極端な記譜法

最多の加線

加線が9本

  1. マルティーノの《ピアニッシッシモ》(1970)のC8。
    スクリャービンの《ピアノソナタ第七番》(1911)の最終ページにもC8で加線が9本の物が出てくる。これは1つの棒への最多音符記録でもある↓
    http://www.toroia.info/images/Scriabin7.png
    • 次点:同じく《ピアニッシッシモ》でいくつかのA7とB7のために8本。ショスタコーヴィチの《ピアノ三重奏曲第二番ホ短調》の第1楽章終りでヴァイオリンに8本。
    • シベリウスの《ヴァイオリン協奏曲》(1905)第3楽章でソロのF#7のために7本(たくさん出てくる)。7本はシェーンベルクの《ヴァイオリン協奏曲》(1936)、ダヴィドフスキーの《シンクロニスム》第1番ほかにも。
  2. ちなみに、トム・ジョンソン《想像上のトランペットのための「天上の音楽」》(1974)には、ト音記号で最高音に100本の加線が必要な和音が出てくる。

下加線が6本

  1. ピアノ音楽でB0やA0が出てくるときは普通に使う。たとえばブラームスの《狂詩曲》(作品番号79)第1番および2番、ドビュッシーの《ピアノのために》(1901)の第1楽章。
    以下に抜粋。最終小節の最初の音で、A0。この手の装飾音符に8va bassaなどをつけると範囲が判読しづらくなるのでそのまま記譜したのだろう。理論的には、Gx0なら下加線が7本になるはず
    http://www.toroia.info/images/Pourlepiano.png

極端な音程

極端な高音

  1. G#8がサルヴァトーレ・シャリーノ《ヴァイオリンのための6つのカプリース》(1976)に出てくる(ハーモニクス奏法で)。
    • 次点はD8で、スクリャービンのピアノソナタ第6番(作品番号62、1911)の最後のページに出てくる。(シルマー版の校訂注によると、この音はピアノでは「いまのところ出せない」。確かに、私の知るかぎりでは、21世紀にスチュワート&ソンズが102鍵のピアノを造るまでは存在しなかった。
      スクリャービンの譜例。上の段の1小節目、最初の和音。よくみると右手の2/8二つ分に左手の3/8一つが収まっている。フレーズ的には、全体が4/4で、右手が八分音符、左手が三連二分音符とも解釈できる
      http://www.toroia.info/images/Scriabin6.png
    • またパーシー・グレインジャーの《緑の草原で楽しく踊ろう》にも出てくる。
    • 次々点としてC#8がパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番(1817)第3楽章のソロと、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲のソロに出てくる(両方ともハーモニクス奏法)。
      パガニーニの譜例。拍子は3/8。C#8は8vaがかかっている最初の音で、下にarmonici(ハーモニクス)の指示がある。また、よく見ると、当のC#8の直前、11連符の次の八分音符のA7は加線が8つある
      http://www.toroia.info/images/paganinicsharp.png
  2. ちなみに、さっきも出てきたトム・ジョンソンの《想像上のトランペットのための「天上の音楽」》の100本加線の音は、犬にも聴こえないくらいの高周波になるはずだ。
  3. マーラーの交響曲第2番第5楽章のピッコロにD♭8が出てくるが、ピッコロはオクターヴ低く記譜するので、記譜上は8vaを含めてD♭7ということになる
    http://www.toroia.info/images/mahler2pc.png

