竜とドラゴン

7つの頭の大蛇と、それを退治する英雄たち

数の聖性

 「数」、とくに自然数というものは各地の文化でさまざまな意味が与えられ、その数によって社会の根本が決定され、それによって社会が運営されることも珍しくなかった。もっとも広く知られているのは10で、それはおそらくモノを数えるときに使う人間の指(それぞれの指は、体のほかのあいまいな目印と違って非常にはっきりと区別できる)の数が大抵の場合10であったことに由来する。神話のなかでの機能からすると、日本では8が重要視される。インド・ヨーロッパ語族だと3であり、社会階層は支配者・戦士・生産者の3つに分類され、神々や神話もこの3という数によって説明できるものが多い。アリゾナからメキシコにかけての諸民族*1は世界の方位としての4という数字を大切なものだと考えていた。2は非常に単純な数字なので、実質的にはどんな場合にも現れる。だから、どの文化で2という数字が重要視されていたか、というのを判断するのは不可能に近い。構造主義者のレヴィ=ストロースは、人類の神話の根源に二項対立があると考えた。
そのほかにも9だとか6だとか13だとか49だとか72だとか100だとか色々あるが、メソポタミアでは7が神聖な数字だった。その理由はいろいろ考えられるが、確実に先史時代にまでさかのぼれる思想なので、どれをとっても完全に確実なものではない。もっとも受け入れられている説明は、月の周期が約28日であり、素因数分解した結果得られる2と7という数字のうち、7を時間的な周期として選び、それがほかのものへと広がっていったというものである。他にも、数学っぽく、1桁で最大の素数が7であるとか、3+4が7であるとか、いろいろな理由が考えられる。
 とにかくメソポタミアでは7が神聖な数字だった。7つの「メ」、7人の賢者、7種の悪霊、冥界の7つの門、天の7つの層など、世界観や集団の数にその思考がはっきりと現れている。この7を聖なる数字だとする考えが、シュメールに由来するものなのか、先史時代の原セム族に由来するものなのかを決めるのも難しい。セム系宗教であるユダヤ教では神が7日で世界を創造したから7は神聖なのだといわれているし、(非セム語の)エジプトでも多くの数字が神聖なものと関連しているが、7もまた重視された。


シュメールの七頭蛇

 それが直接の理由かどうかはわからないが、シュメール時代からアッカド時代にかけて(前29~22世紀ごろ)つくられた円筒印章や陶器などには、7つの頭を持った怪物が描かれている。

 円筒印章に彫られているのは、複数の人物などが書き込まれているときは、何らかの神話的な物語の場面を描いたものだと考えられている。この7頭の怪物もおそらくそのような神話に現れていたのだろうけど、今のところ、円筒印章に彫られているのとぴったり一致する神話が書かれた粘土板は発見されていない(しかし、15世紀以上時代を下ったバルカン半島には、かなり似ている神話がある)。

図その1

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 印章のほうでは、怪物は蛇のように胴体が細長く、そこからダックスフンドのように短い脚が4本生えている。肩のところからは長い首が伸び、さらにその首から6本の長い首が生えている。これら7本の首のうち上3つは斜め上をむいており、そして口から、先の割れた舌を突き出している。首の先についている頭は蛇のものである。しかし下4つは生命力が失われており、斜め下に首が倒れうなだれている。また、先の割れた舌も突き出されてはいない。背中からは、非常に長い背びれのようなものが6本生えている。不思議なことに(?)、尾は生えていない。  戦っているのは2人の神々である(神々であるとわかるのは、角が生えた冠をかぶっているから)。彼らは槍をもち、怪物の前後からそれを突き刺している。

図その2

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 別の陶器片には、また違った形の7頭の蛇が描かれている。その蛇はとぐろをまいており、尻尾は一つ。しかし、頭がきれいに7つに分かれている。そしてそのうち2つは切断されているように見えるが、詳しい情景は省かれていて、よくわからない。

