らず宗教や世界観においてトカゲの影がそうとう薄いことを考えると、頑張ったといえる。

 ルイ・バザンの見るところでは、テュルク系で十二支が広まっているのはほぼモンゴル帝国の支配領域におさまっているのだという。ウイグル、イェニセイ、アルタイ、ウズベク、イルギス、カザフ、タタール、バシキール、クリミア、トゥルクメン、アゼルバイジャン、イランの一部。どうやら彼らの暦自体はテュルク起源だが、その実用化はモンゴル帝国の影響によるもののようだ。テュルク系で十二支を使っていないところはサハ(ヤクート)、チュヴァシ、カライム。サハは地理的にシベリアの奥にまで入り込んでいて他のテュルク=モンゴル系とは縁が薄いままだったこと、チュヴァシはテュルク系ではあるが言語的に離れていること、カライムは宗教が入り乱れていてヘブライ暦を使っていること、が理由だ、とバザンは推測している*5

 テュルク系史料における十二支は古いものではブグドのソグド文字碑文があり、そこでは卯年のことがソグド文字でγrγwšk srδyとかかれており、これは古テュルク語のtavïšγan yïlïのソグド文字形であると考えられている。年代は571年。これが最古のものかどうかは知らない*6
 突厥文字による最古の十二支は735年のオルホン碑文(ビルゲ・カガン碑文)にさかのぼり、そこではラグズン(=亥、laγzïn)という語が使われていた。この語はいくつかの理由からテュルク系語彙ではないことが推測されており、おそらく彼らが十二支をどこからか(下記参照)借用してきたときにその人々の言語における亥をそのまま使ったのだろうと考えられている*7。  また中国系史料では『隋書』巻八十四列伝第四十九の沙鉢略可汗が隋に送った書面に「辰年九月十日」(584年)という日付があるのが最も古い例であるとされている(中国の史書は外国語の文章を翻訳するときほとんど逐語訳している)……が、まだまだ古いのもあるようだ(調査継続中)。
 古テュルク語における十二支がどう呼ばれていたのかは1950年にフォン・ガバインが再構したのをヴォヴィンが2004年に現代風の綴りに改めたのを紹介しているのでここに引用する*8。また、エドゥアール・シャヴァンヌがオルホン碑文から引っ張ってきたものも並べてみる(シャヴァンヌのは表記が古いので注意)*9

十二支
von Gabain=Vovinküskü, sïčγanudbarstabïšγanluuyïlanyundqoñinbečintaqïγuïtlaγzïn, toŋuz
オルホン碑文lüijilanqoi̯bičinytałγazyn

 このうち丑のウドと辰のルー、午のユンド、亥のラグズンは借用語である。

 史料として残っているうちで最古の"リスト全体"はアラブ系著述家によるもので、なかでもル=ビールーニーの『古代諸民族の歴史』にあるものがもっとも古いとされている。また11世紀後半に『テュルク諸語集成』を著したマフムード・カーシュガリーも十二支について記録している。カーシュガリーはbars「虎」の次にbars「寅年」という項目を設け、そこにテュルクの十二支を並べている(ちょっとクセのある転写方式のようなので、異なるものは上のヴォヴィン表記を右側に併記した)*10

十二支
アル=ビールーニー*11sijkanodpārstafshikhanyylanyontkuypīčīntaghukittonguz
カーシュガリーsïqƣanudbarstavïxƣannakyïlanyundķoybiqintaķaƣuïttoŋuz
カーシュガリー改sïčγantavïšγanqoybičintaqaγu

 ここでなんといっても注目しておきたいのは、カーシュガリーにおいて辰年がルーではなくナク(アラビア文字表記でناكْ、史料によってはネクnäk)になっていること! 語源は、下記の中央アジア系十二支から類推するかぎり、明らかにサンスクリットのナーガ(nāga)だろう。まだ全然調べていないが、ここがナーガ系の単語なのは珍しいことなのではないだろうか。カーシュガリーはこの語に「ワニ」という訳語をあてているが、竜がワニになるのはテュルク系でもモンゴル系でも見られる現象である。
 ところで十二支について彼らがどのような態度を取っていたかについてだが、11世紀にテュルク語辞典をアラビア語で著したマフムード・カーシュガリーは以下のように述べている*12

