竜とドラゴン

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竜、九子を生む

 に九の子がいる、という伝説は古くからあったが、具体的なそれぞれの子供の名前や性質などについての伝説や説明は存在していなかった。それが明(1368-1644)の時代になって、いくつかの書物の中に「竜生九子」のリストが現れるようになる。以下に紹介するのはそれが記された原典、個々の「子」たちの具体的な伝説や意味についてである。

諸橋大漢和の説

 「竜生九子」は漢字熟語である。漢字熟語といえば当然真っ先に引くべきは諸橋大漢和辞典だ。この辞典に引用されている『升庵外集』(著者の楊慎は1488-1559)には、以下のように紹介されている(読みは後述)。

 俗に、竜には九の子があり、竜には成れなかったが、それぞれ好むところがあった*1

  1. 贔屓は重いものを背負うのを好み、今は碑の下の足がこれである。亀に似る。
  2. 螭吻は遠くを望むことを好み、今は屋上の獣頭がこれである。獣に似る。
  3. 蒲牢は吼えるのを好み、今は鐘の上の紐がこれである。竜に似るが小さい。
  4. 狴犴は力が強大で、そのため獄門に立っている。トラに似る。
  5. 饕餮は飲食を好み、今は鼎のフタに立っている。
  6. 𧈢𧏡は水を好み、そのため橋の柱に立っている。
  7. 睚眦は殺すのを好み、そのため刀の環に立っている。
  8. 狻猊は煙や火を好み、そのため香炉に立っている。あるいは金猊。獅子に似る。
  9. 椒図は閉じるのを好み、そのため門の鋪に立っている。螺蚌に似る。

 実は『升庵外集』には姿のことが書かれていなかったので、その分だけは同じく諸橋に引かれていた『天録識餘』から追加した*2。それぞれの行の2文目がそれである。
 率直なところ、これだけ見ると「竜生九子」が何のことかよくわからない。なぜ竜の子が刀の環とか鐘の上とか、橋の柱に立っているんだろう? という疑問がわく。現実にはそんなところに竜の子が立っているわけがないし、たとえ現実の動物だとしても立っているだけのわけがない。もしそこに何かがあるのだとすれば、それは単に竜やそのほかの動物をモチーフにした彫刻や図案でしかないだろう。このように考えてくると、「竜生九子」とは、中国伝統の建築や美術意匠における「竜のようなデザイン」を「竜ではないが竜の子」として整理し、紹介しているだけなのではないかという考えが思い浮かんでくる。そもそも個々の名称を見てみても、これら九子は神話伝説にはめったに出てこないようだし、その他の文脈で聖獣として紹介されていることもほとんどない。饕餮だけは誰でも知っているし例外的に古代神話に登場するが、これとておそらくは青銅器時代の「饕餮文」というデザインモチーフのほうが古くからあったのだろうし、知名度も高かった。九子として紹介されている饕餮はもはや神話上の饕餮ではなく「饕餮文」として意匠化された饕餮の「再-獣化」ではないか……とさえ思えてくる。
 もしかしたらヨーロッパにおけるグリロスやガーゴイルのように、モチーフはそのあたりにいる動物や事物ではないのだが、かといって由緒正しい怪物伝承を持つわけでもない……そういうあいまいな境界的事例なのかもしれない。

諸橋大漢和の引用ミス?

 なお、2002年に出版された『楊升庵叢書』第2巻の『楊子巵言』巻六にも「竜生九子」の文が掲載されているのだが*3、どういうわけか『諸橋大漢和』とは異なり、序文がやや長めなことを除くと『天禄識餘』とほぼ同文である。諸橋版の升庵の文は、ざっとみると『叢書』本に掲載されているものをリダクションしたもののようにみえる。省略するだけならいいのだが、だとしても「何々の形に似る」というところを省略しておいて『天禄』の該当部分は省略しない、というのは解せない。
 さらにややこしいことに、東ゆみ子氏のウェブサイト(ブログ)の「増刷のお知らせと大きな亀」『外集』の該当部分が和綴じ本の写真でアップロードされているのだが、これはこれで『大漢和』や『叢書』と違うのだなあ。
 もしかして、日本伝来の版本と中国の版本に差異があるのかもしれない。