極端な低音

  1. C0が、アレクサンドル・ギルマンのオルガンソナタ第5番ハ長調(1909)の第5楽章ラストに出てくる(C2+32フィート・ストップとして書かれている)。
    ギルマンの譜例。前半の2小節目にffffでE♭3に32フィートの指示があって、それから9小節省略した後半の4小節目からC2(つまりプラスC0)が文字通りペダル音として登場。本物のパイプオルガンで鳴らしたら、会場全体が振動することでしょう
    http://www.toroia.info/images/Guilmant.png
  2. ウィリアム・クラフト《ソロ・テューバのための「遭遇」II》(1970)、ウィリアム・ボルコムのピアノ協奏曲(1976)にも出てくる。この音は16.4ヘルツだが、一般的な可聴域の下限は20ヘルツとされている。
    譜例はクラフトの曲より。やばいっすね。Youtubeにも実演映像があるけど、もう「ボッボッボッボッ」みたく、振動にしか聞こえない。
    http://www.toroia.info/images/Encounters.png
    • 次点:ラモンテヤングの《よく調律されたピアノ》のE♭0(特製のベーゼンドルファー・インペルアル・ピアノのために書かれたが、彼の他の作品と同じく未出版のようで、本当はこのリストの範囲外である)。ヤングの調律だと18.6ヘルツになる。
    • バルトークのピアノソナタ(1926)第2楽章には21.8ヘルツのF0が出てくる――これまた、普通のピアノでは出せない。
      バルトークの譜例。下段の2小節目の最低音がF0
      http://www.toroia.info/images/BartokF.png

極端な臨時記号と調号

トリプル・シャープ

  1. アントニン・レイハの《ピアノのための三十六のフーガ》(1805ごろ)第34番の56小節目、左手に出てくる(二つのDxにC#xが挟まれている)。
    以下に抜粋。下段、4小節目の第2音。エンハーモニックに書くとE、D♯、E、D♯で、同じ音程の進行が抜粋の1小節目から音程を少しずつ変えつつ繰り返されている
    http://www.toroia.info/images/triplesharp.png
    • アルカンの《短調による十二の練習曲》(1857)第10番、レーガーの《クラリネットソナタ第2番》のピアノ、最終楽章のほわりのほう(二つのGxに挟まれたF#x)にも。
      以下に抜粋するのはアルカンの例。下段、音部記号がト音にかわって3つめの音がF#xである。この部分はD#、E、F#、G#、A#、Bという音階のうちF#だけ半音あがった楽句をさらに半音まるごと上げたものとみなせる。聴いてみるぶんにはB#が主音のようなので嬰ロ長調の音階ということになるか
      http://www.toroia.info/images/Alkan3s.png
      次にレーガーの例。一番上はクラリネットの段。その次の段の三小節目の第2音にF#xあり。
      http://www.toroia.info/images/Reger3s.png
      アルカンとレーガーの場合、どちらも調号は6つの#である。レイハのものには調号がなく、調性的にみるとかなりぶっ飛んでいる。

トリプル・フラット

  1. B♭♭♭がニコライ・ロスラヴェツの《ピアノソナタ第一番》(1914)、152~153小節に出てくる。同じパッセージのダブル・フラットも含めて、フラットに「連桁」がある!
    以下に抜粋。下段の2小節目と3小節目に、B♭♭♭が出てくるほか、ダブル・フラットも多い。連桁があると別の記号に見える
    http://www.toroia.info/images/Roslavets3f.png

シャープ7つやフラット7つ

  1. それほど珍しくない。シャープ7つはJ・S・バッハの《平均律》第1巻と第2巻の、嬰ハ長調のプレリュードとフーガで使われている。シューベルトの最後のピアノソナタ(D960、変ロ長調)第2楽章の最後でも嬰ハ長調が使われている。
  2. フラット7つは、ベートーヴェンのピアノソナタ第12番第1楽章と第2楽章で変イ短調に使われている。またブラームスのホルン三重奏曲第2楽章でも。