テュルクが動物からそれぞれ十二の名前を取り、それで十二の年を表すことによって、
生誕や戦争その他の時をそれらの年々の巡りで勘定するものである。

 この言い分を信じるならば、彼らにとってはこの天空の動物は単に名前を当てはめただけ、ということでしかないようだ。ペルシア語史料においてテュルク語やモンゴル語がそのまま使われていたことがほとんどだったことから推察しても、十二支は記号的な存在として見られていたのだと思われる。

 ところでテュルクが中国(語)から直接十二支を輸入したとする考えにはいくつか疑義がある。そのうちの一つが「竜」に関することなので、ここで紹介しよう。
 アレクサンダー・ヴォヴィンによると、テュルク語起源の言葉の場合、語頭にLが来ることはないので、luu(ルー)がどこか別の言語からの借用であることがわかる。十二支の場合、並びの位置や音声的類似からみて明らかにルーの起源は中古中国語のルン(luŋ)だということが推測できる。しかしながらテュルク形では語末の-ŋが失われ、その代わり母音がダブっている。古テュルク語に語末が-ŋの単語がなかったというわけではない。また、竜以外の中国語からの借用語も大半が-ŋを脱落させずに残したままである(たとえば北西中国語の「仏僧」bur-səŋ>「僧伽」bursaŋ)。しかし興味深いことに、中国語から借用された語彙のうち-ŋが脱落している3つの単語があるのだがそれはいずれも暦に関係する言葉なのだ。十干の「丙」pjæŋ>pi、「丁」tεŋ>ti、「庚」kæŋ>qï。中国で十干が十二支と併用されることが多かったことを考えると、「竜」から-ŋが脱落したのと同じ源泉からこれら十干の単語も借用されたのではないかと考えられる。中国語と古テュルク語のあいだにあった-ŋ脱落言語として中国語北西方言を挙げる説もあるが、この言語で-ŋが脱落し始めるのは宋代からであって、時代があわない。ヴォヴィンはさらに推論を進め、おそらくテュルクに先立ってステップ地帯にいた柔然がそれだと結論付けている*13。柔然でも竜はルーと呼ばれていた、というわけだ。歴史的にも柔然と高車や突厥は密接な関係にあったので、ありうる仮説だと思う(ヴォヴィンとは独立に新城新蔵は1925年に柔然→突厥説を提唱していた*14)。

モンゴルの十二支

 テュルクと同じくモンゴルにも十二支が伝わった。ただし知られる史料の最古のものは12世紀初頭で、テュルクに比べるとずっと遅くなる。
 モンゴルの十二支はテュルク起源である。全体としてはモンゴル語の動物名と一致しているが、そのうち牛と虎と竜と羊と猿がテュルク語起源だ。猿(申)のbečinはモンゴル語の動物名サルmečinと異なるが、どちらもテュルク語のbečin起源であり、十二支がテュルク語起源であることの確証となっている*15
 この言語の十二支の名称について多くの資料をもっているわけではないので、手持ちのものから適当に並べてみよう。以下のものはモンゴル系。資料にあった特殊文字もユニコードを駆使してすべて忠実に表記してみた*16。なので対応フォントがない人にはよくわからなくなっているかもしれない。
 右側に載せている契丹語はまだほとんど解読されておらず言語系統も不明なままだが、十二支については幸いなことに「子」以外再構されていて、知ることができる。契丹語の十二支を見るかぎりでは、系統はテュルクやトゥングースではなくモンゴル系のようだ。

