竜とドラゴン

ウェールズのドラゴン

 ウェールズはブリテン島南西部にある地域である。イギリス(連合王国)の中心であるイングランドに隣接してはいるが、民族的にはウェールズ人、あるいは自称カムリと言い、イングランド人やスコットランド人、アイルランド人などとは区別されて認識されている。サッカー協会も独立して存在している。現在の公用語は英語とウェールズ語で、住民全てが英語話者、ほんの数割がウェールズ語話者であるとされる。ウェールズ語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属すので、ウェールズは言語的観点から見るとケルトであるということができる。また、アーサー王伝説やマビノギオンはウェールズが中心となった神話伝説群である。
 そのウェールズの国旗が「赤いドラゴンとネギ」である。
 参考:Googleのイメージ検索
 この国旗自体は20世紀になって公式に作成されたものだが、ウェールズにおける「赤いドラゴン」伝説の年代自体はかなり遡ることができる。

赤いドラゴンと白いドラゴン

 モンマスのジェフリーが著した『ブリテン王国史』(Historia Regum Britanniae)には、この「赤いドラゴン」が人々の目の前に現れ、そして若きマーリンが「これはブリトン人の象徴である」と予言した、云々という物語が入っている。

 いろんな事情があって、ヴォーティゲルン(Vortigern)王はスノードンのディナス・エムリスに城を建てることにした。そして石工を集めて壁を作り始めたが、いつまで経っても完成の目処はたたなかった。というのも、昼に建てたはずの部分が、夜になると崩されてしまっていたからである。ヴォーティゲルンは12人の賢者を呼び出し、策を練らせた。
 彼らは「どうせ城は完成しない。しかしそれについて我々が責を追うのは避けたい。見つけることの不可能なものの探索を要求すればいいのではないか」「それって、たとえば父親が存在しない息子とか?」と話し合い、「もし父親のいない男児の血をモルタルに混ぜれば、城は完成する」と王に進言した。
 王の使者たちは国中を探し回ったが、そういう男の子が簡単に見つかるはずもない。あるとき、使者の一人がカエル・ヴィルジンで「だまれ、おまえは父なし子ではないか」と罵倒されている少年をみつけた。そこで彼はその少年と少年の母親をヴォーティゲルンのもとに連れて行った。~
 王は母親に、少年の出生について正した。誰が息子の父親なのか、と。それに対して母は、
 「知りません。私は幼い頃に尼僧になりました[だから処女]。ある夜シスターたちと一緒に寝ていると、夢の中で若い男に抱かれました。それから身ごもり、男の子を生んだのです」
 男の子は王に近づいていってこう尋ねた。
 「王さま。どうして私と私の母が王さまの前に紹介されたのですか?」
 「賢者たちが私に、父親のない男の子を探し、その男の血を使えば城が建つことになると言ったからだ」
 「その賢者たちを私の前に呼んできてくれませんか? それが嘘だって言いますから」
 王は非常に驚いたが、とりあえず賢者たちを呼び寄せて男の子の目の前に座らせた。
 「あなたたちは何が塔[岩瀬訳では灯心草(イグサ)となっているが、いかに?]の下に隠れているかを知らないから、それができれば建つかのように、モルタルに私の血なんかを混ぜるように言ったのでしょう。それとも、今すぐに塔の下に何があるか、教えてくれますか? そこにある何かが建立の妨げになっているのですからね」
 賢者たちは恐れ、何も答えることができなかった。それから男の子は
 「陛下、作業者たちに、地面を掘らせるようにご命令ください。そうすれば基礎が沈む原因になっている池を発見なさるでしょう」
 確かに地面を掘ってみると、深い地下に池が見つかった。男の子は再び賢者たちのところへいき、
 「さあ教えるんだこの偽りのゴマすりどもめw この池の下に何があるか!」
 誰一人として答えられる者はいなかった。男の子はふたたび王に向かい、
 「池の水を抜くようご命令ください。その下に2つの穴の空いた石があり、そのなかに2頭のドラゴンが眠っていますから」
 ヴォーティゲルンがその通りに掘らせてみると、たしかに石があった。そしてそれを開けてみると、2頭のドラゴンが出てきて激しく戦い始めた。その2頭のドラゴンは、片方は白く、片方は赤かった。始めは白いドラゴンが赤いドラゴンを追いつめたが、次第に赤いドラゴンが反撃をするようになり、傷つきながらも白い方を追いつめた。王がこれはいったい何の予兆かマーリン(少年はマーリンだったのである)に尋ねると彼は答えた。
 「白いドラゴンは侵略者であるサクソン人で、赤いドラゴンはブリテン人のことです。」
 つまり当初この地はサクソン人に侵略されるが、最終的にはブリテン人が勝利する、というわけである。 第6巻第16章~第7巻第3章*1