極端なオッターヴァ記号

15ma

  1. 一般的なイメージとは逆に、15ma(記譜音より2オクターヴ上)はきわめて珍しいが、過去半世紀ほどで、そうでもなくなった。それでも、有名作品で15maが使われている例はラヴェルのピアノ協奏曲ト長調第3楽章(誤って16aと書かれている)しか知らない。
    譜例は以下。上の一本線(Frusta)はムチ。この楽章を知っているならすぐどの箇所かわかるはず、ということで
    http://www.toroia.info/images/Ravel16.png
  2. メシアンの《異国の鳥たち》(1956、ここでも16になっている)、カウエルのピアノ音楽《広告》(1914)、フェルドマンの《持続III》第3番(1962)でも繰り返し使われている。
  3. アルバン・ベルクの《アルテンベルク歌曲集》(1912)でヴァイオリンのハーモニクスに15maが使われている。譜例は以下。3部に分かれた第一ヴァイオリンすべて15ma。アタック音はチェレスタとユニゾン。オーケストレイションが緻密なため、段数がそこそこ多く、パート間の間隔が狭くなってしまい、加線が多すぎると読みづらくなる。そういうことを考えての15maかも。なお、弦楽器の場合、まず記譜どおりの音(この場合、たとえばB5)を押さえてその完全4度上(B5ならE6)を軽く触れれば、2オクターヴ上のB7(15maで期待される音程)が出る。
    http://www.toroia.info/images/Berg15.png

15ma bassa

  1. カウエルの《マノノーンの潮流》(1917作だろうが本人によると1912)に使われているピアノのトーンクラスター、ウィリアム・クラフトの前出《ソロ・テューバのための「遭遇」II》のC0、ウィリアム・ボルコムのピアノ協奏曲(1976)の同じくテューバのC0、これ以外には知らない。
    以下の抜粋画像は《マノノーンの潮流》冒頭で、Wikipediaより。最初のはA0からA3に至るクラスター和音
    http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/b/b6/TidesOfManaunaunOpening.jpg

一つの旋律内部での極端な跳躍、音域

もちろん何をもって「旋律」とするかは難しい。ここについてはまだまだ出てきそう。

極端な跳躍

  1. 5オクターヴ+完全5度(67半音)がベートーヴェンのピアノソナタ第32番第1楽章の116小節目に出てくる(版によっては5オクターヴ+短7度になっているが、これは当時のピアノの狭い音域を考慮した校訂者による改変らしい)。
    以下に抜粋。2小節目のC6から一気にC2、F1、そしてC6への跳躍。しかしこれって「旋律」なの? 確かにひとつながりの「何か」ではあるが。
    http://www.toroia.info/images/Beeth32.png
    • 跳躍の次点:4オクターヴ+減7度(57半音)が、ベートーヴェンの《ピアノソナタ第三二番》第1楽章の49小節目に出てくる。
    • 4オクターヴ(48半音)はスカルラッティの《ソナタ》ハ長調(L. 360)に。
    • 3オクターヴ+完全4度(41半音)がベートーヴェンの《ラズモフスキー第三番》第3番第1楽章のだいたい57~58小節目の第1ヴァイオリンに出てくる。モーツァルトの《ピアノ協奏曲第二一番》第2楽章のソロにも。
      以下にラズモフスキーの抜粋。いうまでもなく一番上の段が第1ヴァイオリンで、上の組段の6小節目の最後の音がC7、下の組段の最初の音がG3。どうやらこれを指して「3オクターヴ+完全4度と言っているらしいが、流れとしては上の組段の最後の小節の最初の拍で4人全員が主和音を鳴らして、それから第1ヴァイオリンが裸で残って次のG3まで一人で弾くから「一つの旋律」と言えなくもないかもしれない。余談だが、G3は開放弦、つまり左手で押さえる必要のない音程なので、この跳躍は弓を動かすだけということになり、見た目よりはずっと簡単な跳躍である
      http://www.toroia.info/images/Beeth3oct.png