動物
モンゴル文語*17quluγanaükerbarstaulailuumoγaimorinqoninbečintakiyanoqaiγaqai
モンゴル文語quluġanaükerbarstau̯lai̯luumoġai̯mori(n)qoni(n)bečin, bičin, mečintakiyanoqai̯ġaqai̯
キラゴス*18akʽarthaplqamoriqoi̯natʽakiamoχa
キラコスōkʽartʽablγay, tʽulaymoriγoynatʽaxeanoxay
14世紀グルジアqurγunukʽurpʽarsintavlainluil, (= lu yil?)moγi, moγilmorinqoni, qoinmačintʽaγannoχinqaqain, qaqan
オイラート南部(?)χuluγana, χuluγunaükür, ükerbarstoulaimoγai
moγoi
morinχoi, χoyin, χoninbečin, mečintaqānoχoiγaχai
東ブルガール(Ostbur.)χulġanau̇χerbaratūlǟmogȫmoŕiŋχońiŋbešeŋtaχānoχȫġaχǟ
ハルハχulġanaüχerbartūlai̯moġoi̯morinχoninbičintaχi̯āmoχoi̯ġaχai̯
オルドスχu͔lu͔gu͔namckχerbartʽū͔lǟlu͔mog͔ȫmorinχoninmėʽtsʽinᴅackχanoχȫɢ͔aχǟ
シラ・ヨグルqanaγlaqükürbarsťolei̯ulumoγoi̯mȯrŏqonăpečintaqanoχqoi̯qoqai̯
トゥ族χanaɢ͔lafuɢuorʙarsťū͔līmu͔ɢ͔uē͔moriχonimieťśʼinťaɢ͔ū͔noχū͔ē͔χaɢ͔ē͔
ダグールaʽč́ʽĭχʽčʽāŋ (古ačik͔čān)u̇ʽkʽu̇̆r, χu̇ɢu̇rtʽasăχ(古tasga; 満州語より)tʽau̯lʼēmu̇du̇r(<満)moγoi̯moŕĭŋχońĭŋmońō(<満)χaχrānoγŏɢaγ(古g͕ag͕a)
カルムィクχulγᵅnɒ*19ükr̥barstūlǟmoγǟmörn̥χȫnbetšn̥, mitšn̥takānoχǟg͕aχǟ
契丹*20-*un*xaga[s]*taulia*lu[u]*mogo*mori*ema*buu*tax[ə]ia*n[o/ə]x[ə]i*wei

 ご覧の通り、もはやほとんど言語学的な興味のある人にしか役に立たない表になってはいるものの、本ウェブサイトで注目すべき「辰」に関しては一点の曇りなく表の言わんとすることがわかると思う――「竜」強し! 語源が中国語>(柔然)>テュルク語なのは一目瞭然としても、他の語と比べても発音のバリエーションが驚くほど少ない(実質的にモンゴル語シラ・ヨグル方言で語頭に母音が付加されているのが例外なだけ)。実際現在のモンゴルでは普通に中国的な竜のことをルーと言っており、神話伝説も存在する。

北東アジアの十二支

 満州語の十二支は以下のようになる*21。女真語のセットとしての十二支資料は直接には存在しないが、山路廣明が年号に一部使われていることを参考に再構しているのでそれをここに挙げる*22。山路は女真文字も並べているのだが、残念ながらユニコードにはこの文字体系が入っていないのでここではオミットする。またダニエル・ケインも一日の時刻として十二支が使われているのを発見しているので、それも並べる*23。ソロン語も*24。契丹語については「モンゴルの十二支」を参照。

十二支
満州語singgeriihantasha, tasḥagūlmahūn, gôlmahônmudurimeihemorinhoninboniocokoindahūn, indahônulgiyan
女真語(年)šinggeihantashagulmahaimudurmeihemorinhonidubi boniočihoindahūnuliyen
女真語(時)singgeriihatashagū[l]mahūnmudurimeihe[inenngi]=正午imu'amoniotikoindahūu[l]giya
ソロン語aš́iχsāãu̇χu̇rbari, tasaχtōlalū, mu̇du̇rχolʼēẽmorĭχonĭmońōχaχrāninaχĩu̇lgēẽ

 このうち満州語のモリン「馬」とホニン「羊」、女真語のイムア「山羊」はモンゴル語からの借用語なので満州語の十二支はモンゴルに由来するとみることができる。なお、この二つを含め、いずれも(東南アジアのような)十二支専用語ではなく現地の動物を指す言葉が使われている。
 竜に使われているのがムドゥリ/ムドゥル、蛇がメイヘ。ムドゥリは神話的な大蛇の怪物のようだ。