その他の説

菽園雑記

以下は『菽園雑記』(明の陸容撰)の説*4。「古い諸器物には、いろいろな別名がある」とだけしていて、「竜生九子」とはどこにも書かれていない。陸容は1436生1494歿と楊慎(1488-1559)よりも半世紀以上前の人なので、おそらく彼の伝えるところのほうが古い、というか原典に近いのだと思われる。

  1. 屭贔
  2. 螭吻
  3. 徒牢
  4. 憲章
  5. 饕餮
  6. 蟋蜴
  7. 䘎𧊲
  8. 螭虎
  9. 金猊
  10. 椒図
  11. 虭蛥
  12. 鰲魚
  13. 獣𧉚
  14. 金吾

 九子どころか13も紹介されている。出典は『山海経』や『博物志』だとする。
 陸容は興味深いことを述べていて曰く、私はかつてある民家に寄ったとき雑録があり、そこにこれがあったから記録した。詞曲に「門に四馬車を迎える、戸に八の椒図が列なる」とあるのはこの意なのだろう。でも、『山海経』や『博物志』が出典であるというが、探してみても載っていない。『山海経』は14、15巻がもとから失われているが、『博物志』も今の流布本に同じところがない。出典は正直なところ不明なのか?と言っている。
 このあたりが九子説の現存する最古の出典だとするならば、最初のほうで私の考えた「九子は単なる意匠のリスト」説が断然有力になってくる。なんとなれば陸容は「古い色んな器物の別名」としてこれらの名前を紹介しているからだ。
 ただし、「すべてがすべて……」というわけではないことにも留意しておく必要がある。饕餮や鰲魚はれっきとした動物の名称である。いや、正確に言うならば動物の名称でもあり同時に意匠の名称でもある、ということになるだろう。それに『山海経』を出典としている(おそらく偽りだろう)ともあり、現存する『山海経』に器物の説明がみえず専ら動物の説明ばかりされているところから考えるとこれらの名称が動物と認識すべきものと視点が制限されていくのは自然の成り行きだ。そもそも「何々が好きだからどこどこにいる」などという原因論的(etiological)な説明をあえて単なる器物に付すとも考えにくい。もちろん、ある動物が殺すのが好きだからって刀の環にはまっているわけがなく、シンボルとしての動物(シニフィアン)がどのように「指示されるもの」(シニフィエ)と結びついたのか、を説明する必要(言語化する要請)が生じてきた時代に生み出されたものなのだと思われる。純粋な器物名までリストに入っているのは、やたら「原因」の時代に話を訴求させようとしてしまった結果、名称の変遷などを無視してしまったことによるのだと思われる。
 こういった中途半端ともいえるモノゴトの属性の重なり合いの中で、徐々にリスト中の名称認識がすべて「動物」へとシフトしていった、というのが「竜生九子説」生成の発端だったんだろう。

