竜とドラゴン

王家の始祖としての竜

 中国では、竜は皇帝の象徴であった。そして、中国文化の影響を多大に受けた周辺諸王朝では、王統をさかのぼると竜やそれに類似した存在に行き着くとされる例が多く見られる。

 安南では、最初の王はロン・クアーン「竜王」と呼ばれる。また、インドネシアのサン・フォ・ツイの王はロン・ツィン「ナーガの精(霊/液)」である。
 インドネシア、チャンパー、ペグー、シャム王朝では、水の精霊たるナーギ(ナーガの女性形)がバラモンと結婚し、王朝を創始した。
 パラウンの伝説では、ナーギの一人トゥサンディが太陽の息子と結婚し、3人の息子を産んだ。一人は中国の皇帝に、一人はパラウンの王に、一人はパガンの王となった。
 また、ソウランの王はガラスの箱に入って海底に降りていき、そこの住人に歓待され、王の娘と結婚した。

 以下のヴェトナムにしても日本にしても、竜族側がいずれも女性であるというのは興味深い。もしかすると、もっと根本的なものとして、男性-文化、女性-自然というクロード・レヴィ=ストロースの主張する神話的二項対立に由来する構造があるのかもしれない(メリュジーヌもこの流れの中に位置づけられるだろう。ただし漢の高祖やアレクサンドロス大王、アウグストゥスのように逆の事例も存在する。王族を離れるなら日本にも、男性=蛇と女性=人の神話?が見られる)。

ヴェトナム

 ヴェトナムの建国伝説にも竜(♀)が登場する。
 ここでは『大越史記全書外紀』巻一の鴻厖紀から炎帝神農氏に始まり百越に至る系図のあらすじを書くことにする。

 神農氏は言わずとしれた中国古代の神話的な帝王である。その三代の孫にあたる帝・明が、帝・宜を産んだ。その後、明は南方に遊んで五嶺(今でいうところの中国南部にある、長江流域と珠江流域の分水嶺)に至り、そこで出会った婺僊(ぶせん: 「婺」は星の名前、僊は仙人のこと)との間に涇陽王を産んだ。この王というのがとても優れていたために、明は先に生まれた宜を差しおいて弟である王を自らの後嗣にしようと考えた。しかし、王は頑なに王位を拒否し、その地位を兄の宜に譲った。明はしかたなく宜に北方を治めさせ、弟のほうは涇陽王として封じ、南方を治めさせた。王の国は赤鬼国と呼ばれた。
 涇陽王は洞庭君の娘である神竜を娶って貉竜君を産んだ。貉竜君は帝来の娘である嫗姫を娶り、百の男児を産んだ。これが百越の祖先である。俗説では百卵であるという。
 しかしある日、貉竜君が嫗姫に向かい「私は竜種だがお前は僊種、水と火は互いに相容れないものである」といって別れた。100の子供のうち50は母とともに山のほうへ、ほかの50は父とともに南に行った*1
 ベトナム伝説や神話には、これに限らず「山/水-海」、あるいは「火/水」といった対立が多く見られる。そのうち「水」を代表するのが水の精霊だったり、竜や竜の一族だったりするわけである。


*1 松本信広『ベトナム民族小史』pp.10-11。

トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-01-26 (土) 18:45:18 (4826d)