もっとも幅広い音域の旋律

  1. 5オクターヴ+完全4度(65半音)が、サンサーンスの《チェロ協奏曲第一番》の、長大で緩やかな音階で使われる(デュラン版で53~54ページ)。(これを旋律の一部ではないということもできるが、それでも、8小節にわたるテクスチャのなかでもっとも突出している部分だろう。)
    チェロソロのパート譜から以下に抜粋。2段目の6小節目、チェロで出せる最低音のC2から始まりゆるやかに上行する三連四分音符は、音部記号を2度変えてハーモニクスの高みに。最終的にはF7へ!
    http://www.toroia.info/images/SaensVcl.png
    • 次点:4オクターヴ+長6度(57半音)がベートーヴェンの《ハンマークラヴィーア》ソナタ第1楽章で使われる。ただしこのうち2オクターヴ分は、実際はテクスチャの変化(繰り返しによる)である。
    • もう少し説得力ある例として、4オクターヴと少なくとも長3度(52半音)、たぶん長6度(57半音)が、ショパンの《十二の練習曲》第1番「滝」ハ長調に出てくる。よくわからないのは、どこで旋律が終わるのかはっきりしないからである。とはいえ普通にいうと旋律っぽくはないだろう。抜粋は以下。全曲にわたってアルペジオが続くのだが、元ページはこれを「旋律」とみなしているようだ。そうなると、3小節目の十六分音符のC3から4小節目のE7までで4オクターヴと長3度になり、全音符のF2から始まるとみなすと4オクターヴと長7度になる
      http://www.toroia.info/images/4oct3.png
    • 3オクターヴ+短2度(37半音)がモーツァルトの《ヴァイオリン協奏曲第五番「トルコ風」》第1楽章に出てくる。以下に抜粋。たぶんここのことだと思う。2小節目にA6まで行き、徐々に下がってG#3までいきつく
      http://www.toroia.info/images/Mozart3oct.png
    • 幅広い旋律ということではリヒャルト・シュトラウスが有名で、《ドン・ファン》の冒頭は以下のようにG3からB6まで一気に駆け上がる(3オクターヴ+長3度)。これはモーツァルトのものより広い
      http://www.toroia.info/images/DonJuan.png
      また、マーラーの《交響曲第十番》第1楽章の第2ヴァイオリンに以下の旋律が出てくる。3小節目に最高音のB6があって、そこから最後のFx3まで下がる。エンハーモニックに考えると3オクターヴ+長3度、そのまま考えると3オクターヴ+減4度
      http://www.toroia.info/images/Mahler10.png
      上記の例より全音狭いが、マーラーの《交響曲第九番》第4楽章の第1ヴァイオリンにも印象的な幅広い旋律が出てくる。上段、4~5小節目で、G#3からB6まで上がっていく
      http://www.toroia.info/images/Mah9.png

一つの旋律内部での最多同音反復

「旋律」については上記参照。実際のアタック音をカウントしている。トレモロは含めない。

リズムの変化なし(同じ音価)

  1. 32音がプロコフィエフの《トッカータ》(1912)1小節目にある(最初の音程変化は長2度上行)。これは旋律ではないと言われそうだが、作品全体の冒頭で、無伴奏で、何回も要所に出てくるよ。
    以下に抜粋。次の小節で右手の音程がDからCとEの和音に変化する
    http://www.toroia.info/images/Proko32.png
    • 次点:ハチャトゥリヤンの《剣の舞》で15音(最初の音程変化は長2度下行)。
    • ベートーヴェンの《ヴァルトシュタイン》ソナタ第1楽章の5小節目で14音(最初の音程変化は長2度上行)。

多少なりともリズム変化があるもの(複数の音価が混ざっている)

  1. ペーター・コルネリウスの歌曲《一つの音》第3番の声部が全体をとおして80の同音で構成されている。
    • 次点:ショパンの歌曲《墓場より歌える》(作品74)第17番の50~67小節にかけて、50音。50のうち48が一つのフレーズ(最初の音程変化は短2度上行)。
      以下に抜粋。最上段、ずっとE♭が続く。最初のE♭4の前のフレーズ終りもE♭4。最後の小節でF♭に上行してもなおE♭周囲の狭い音程で続く
      http://www.toroia.info/images/ChopinE-.png
    • コール・ポーターの《昼と夜》には35音。
    • ジョビンの《ワン・ノート・サンバ》には30音(最初の音程変化は4度上行)。タイでつながれている音符が多いので、記譜音はさらに多い。
    • バルトークのピアノソナタ(1926)第2楽章の1小節目に20音(最初の音程変化は長2度下行)。

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Last-modified: 2014-09-14 (日) 03:45:31 (955d)