ペルシアの十二支

 中国の影響を受け十二支を使用していたテュルク・モンゴル文化はイランにも浸透し、13世紀以降、ペルシア語で十二支が記されるようになる。当初は中国の暦法に基づいたモンゴル帝国暦の年表記としてペルシア語文化圏にもたらされたものらしい*25。そのため当初はモンゴル語による十二支だけが使われていたが、時代が下るとテュルク語による十二支だけが使われるようになった。また、ときどきペルシア語の十二支も使われていたようだ*26
 以下、ペルシア語史料における十二支……だが、基本的には上記のようにテュルク語あるいはモンゴル語による表記で記されたらしい*27。ゲルハルト・デルファーは時代による変遷も書いているが、ここでは大幅に省略する*28

十二支
モンゴル語よりqūlqanahǖkärbārstau̯lai̯lū ~ lūi̯mōġāi̯mōrīnqōnintuと同じ-nōqāi̯qāqā
テュルク語よりsīčqānūṭ ~ ūdbārsṭāvišqānlū ~ lūi̯yīlānyūndqō'īn ~ qōbēčīndāqīqū ~ taḫāqūīttongqūz
ペルシア語mūšgāv (ときどきbaqar)yōz (ときどきpalang)ḫargōšaždahā (ときどきnahang)māraspgōsfandbōzīnamurġsagḫūk
ハザラ*29sačqanud, hudparstušqanlui̯hilanyunutqoi̯pičtaχaēttanγuz

 ご覧の通り、竜に相当する語はテュルク語でもモンゴル語でもそれを持ち込んだペルシア語でもルーであり、明らかに中国の「竜」をそのまま持ち込んだものである。下記中央アジアのインド=イラン系統とはこのあたりに差異が見られるところだ。ペルシア語オリジナルの十二支ではアジュダハーになっちて、これは蛇を意味するマールとは明らかに異なった神話的怪物に使われる言葉である。この語がテュルク系十二支に逆に影響を与えたということについては上に書いておいた。もう一つ使われているナハングという語は「ワニ」という意味で、これもテュルク系に逆輸入されている。ペルシア人の頭の中には「竜」からドラゴン風の怪物と水をはうワニの二つの動物名への連想が働いたということになる。
 最後にのっけたハザラは、アフガニスタンに住んでいるペルシア系の人々。

ヨーロッパの十二支

 ロシア(ルーシ)には、13世紀の大規模なモンゴル軍の侵攻により「タタール」の文化が多く導入された。そのなかにモンゴルが使用していた十二支もあったようだが、実際に見られるのは13、14世紀ごろから始まるタタール側のヤルルィク(yarlyk)と呼ばれる特許状に関連するものにおいてだった。しかしながら17世紀には古いロシア語で書かれた「復活祭の表」(Paskhaliya)文書にも十二支のようなものが発見されている*30。テキストが並んでいる同心円状の輪が描かれているもので、書き込まれているタイトルには意味が明瞭でない単語が多いが、「ユゴルの環(krug yugorskii)……ポロヴェツの(polovetskii)……」という表記が見られる。これがどの民族を指しているのかはよくわからない。輪は内側から十二支の動物、十二宮記号、十二宮に対応する角度、一番外側に月(month)のイニシャル、となっている。外側に書き込まれているのが月だとするとここでいう十二支は年ではなく月のことだと考えられるが、どういうわけか動物の表記は「年」letoにあわせるように女性形になっている。またヤルルィクに見られるように動物名は形容詞化されているらしい(「辰の」ということ?)。
 動物名はロシア語に翻訳されているため、直接どこの言語の十二支を参考にしたのかはわかっていない。以下、形容詞形のまま挙げる(なぜならロシア語の形容詞を名詞に戻すすべを知らないからだっ!)。

十二支
ロシア語名мышиевоΛовопардушиезаячиезмиевъзмиинаконевоовечиеобезянинукурячиепесиесвиное
翻字myšievo?ovopardušiezajačiezmievzmiinakonevoovečieobezjaninukurjačiepesiesvinoe
意味牡牛蛇/竜蛇/竜雌鳥

