竜とドラゴン

水神、雷

 ここでは竜や蛇と雷、そして雷と関係する水神としての竜の性質について羅列する。

雷と竜

竜の語源

 中国語やチベット語を含むシナ・チベット語族の祖語に「竜」がある可能性が以前から指摘されている。この説に従うならば、究極的には「竜」という語が意味していたのは「雷」そして「竜」の二義だった、ということになる。

雷とともに上昇する

 後漢代の『論衡』(1世紀[後半?])竜虚第二十二に、竜と雷の直接のつながりを述べた一節がある。
 真夏に雷鳴や落雷が樹木を打ち砕き、家屋を破壊するのを、俗に「天が竜を取る」という。竜は樹木の中や家屋の間に隠れているというのだ。雷が樹木や家屋を破壊すると、竜が外に姿を見せ、竜は雷を取って天に昇るのだという。一般庶民も知識人もこのことを信じている。*1

 『論衡』が主張しようとしているのは竜が天上に昇れる神妙なものではなく動物の一種だということで、いろいろな論拠を挙げつつ、雷との関係については以下のように解釈している。竜と雷との関係は否定しないどころか『易経』に基づいて肯定しているのがこの時代の「科学的」思考の面白いところだ。
 天が雷を落として竜を連れて行くのではなく、竜が雷につれて起き上がり、それにつれて天に昇るのである。『易経』に「雲は竜に伴い、風は虎に伴う」とあるように、雲と竜とは同じ類(るい)なので、気に感じて互いに招きあうのだ。だから雨乞いのときは土製の竜をつくって雲を感応させるのである。真夏に太陽が勝手な振る舞いをすると、雷雨がこれに逆らう。(五行説では)太陽は火であり雷雨は水なので、これがぶつかると雷鳴が起きる。竜が雷鳴を聞くと起き上がり、すると雲のほうも竜と感応して降りてきて、竜のほうは昇っていき、雲に乗る。それを人は天に昇る、天が竜を引き上げるというのだ。*2

少子部スガル

 『日本書紀』雄略紀に、以下のような物語がある。

 雄略天皇が、少子部連(ちいさこべのむらじ)蜾嬴(すがる)に、「私は三諸岳の神の姿を見たいと思う。(この山の神は大物主神とも菟田の墨坂の神ともいわれる) お前は力が強い。自分で行って捉まえて来い」という無理難題をつきつけた。蜾嬴は「行ってまいります」と答えた。そして三諸岳に登り、大蛇を捕らえて、天皇に見せた。天皇は斎戒(ものいみ)をしていなかった。その蛇は雷のように音光を放ち、眼が爛々と輝いた。天皇は畏れ多いと感じ、目を被って直視せず、殿中に逃げ隠れた。蛇は山に返された。それによって、名前を雷(いかづち)とした。*3

隠れキリシタンの神話

 長崎のキリシタン書『天地始之事』は、『創世記』冒頭の神話がかなりヨーロッパ近世伝承に置き換えられた上で伝えられている、日本キリスト教神話である。
 はじめにでうす(神)がいた。でうすは世界を創造し、そしてあんじよ(天使)もまた創造した。七人のあんじよの頭領はじゆすへる(ルキフェル)だった(一部ウェブサイトではじゆすへるも人間であるかのように書かれているが、少なくとも『天地始之事』にはあんじよの頭領だとある)。
 でうすは最後にあだん(アダム)とゑわ(エヴァ)を創造して、夫婦とした。あだんとゑわはころてる(地上)に住み、ちころう、たんほうという男女を産んだ。このころはまだぱらいそ(天国)ところてるの道はつながっており、彼らはでうすを礼拝するため、日々ぱらいそに赴いていた。そんなある日、でうすが留守にしているとき、じゆすへるが「自分はでうすと同じである。我を拝め」と数万のあんじよたちに言った。あんじよたちはじゆすへるに素直に礼拝した。しかしそこにやってきたあだんとゑわはすぐには肯んぜず、「でうすを拝むべし」「じゆすへるをおがみめされ」と言い合っていた。そこにでうすがやってきて、一応事態は収束。でうすは二人に「じゆすへるは拝んでも絶対にまさんの木の実だけは食べるな」と命令し、そして子供たちをつれてきて、名前を、と言った。
 じゆすへるはこの事を聞いて人間たちをだまそうと思い、まさんの木の実を持ってころてるへと急いだ。そしてじゆすへるがゑわに遇うと、ゑわはこのあんじよが持っている不思議なものに興味を引かれた。
 「何しななるや」
 「これはまさん木の実」
 「それは法度の物なると、きゝたるが、たべてもよろしく候や」
 「これをたべ候得ば、みなでうす同然の位になるがゆへに、法度也」
 「さようにて候や」
 「これをたべて此じゆすへるくらいになりともなられよ」
 (ゑわは喜んでおいしそうに食べる)。
 ゑわはあだんにも木の実を渡し、二人で食べた。すると、なぜかそこにでうすが。「それは悪の実なるに」。あら悲しや、あだんもゑわも天の快楽を失って追放されてしまったのである。

