漢字の竜 †伝統的通釈 †最古の漢字辞書『説文解字』には「龍」のところに以下のようにある。 象形。鱗ある生き物の長。暗くしたり明るくしたりでき、小さくなったり大きくなったり、短くなったり長くなったりできる。春分の日に天に昇り、秋分の日に淵に潜る。肉にしたがい飛ぶ形であり、童を省略したのが龍の音である*1。 この「肉」というのは龍という字の月の部分で、右側の部分(旁)が「飛ぶ姿」のこと。童は、文字の左側の「立」が「童」の省略したものであり、龍の音がそれに従うということだが、どうもその意味がはっきりしない。白川静はずばり「童とは何の関係もない」と言っている*2。甲骨文字を見るかぎりこの判断は正しいように思われる。 竜と龍 † 中国や台湾と異なり、日本ではリュウを表すのに竜と龍の二つの文字が使われている。建前上龍は竜の旧字体であり、竜は常用漢字だということになっているのだが、現在、旧字体(正字)を使うという主義の人や中国文学関係の文章を除くと基本的に日本では常用漢字を使うのが慣例になっているのにもかかわらず、リュウについてはなぜか竜ではなく龍のほうが用例が圧倒的に多い。リュウに関する書籍を見てみても、『龍の話』、『龍の百科』、『世界の龍の話』、『アジアの龍蛇』、『龍の棲む日本』、『アジア遊学28 特集:ドラゴン・ナーガ・龍』と龍ばかりである。のみならず他の中国や仏教関連の書籍を見ても龍の表記ばかりだ。数少ない例外として中公文庫の『中国の神話』、『中国の神話伝説』、平凡社ライブラリーの『山海経』などが竜表記なぐらいである(今、手が届く範囲の本を見ただけなのでまだあるとは思う)。 まず、『集韻』(1037)に「竜は龍の古字である」とある(『大漢和辞典』より)。古字というのは文字通り古い字という意味だが、これは単に当時使われなくなっていた字形という意味であって年代的に古いということだけを意味する言葉ではない。 この推測が正しいのかどうか、また「周龍伯戟銘」とは何か分らないが本当に古い字形はなんだったのか、とりあえず甲骨文字から立証されている「リュウ」を見てみることにしよう*4。 ……竜と龍どちらかといえば、竜のほうではないだろうか。それゆえ白川静も『字統』で「竜は龍の初文」(p.912)と書いているのだ。だとすると、そもそもこのリュウは何を表しているのか。 甲骨文字の卜辞にみられる「竜」は、具体的には以下のようなコンテクストにおいて現れている*5。
「邦」という漢字がついていたり「羌」と並列されているところからも推測されるとおり、殷代の卜辞においては、「竜」とは殷とは別の国または地名か部族の名前として使われていたらしい。おそらくその故地は羌と近いところにあり、「伐つ」という表現があるところからして殷と敵対していた存在だった。しかし「竜をして」とあるからには、一時期殷の配下にあって、異民族羌討伐の命が下されることもあったらしい。 ・龎、龔の甲骨文字(以下続く……) |