 ここでも注目すべきは辰と巳にあてられた語。名詞形ではズメイ(zmei)とズミヤ(zmija)となるが、古期ロシア語や古教会スラヴ語では、この二つはほとんど同義で使われていて、ギリシア語のオフィスおよびドラコーンの訳にどちらとも用いられていた。また占星術上のドラゴン・ヘッドを訳すのにも使われていた。ロシア人の翻訳者はこの二つを訳し分けるのに苦労したようだ。別の写本にはзмеевое/zmeevoeとзмеиное/zmeinoeとある。
 18世紀のものと考えられる別の十二支表もまた「復活祭の表」文書にあって、ほかに暦関連の文書、占星術文書が含まれていた。他の同様の事例も考え合わせると、少なくともこの時期、ロシアの一部において十二支が単なる異国興味などではなく実用として供されていたようだ。

中央アジアの十二支

中央アジアではおそらく中国から直接十二支が伝わった。以下の表は、H・W・ベイリーによるもの*31。中央アジアの諸言語による十二支。プラークリットとサンスクリットはインド亜大陸の言語だが、ここでは中央アジア文書に見られるもの。

十二支
ホータン・サカ語mūla, mula, mulägūhimuyisahaiciśaysdiaśipasimakalakrregiśve, śvāp͜āsi, pāsi
ソグド語mwšγ'wmuwχrγwšyn'kkyrmy'spypsyymkr'mrγyykwtyk's
プラークリットmuṣkagavavyagraśaśakanāg'ajaṃdunaṃcaaśpapaśumakaḍ'akukuḍ'aśvanasug'ara
サンスクリットmantilyagovṛṣavyāghraśaśanāgajantunaḥaśvapaśumarkaṭakukkuṭaśvānasūkara
トカラ語Barśakärśaoksomewiyoṣaṣenākaukyakweśaiyyemokomśkekraṅkosuwo

「竜とドラゴン」ページとしては注目すべきなのは当然「辰」と「巳」の並びなのだが、よくみると他の動物の名称も興味深い。

  • 「辰」:左からナー、ナーク、ナーガ、ナーガ、ナーク。いずれもサンスクリットのナーガが起源だろう。中央アジアに対するインド文化の影響力がうかがえる。ホータン・サカ語ではナーガ(nāga)、ナータ(nāta)ともいわれる*32
  • 「巳」:左からシャイスディ、キルミ、ジャンドゥナンチャ、ジャントゥナ、アウク。こちらは辰とちがってバラバラである。シャイスディの語幹はśaysda-だとのこと。意味はもちろん「蛇」で、別のテクストではśśaysde。ソグド語のキルミkyrmyはサンスクリットの「虫」を意味するクリミkrimi、パフラヴィー語で「虫、蛇」を意味するキルムkirmと関係あるのだろう。英語のワームwormと同一語源でもある*33。トカラ語Bのアウクaukは、アヴェスター語のaži「竜」やサンスクリットのahi「大蛇」、ギリシア語のechi[dna]「マムシ」に対応する印欧語の「蛇」に由来する語だと思われる(cf. ヴリトラ)。プラークリットとサンスクリットは同一語源であるような気がする。ベイリーは「虫、蟲」を含む「蛇」を意味するのだろう、と考えている*34

 ベイリー論文はホータン・サカ語テクストを扱ったものだが、そこでは十二支が「12の年の導き手。そのうち何が善で何が悪かを知るべし。12の年の導き手はそれぞれの日を導く云々」と書いてある。導き手(leaders)の原語はバーヤー(bāyā)で、どうやら超自然的エージェントの支配というのを意味するのかもしれないらしい*35

東南アジア系十二支

 中国語の十二支と東南アジア、オーストロネシア系十二支との関係は、一部では非常に深いと考えられている。そのことはあとで紹介するとして、ここではその「関係が深い」と論じられることもある言語における十二支を述べる。タイ諸語(Tai、国のタイThaiとは別)*36