 さて、じゆすへるのほうはというと、長い鼻、広い口、鱗の生えた手足、角、という凄まじい姿ででうすの前に畏まった。「ごめんなさいもうしません」。でもでうすは許さず、天上から追放、でも下界には人間たちがいるからお前は「中天」で雷の神となれ、と申し渡したのであった

 この創世記には、エデンの園の蛇が一度も出てこない。そこに出てくるのは反逆天使ルキフェルであり、おそらくは人間の姿をしている。いったい蛇はどこに行ってしまったのだろうか。そのヒントは、おそらくルキフェルが「雷の神」となった、というところにある。ルキフェルと雷のアナロジーといえば『ルカによる福音書』第10章第18節「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた」がすぐに思い出される。しかし、蛇の欠如という点、日本土俗キリスト教という点から考えると、以下のような解釈も成り立つ。まず、上述(の予定)のように、東アジアでは蛇は雷と深い関連を持つとされ、雷は天界と地上をつなぐ重要な意味を持つ現象であった。そして、ルキフェルはダンテのように地獄に落とされているわけでもなく、ミルトンのように宇宙の端に飛ばされてしまったわけでもなく、天界と下界のあいだにある「中天」に落とされた。つまり、『天地始之事』神話において、ルキフェルは神と人間をつなぐ境界に位置づけられる両義的な存在となっているのである。日本民俗における雷神=蛇はまさに境界の存在だった*4。雷神となったルキフェル=蛇という連想が『天地始之事』作者の脳裏に働いていたと考えても、そうおかしな話ではないように思われる。

モンゴルの竜

モンゴル人の間では、竜は雷様だと信じられている。
 まず年の初めに、天の神は竜を、今年は何匹、来年は何匹という風にきちんと数を決めて遣わす。ただ、その数は1匹だったり4匹だったりして一定していない。竜は、自らの影を映すべき雲がないときは登場することが出来ない。また稲妻は竜の尾先にある剣の光である。竜は蛍を食料としているため、蛍が多い夏に雷が多い。
 面白いことに、大勢竜がいる場合は、他の竜が雷を鳴らすかもしれないとして互いに自重しあうのに対し、一匹だけの場合はその責任感から雷を鳴らしまくるのだそうである。だから1匹のときのほうが雷は多い。だから蒙古人は雷の多い年には「ああ、今年は竜は一匹なんだな」という。

余談 ビザンツ時代のドラゴンと雷

 東アジアではとても関係の深い竜や蛇と雷だが、その関係は肯定的なものだった。しかし逆に中世の東ヨーロッパから西アジアにかけてを支配していたビザンツ帝国においては、ドラゴンにとって雷は天敵だった!
 たとえばミカエル・プセロス(1018-1078)は『天象論』のなかで、ドラゴンが雷を恐れるのは、それが彼らを焼き尽くしてしまうからである、と述べている。また11世紀に書かれたケカウメノスの『ストラテギコン』にも、ドラゴンは雷に追いかけられ、そして殺されてしまうということが記されている*5


*1 新釈漢文大系68『論衡 上』p.425-28。
*2 同上、pp.428-442。
*3 岩波文庫版『日本書紀』第3巻、pp.44-45。
*4 赤坂慶三、2002、『境界の発生』、p.72。
*5 Monica White, 2008, The Rise of the Dragon in Middle Byzantine Hagiography, Byzantine and Modern Greek Studies 32.2:151.

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Last-modified: 2009-12-22 (火) 05:09:11 (3636d)