潜確類書

 荒俣宏の紹介しているところによると、陳仁錫の『潜確類書』には以下の九が紹介されている*5

  1. 蒲牢
  2. 囚牛
  3. 贔屓
  4. 霸下
  5. 嘲風
  6. 蚩吻
  7. 狻猊
  8. 睚眦
  9. 狴犴

懐麓堂集

 『懐麓堂集』巻七十二(明の李東陽撰)の説*6。「竜生九子を記す」とある。

  1. 囚牛
  2. 睚眦
  3. 嘲風
  4. 蒲牢
  5. 狻猊
  6. 覇上(誤字?)
  7. 狴犴
  8. 贔屭
  9. 蚩吻

山堂肆考

明代の類書『山堂肆考』(彭大翼・撰)巻二百二十三より*7。「竜の生む子は九の種あり。それぞれ好むところあり」とある。

  1. 狴犴
  2. 覇下
  3. 贔屭
  4. 嘲風
  5. 睚眦
  6. 螭吻
  7. 蒲牢
  8. 囚牛
  9. 狻猊

和漢三才図会

 日本では、寺島良安の『和漢三才図会』(1712)巻第四十五「竜蛇部」*8に竜生九子が紹介されている。

  1. 蒲牢
  2. 囚牛
  3. 蚩吻
  4. 嘲風
  5. 睚眦
  6. 贔屭(きき)
  7. 狴犴
  8. 狻猊
  9. 覇下

 寺島は「これらの語は近世に伝わったもので、その出所はまだ究めていない」と言っている。なるほどその通りである。さらに「まだ竜の子と言われるものはいる」として、

  • 憲章
  • 饕餮
  • 蟋蜴
  • 𧖣𧊲
  • 螭虎
  • 金猊
  • 椒図
  • 虭蛥
  • 鰲魚
  • 金吾

を紹介している。並び順からして『菽園雑記』か、その引用を参考にしたものと思われる。

五雑組

……と思っていたら、感想を含めて『五雑組』の引用だった。この引用自体は『菽園雑記』によるものだろう。

Wikipedia日本語版の説

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%9F%E4%B9%9D%E5%AD%90 (龍生九子)

  • 麒麟
  • 螭首
  • 望天吼
  • 貔貅

を竜の子とする文献もあるらしい。たぶん何かの書籍が出典なのだろうけど、まだ確認していない。ただし「竜生九子」と単なる「竜の子」が異なるのは上記のとおり。

個々の特徴

以上の「子たち」について、できることなら九子説以外の出典を探ろうと思う。うえのほうでは文句を言ったがそれでも漢字熟語なら『大漢和』ということで、上記の「子たち」はほぼ掲載されていたので、ここに載せてみる。

書き直し中 work in progress

贔屭(ひき)

 ヒイキではない。贔屓とも書く。  『集韻』によれば、贔は贔屭または鼇のこと。鼇は大きな亀のこと。一説には雌の鼇を贔という*9

螭吻(ちふん)

徒牢(とろう)

 『菽園雑記』のみにあり。おそらく蒲牢の間違い。

憲章(けんしょう)

 国連「憲章」とかではないだろう。動物(?)、器物の名称としては『菽園雑記』のみにあり。

饕餮(とうてつ)

 説明不要。

蟋蜴(しつえき)

 『大漢和』は『菽園雑記』のみ例に出し、「刀柄の飾にする獣形」と説明する*10

䘎𧊲(わんせん)

 「䘎」のみだと、虫のこと(『玉篇』による)。䗡䘎で、「虫の曲り息ふさま」(『集韻』)*11。『大漢和』は𧖣𧊲の字形を出すが、「音未詳」という。『字彙補』の「竜の一種である」という説明を引くが、これは『菽園雑記』の引用である*12

螭虎(ちこ)

 「螭と虎」という意味もあるが、『正字通』によればトカゲのことらしい。「蜥、壁虎をまた螭虎と呼ぶ」*13

金猊(きんげい)

 金の獅子型の香炉のこと。『大漢和』は色々と事例を引いているが、たとえば『事物異名録』「器用 香炉」は「金猊、……は皆、香を焚く器なり」と明記している*14

椒図(しょうず)

 「椒図」よりも「八椒図」のほうが古いようだ。『大漢和』は「はっしょうのず」と読み下し、「銅鐶獣」である、としている。「銅鐶獣」とは何か説明がない。「官署の門扉に設ける」とあり、王実甫(元代の人)の『西廂記』から「戸に著す八椒図の列」というのを引いている*15

虭蛥(ちょうせつ)