十二支
アホム語cheuplāongimāoshisheushi-ngāmutshārāomitkeu
ル語tɕai³pau³ji²mau³si¹sai³sa-ŋa⁴met⁶san¹hrau⁴set⁵kai⁴
ディオイ(仲家)語chaeu³ [ʃaə]piaou³ [piau]gnien² [ɲien]maou³ [mau]chi² [ʃi]seu³ [sə]sa³ [sa]fat¹ [fat]san⁴ [san]thou³ [ðu]seut¹ [sət]kaeu³ [kaə]
ヴェトナム漢字音suudànmẹothìntịngǫmùithândậutuậthoi
モン語(Muong)khéurânmêosinngomùithânrâutâthoi
プイ語(Pu-yi)ɕaɯ³piu³ȵan²mau³ɕi²si³sa⁴fat⁸san¹zu⁴sat⁷ka⁴

 十二支の名前と現地の動物の名前が全然一致しないものとしては東南アジアのものが挙げられる。たとえばカンボジアのクメール語の十二支は、11世紀以前にモン族から伝わったものらしい*37

十二支名kandorkho'àtonsainẵkpŏssèhpopêsvamanchkèchruk
動物名jūtchlukhālthoḥroṅmsañmanūmamēvōkrakaco, čōkur

インド系十二支

 ところで十二支についての記述を見ていると、時々インド起源だとか仏教起源だとか書かれていることがある。典拠とされているのは『大方等大集経』の第23巻で、次のようにある。人間の住んでいる世界である閻浮提の南の海には瑠璃の山があり、潮という。昔菩薩の住んでいた大きな洞窟があってそこに毒蛇がいる。そいつは修行をしている。また別の洞窟があり、そこも菩薩が住んでいたのだが、ここには馬がいて、やはり修行している。同様に羊も別の洞窟にいる。ここにはさらに無勝という樹神と善行という羅刹女がいて、多くの眷属に取り巻かれている。また西には頗梨山という山があり、先ほどと同じように、猿、鳥、犬がいて、火神と羅刹女もいる。北には菩提月という銀山があり、そこには豬(イノシシ?)、鼠、牛、そして風神と羅刹女がいる。東には功徳相という金山があり、そこには獅子、兎、そして竜がいて、水神と羅刹女もいる。これらの12の獣は昼夜・12日・12月、それぞれ交代しつつ閻浮提を巡るのである*38。『大方等大集経』は紀元後5世紀前半にインド出身の僧侶曇無讖によって訳されたものであり、上記の中国の先例と比較すると起源と見なすにはあまりに新しすぎる。しかも他のインドの典籍には十二支が見えないところ、『大集経』の原典である『マハーサンニパータ・スートラ』はホータンの西にあるカルガリクで改作されたものだと考えられるところからして、エドゥアール・シャヴァンヌや南方熊楠は、これは中央アジアの(テュルク系の)僧侶が混入させたものだろうと考えている*39

 サンスクリットの俗語化したプラークリットをカローシュティー文字で記した文書が東トルキスタンのニヤ(Niya)近辺から発見されたが(したのはあの有名なオーレル・スタイン)、そのなかに一つだけ十二支について書いた文書がある*40。カローシュティー文書の年代は2~3世紀と目されるため『大集経』よりずっと古いが、中国の事例よりはずっと新しい。では、そこにはなんと書いてあるかというと、残念ながら今手元には英語訳とそれの日本語訳しかないため動物がどのように呼ばれていたのかは不明である(もしかすると上記ベイリーが参照したものがこれかもしれない)。文書を読んでみると、どうも占星術的な運命論を書いたつもりらしい。たとえば「蛇ナクシャトラには、商売から遠ざかるべきである」とある。並び順は猿と鶏が逆になっている以外は現行十二支とまったく同じ。
 ここで少しだけ興味深いのは、動物のあとにナクシャトラ(nakṣatra)という語がついていること。ナクシャトラはインド占星術の二十七宿のことであるが、神話に出てくる月の妃たちのことも指す。この文書を日本語で紹介している後藤京子は『広雅』に「寅卯を枝[=十二支の支]となす。枝は月の霊なり」とあるのを見つけ、カローシュティー文書でも十二支に月に関する言葉があてられていることの共通点を指摘している*41。私にはこの共通性が何を意味するかは(インド占星術のことはさっぱりわからないので)なんともいえないが、場合によってはこの中央アジアの地で、インド系言語を操っていた占星術師やそれを読んでいた人々は、各ナクシャトラの動物に、第一義的には時間を想定していたのかもしれないが、それに加えて何らかの霊的な存在としての実在性も想定していたのかもしれない。


