ケルトの蛇の怪物 † 隣り合うゲルマン人の神話伝説では戦闘神トールと戦うミズガルズオルムやシグルズに殺されるファーヴニルやベーオウルフのドラゴンなどのようにドラゴンや蛇の怪物が重要な位置を占めているのだが、ケルト神話では、もともと神話がゲルマンに比較して残っていなかったという理由もあるが、あまり重要な存在ではない(ウェールズのドラゴンは例外である)。キャサリン・ブリッグズもこう言っている。「アイルランドの妖精物語や英雄伝説には、奇妙にもドラゴンやワームがあまり出てこない。敵役となるのは主として巨人――これは非常に多い――と妖婆ハッグである」*1。 蛇 †スメルトリウスの神話 † スメルトリウス(Smertrius)またはスメルトリオスは、古代ケルトの神々のうちの一柱である。彼の名前はガリアと北イタリア、オーストリアにあるいくつかの碑文から見つかっている。また、その語根*smer-から派生した人名はガリア、ブリテン島、さらにガラテア(小アジア)にまで広まっていた。*smer-はおそらく「守護」「神慮」といった意味であったと考えられている。ただし、ほとんどすべての古代ケルトの神々と同じように、スメルトリウスがどんな神さまだったのか、どのような神話で活躍するのか、どんな人々に信仰されていたのか、についてのはっきりとした具体的な情報はまったく見つかっていない。 聖コルンバとネス川の怪物 † 日本語のネットを検索してみると、ネッシーの最古の記録は565年にアダムセンが書いた聖コロンバ伝にある、とされている。中世初期だ。スコットランドやブリテン島を見渡してみてもきわめて古い部類に入る文献である。これだけ古くからネッシーについての目撃証言があるのだから、ネッシーがそこにいたとしてもおかしくはない……というのがポジティプな人の考え方である。 人々は、川を泳いでいる最中に怪物に咬みつかれて殺された男の死体を埋葬していた。聖コルンバはそこで対岸にある漁船を持ってこようとして、従者のうちの一人であるルグネ・モクミン(Lugne Mocmin)に取ってくるように言った。彼は川に飛び込み、船のところまで泳いでいった。 以上がネス川の怪物と聖コロンバの対決であり、ネッシーが知られるようになる前からケルトのドラゴン伝説としてはかなり有名な部類に入る物語だった。ただしどこにもドラゴンであるとか蛇の怪物であるとかは、書かれていない。そもそもスコットランドには蛇型の怪物よりもけるピーのような水馬、水牛の怪物のほうがよく知られているので、ネス川の怪物を単純にドラゴンと言っていいのかは疑問である(「怪物」がいた、というのにかわりはないが)。もちろん人間を食べられるほど大きな牙を持っている馬や牛というのは考えにくいことなので、蛇型の怪物であると考えるのも無理がない話ではあるが。 英雄フィンと怪物 †蛇のような人物 †メヘ †あまりはっきりと「蛇」といえるわけではないが、体の中に蛇の要素をもつ怪物がアイルランドの伝説に現れる。 『レンヌの地誌史』(Renne Dindsenchas**6)第13節によれば、ほかの印欧語族の英雄と同様に、マク・ケーフトも三重&蛇の特徴を持つ怪物と戦った。 モリーガンの息子メヘ(またはメヒMechi*7)は、フェルターグの原にいて、三つの心臓を持っており、それらは三つの蛇が交差した形であった。マク・ケーフトがバロウ川でこの怪物を殺さなければ、蛇たちは大きくなり、アイルランドの人々を滅ぼしていただろう。メヘの死後マク・ケーフトはこの危険な蛇心臓を燃やして灰にして、その灰を川に投げ込んだ。すると川は沸騰しだして、すべての魚が死んだ。 神話学者のジョルジュ・デュメジルは、この怪物のよくわからない「三つの蛇心臓」の背後に、北欧の巨人であるフルングニル(心臓に3つの角がある)を、さらにインドのトリシラス-ヴリトラ(3つの頭と蛇)、イランのアジ・ダハーカ(3つの頭の蛇)、ローマのクリティアス3兄弟、ギリシアのゲーリュオーン(3つの体、蛇髪メドゥーサの孫)などとの対応を想定している。 |