 虫の名であるとする。引くのは『字彙補』だが、これは『菽園雑記』の引用である。また『博物志』から「虭蛥は、その形を竜に象るが小さく、性は険を好み、ゆえに護朽の上に立つ」と引いている*16。ただし『博物志』を読んでも見つからなかった(『菽園雑記』にもそう書いてある)。

鰲魚(ごうぎょ)

 「鰲」は「鼇」の俗字であると書いているので*17「鼇」を引くと、鼇魚がある。意味は「すっぽん」。趙與時の『觴政述』(宋代)より、「釣鼇図一巻、作者は知らず、木に刻み鼇魚の属となす」と引いている*18

獣𧉚(じゅう?)

金吾(きんご)

 不祥(凶事)を避ける鳥の名、とある。漢代にこの鳥の名を取って「執金吾」の官を置いたらしい。『漢書』の百官公卿表から武帝の太初元年に執金吾を置いたという記事を引き、そしてその注釈として「師古曰く、金吾は鳥の名なり、不祥を辟けるを主り、……」を引いている*19。器物ではなく職務が金吾に肖った感じだ。

蒲牢(ほろう)

 海獣の名。班固の『東都賦』「鯨魚の発する華鐘の鏗」注として蒲牢は鯨を恐れ、襲われると大声で鳴き叫ぶ。それゆえ、鐘に大きい音が欲しいときは、蒲牢の形を鐘の上に設ける、と引用する。転じて、鐘の異名だともする*20

𧈢𧏡(はか)

 あるいは霸下。霸下参照。

霸下(はか)

 𧈢𧏡も霸下も、どちらも「はか」。蚣𧏡の表記もある、とする。獣の名称。諸橋には引用がなかったが、陳懋仁の『庶物異名疏』に記述があるようだ*21

睚眦(がいさい)

 「睚」は、それだけだと「にらむこと」という意味がある。「眦」も「まなじり」とかそういう意味。これを組み合わせた「睚眦」には「目を怒らす。にらむ」という意味があり、『大漢和』は『史記』や『広雅』を引いている。由緒正しい用例のようだ。第二義に「竜の子」を挙げるが、引用されているのは『升庵外集』と『玉芝堂談薈』で、後者は『懐麓堂集』の引用*22

狻猊(しゅんげい)

 「狻」だけでも「獅子」の意味がある、と『説文解字』や『爾雅』を引いている。狻猊もまた獅子の一種だが、いろいろと怪物的な要素がある。1日に500里走るだとか(『玉篇』『穆天子伝』一)、虎や豹を食う(『穆天子伝』一への注)とか。ただし竜の子としている文献は『升庵外集』を引いているのみ*23


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『三才図会』より、狻猊。

蚩吻(しふん)

 鴟吻に同じ、とあり、『懐麓堂集』を引いている*24

螭首(ちしゅ)

 文字通り螭(竜の一種)の首という意味になると思われる。『大漢和』も「彫刻の飾、鐘鼎、……などに刻したミヅチの形をいう。きぼしの類」としている。引用は『唐書』「百官志」など*25。これなど、どう考えても意匠の名称である。

望天吼(ぼうてんこう)

貔貅(ひきゅう)

 「貔」単独で猛獣の名、豹の仲間、とある。「貔貅」でもまた猛獣の名称。虎か熊に似た動物であるという。古代はこの動物を馴らして戦場に用いたともある。『史記』「五帝紀」より「軒轅[黄帝のこと]は熊、羆、貔貅、貙を教え、もって炎帝と阪泉の野で戦った」*26。竜の子という記述はまったくない。

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『礼器図』(清・欽定礼記義疏附録礼器図五巻)巻三より*27。『礼記』巻一「曲礼上」によると、「(車の)進行方向に摯獣があれば貔貅をこのように載せる」という*28

囚牛(しゅうぎゅう)

 九子説しか取り上げていない。引用しているのは『懐麓堂集』と『淵鑑類函』(これは『潜確類書』の引用)のみ*29

嘲風(ちょうふう)