*1 陳安利、1988、「古文物中的十二生肖」『文博』23(1988.2):41-42。
*2 E.g., Eduard Chavannes, 1906, Le Cycle Turc des douze animaux, 通報(T'oung Pao)第2期7.1:51-122.
*3 Gerhard Doerfer, 1975, Türkische Elemente im neupersischen (schluss) und Register zur Gesamtarbeit, S.244-246.
*4 庄垣内正弘「『畏兀児館譯語』の研究 明代ウイグル口語の再構」『内陸アジア言語の研究』1(1984), p.123にある再構築形。漢字音写より。
*5 Louis Bazin, 1991, Les systemes chronologiques dans le monde turc ancien, p.404-405.
*6 Sergej G. Kljaštornyj and Vladimir A. Livšic, 1972, The Sogdian Inscription of Bugud Revised, Acta Orientalia Academiae Scientiarum Hungaricae 26.1:72-73.
*7 Alexander Vovin, 2004, Some Thoughts on the Origins of the Old Turkic 12-Year Animal Cycle, Central Asiatic Journal 48.1:123-124.
*8 Vovin, p.119.
*9 Chavannes, p.52.
*10 麻赫黙徳・喀什噶里、2002[1941]、『突厥語大詞典』第一巻、pp.364-365。カーシュガリーの中国語訳。
*11 Chavannes, p.52.
*12 諫早庸一、2008、「ペルシア語文化圏における十二支の年始変容について ティムール朝十二支考」『史林』91.3:58による訳。
*13 Vovin, pp.127-130.
*14 新城新蔵、1925、「十二支獣に就て」『民族』1.1:35-50。
*15 Vovin, p.122.
*16 Doerfer, S.248-250.
*17 Vovin, p.122.
*18 モンゴルについて記述した、アルメニアの歴史家。キラコスも同。たぶん写本の違い?
*19 γとnの間の文字は、正確には最後のɒ(逆a)が肩文字になったもの。
*20 Vovin, p.121.
*21 Vovin, pp.119-120; Golden, pp.199-200.
*22 山路廣明、1952、「女眞語の十二支」『言語集録』2:31-40。
*23 Vovin, p.120.
*24 Doerfer, S. 250.
*25 諫早、p.43。
*26 Doerfer, S.246.
*27 諫早、p.44。
*28 Doerfer, S.246.
*29 Doerfer, S.248-249.
*30 以下、W.F. Ryan, 1971, The Oriental Duodenary Animal Cycle in Old Russian Manuscripts, Oxford Slavonic Papers(n.s.) 4:12-20にほぼ従う。
*31 H. W. Bailey, Hvatanica, Bulletin of the School of Oriental Studies 8.4:928.
*32 Bailey, p.929.
*33 Cf. Calvert Watkins, 1995, How to Kill a Dragon, pp. 521-522.
*34 Bailey, p.929.
*35 Bailey, p.924.
*36 アホム語、ル語、ディオイ語についてはLi Fang-kuei, 1945, Some Old Chinese Loan Words in the Tai Languages, Harvard Journal of Asiatic Studies 8(3/4), p. 336、ヴェトナム漢字音とモン語、プイ語についてはJerry Norman, 1985, A Note on the Origin of the Chinese Duodenary Cycle, Linguistics of the Sino-Tibetan Area: The State of the Art, p. 86より。
*37 榎一雄、1936、「セデス氏『カムボヂァに於ける十二獸環の起源』」『東洋学報』23.4:122-136。
*38 T13, 167b-168a.
*39 榎、p.133。
*40 後藤京子、1967、「カロシュティの十二支動物文書」『東洋学術研究』6.7:121-123。
*41 後藤、p.123-124。

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Last-modified: 2010-07-31 (土) 17:53:01 (3396d)