図その3

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 ほかの彫刻では、首が長い、脚が生えているなどの点では最初に紹介した印章とよく似ているが、頭が猫科の動物になっている、というものがある(首が長い猫科の動物はエジプトのナルメルのパレットにあるものが知られているが、これととてもそっくりなのがムシュフシュである)。この彫刻でも首の一部が倒れており、英雄が対峙している。怪物の下半身から先が欠けていて、印章のように下半身のほうを攻撃している英雄がいるかどうかはわからない。

ムシュマッフ

 後の時代の文書から、この怪物がムシュマッフ(アッカド語。シュメール語でムシュマフ)と呼ばれていたことがわかる。「ムシュマフ」というのは「巨大な蛇」だという意味。
 ムシュマフは、シュメール時代は、戦闘神ニヌルタ、または同一視されるニンギルスに敵対する存在のうちの一種だった。この戦闘神の怪物リストに載っている怪物たちは、退治され、神々の神殿に魔よけとして貼り付けられる。しかし、ムシュマフは、アッカド時代以降、ほとんど美術上表現されることがなくなった。全体的にバランスが悪かったのか、メソポタミア人芸術家の気性にあわなかったのか、気味悪がられたのか、とにかく7頭の蛇はマイナーな存在だったらしい。そもそもメソポタミアでは頭が多すぎる怪物はあまり人気がなくて、シュメール時代にはシェグサグアシュ、直訳して6頭の羊という怪物がいたらしいけど、未だにそれを彫ったものは発見されていないし、アッカド時代以降の証拠もない。
 エヌマ・エリシュでは、ムシュマッフはティアマトの創造した怪物の筆頭に上げられ、常にその恐ろしさを語られている。でも、ほかの怪物と同じく、ムシュマッフもとくに活躍する場面はないし、ムシュフシュと違って神々の神殿に飾られた形跡もない。
 ニンギルスの持つ武器のうちのひとつは「ムシュマフのようであり、杉の山からわき出でる雲の水のようだ」と表現されている(ヤマタノオロチにも似たような表現がされている)。この表現の意味するところは微妙である。多頭蛇が水と関連して想像されていたというのは理解できるが、いったいどのような武器をニンギルスが持っていたのだろう? ギリシアの海神ポセイドンは三叉鉾を持っていたが、ニンギルスは七又鉾を持っていたのか? それとも、単に武器にムシュマフが彫刻されていただけなのだろうか? 神殿ではなく、武器に彫刻されたということなのか?


メソポタミア以外の七頭蛇

 メソポタミアでは不人気だった七頭の蛇だが、地中海側へ西へと進んだシリアでは、神の主要な敵である海の怪物として再び現れる。ウガリトでは、リタンが七頭の蛇だと想像されていて、一部の現代の学者によれば、ヤムそのものが七頭の蛇でさえあるという。ヘブライではレヴィアタンが七頭の蛇と表現されるときは、必ずヤハウェに倒されるときである。
 レヴィアタンの伝統は新約聖書にまで引き続き、黙示録ではサタンのこと?として現代にまで言い伝えられている悪魔の代表と変化するのである。

 エジプトにも七頭の蛇がいたが、これはエジプトで書かれたらしいグノーシス主義文書『ピスティス・ソフィア』にも影響を与えているという。

 頭の数は7ではないが、古代ギリシア神話では、ヒュドラという多頭蛇。ヒュドラは固有名詞ではなく「水蛇」といった意味。ヘラクレスはこのヒュドラを退治しなければならないが、何度でも再生する首に立ち向かうため、甥のイオラオスの助けを借りる。
 この神話、上記のシュメール円筒印章に描かれた状況と重ねて読むと、その一致点があるのは面白いと思う。何よりも英雄が2人で多頭蛇を退治するのである。その蛇ムシュマフは、確実に水と関係している。時代的にも地理的にも非常に離れているはずのシュメールとギリシアで、このように共通した蛇退治物語が伝えられていたらしいのである。


*1 アステカ、プエブロ諸族など。これらはユト・アステカ語族に属し、たとえばホピ語は北部ユト・アステカ諸語に属し、アステカの言語は南部ユト・アステカ諸語のアステカ語群、ナワトル語である。

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Last-modified: 2008-01-20 (日) 19:01:36 (4294d)