 九子説しか取り上げていない。引用しているのは『懐麓堂集』と『淵鑑類函』(これは『潜確類書』の引用)のみ*30

狴犴(へいかん)

 2つ意味がある。一つは獣で、もう一つは監獄。『広韻』には「狴、または狴犴は、獣なり」とあるが、『集韻』には「狴、狴犴は獄の名」とある。ほかに『潜確類書』などから九子説を引いている。さらに『法言』「吾子」には「剣客論曰、剣可以愛身、曰、狴犴使人多礼乎」とあり、宋咸注に「牢獄は狴犴」とある。『風俗通』「窮通」も同じく「牢獄は狴犴」とある*31。もとが動物か監獄名なのか微妙なところだ。

 http://www.zdic.net/zd/zi/ZdicE7Zdic8BZdicB4.htmを見ると、明代の『封神演義』には「王魔」の騎乗獣として狴犴が現れているらしい。『康煕字典』の引く『玉篇』には「獣の名」とあり、『広韻』も「また、牢なり」と書いている。

 http://www.zdic.net/zd/zi/ZdicE7Zdic8AZdicB4.htmを見ると、犴は単独では野犬という意味らしい(『説文解字』、『字林』)。ただし『荀子』「宥坐」は監獄の意味で使っている。

集計

というわけで、九子説を唱える出典以外には、あきらかに「元来、動物の種類として」九子を解説しているものが少ないことに気づく。贔屓、狻猊、狴犴、𧈢𧏡(?情報量が少ない)、あとは蒲牢がぎりぎりといったところで、他は装飾としての説明がセットになっているか、あるいは鴟吻や睚眦のように元来別物だったように思えるもの、金猊のように明らかに装飾に与えられた名称と思えるものばかりである。しかも九子説の文献以外、どれ一つとして竜の子であるという解説はない。ただ一つ、蒲牢は俗に竜頭ともいうそうで(時計のリュウズのこと)、そのあたりに関連性がないわけではない。


*1 『大漢和辞典』12巻、p. 1128。
*2 Ibid.
*3 天地出版社、p. 771。探すのに苦労しました。また1968年出版の國學基本叢書に収められた『升菴全集』の八十一巻(p. 1087)も同じ。
*4 『景印文淵閣四庫全書』第一〇四一册、p. 245; 元明史料筆記叢刊『菽園雜記』、中華書局(1935/85)、pp. 17-18。varia lectioなし。
*5 『怪物の友』pp. 156-57。
*6 『景印文淵閣四庫全書』第一二五〇册、p. 760-61。
*7 『景印文淵閣四庫全書』第九七八册(子部二八四)、p. 425。
*8 平凡社東洋文庫、第7巻、p. 7。
*9 『大漢和』10巻87ページ。
*10 『大漢和』10巻85ページ。
*11 『大漢和』10巻128ページ。
*12 『大漢和』10巻128ページ。
*13 『大漢和』10巻78ページ。
*14 『大漢和』11巻457ページ。
*15 『大漢和』第2巻24ページ。
*16 『大漢和』10巻1ページ。
*17 『大漢和』12巻765ページ。
*18 『大漢和』12巻1046ページ。
*19 『大漢和』11巻458ページ。
*20 『大漢和』9巻830ページ。
*21 『大漢和』12巻80ぺじ。
*22 『大漢和』8巻229ページ。
*23 『大漢和』7巻702ページ
*24 『大漢和』ページ忘れた
*25 『大漢和』10巻78ページ。
*26 『大漢和』10巻691ページ。
*27 「禮器圖 卷三」pp. 24-25、『漢文大系 第十七巻』(冨山房、1976)。
*28 「禮記卷一」p. 19、ibid.
*29 『大漢和』3巻1ページ。
*30 『大漢和』3巻1126ページ。
*31 『大漢和』7巻699ページ。

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Last-modified: 2008-01-17 (木) 18:31:23 (4838d)