 確かに賢者たちは間違ったことを言ったかもしれませんけど、結果的にマーリンを連れてきたんだから悪くはないと思います(違)

 さて、トマス・ブルフィンチの『中世騎士物語』*2と、それを参考にしたとおぼしき井村君江の『アーサー王ロマンス』*3に見られるダイジェスト版には、ジェフリーとは少しだけ際の異なった伝説が伝えられている。その相違点を列挙するとこうなる。

東方起源

 ウェールズの赤いドラゴンの起源は、ローマ帝国の軍旗に遡るといわれている。
cf. ローマ軍のドラコ?

アーサー王伝説

ドラゴンをかたどったローマ軍旗は、アーサー王伝説や中世の絵画にも現れる。

旗幟を持つアーサーの騎士たち*4

 旗というよりは吹流しのような、竜旗。胴体は単なる蛇だが、頭部には耳があり、毛が生えていて、鼻は寸詰まり、全体的に狼というよりはネコ科の動物に近い姿をしている。ちなみにどこにも「これはドラゴンです」とは書かれていない。当時、実際に騎士たちがこのような旗を持って戦争をしていたわけではなく、古代ローマ時代の記憶がこの絵画に反映されているのだとされている。


 王の父親にあたるユーサー・ペンドラゴン(Uther Pendragon, Uthr Bendragon, Uterpendragon)はその名前にドラゴンが入っていることからしてもウェールズ地方でのドラゴンと軍、または権力とのポジティブな関係が想定される。
 ペンドラゴン、あるいはベンドラゴンのPen, Benはウェールズ語で「頭」という意味で、ドラゴンのほうはそのまま「ドラゴン」であるという説と「先導者」という説が想定されている。それを組み合わせると「ドラゴンの頭」または「先頭に立つ先導者」という名前になる。

 「ドラゴンの頭」とはなんぞ? それはもしかしたら、パルティアから伝わった古代ローマ軍の竜旗のことなのだろうか? 鯉のぼりのようなドラゴンが頭上ではためく様子は、もしかするとドラゴンヘッドなイメージを人々に与えたのかもしれない。それとももしかして逆に、ペンドラゴンという名前から、古代ローマの竜旗の古い記憶が蘇ってきたのだろうか? 中世ブリテンでは、実は竜旗は実際には使用されていなかったようなのである。なら、そのイメージが古代から借用されてきたというのも、ありえない話ではない。ただし下に紹介する「竜兜」というイメージから考えると、

 物語の中では、ユーサー・ペンドラゴンは兜にドラゴンの彫刻をしていた。そしてその息子であるアーサー王もまた、ドラゴンの彫刻を兜にほりつけていた。ドラゴンは槍の先につけた軍旗から騎士の頭へと降りてきたのである。
 『ブリテン列王史』には次のようにある。アーサー王が武装する場面。カリバーンなどの有名な剣も顔を見せるのでそこを以下に紹介しておく。
 アーサー自身も、王にふさわしい高貴さを湛えた鎖帷子を身につけ、ドラゴンの装いなる黄金の彫刻がある兜を頭に乗せた。さらにその肩には、内側に神の母なる聖母マリアが描かれたプリドウェン(Pridwen)と呼ばれる楯を背負ったが、それによって聖母の姿がたびたび思い起こされた。胴回りにはアヴァロンの島で鍛えられた最高の剣であるカリバーン(Caliburn)を佩びた。右手を優雅に飾る槍はロンと呼ばれ、長く太く、殺戮するのにのに十分だった。(第9巻第4章)

かなり時代は下るがシェイクスピアの同時代人であるエドマンド・スペンサーの『妖精女王』(Faerie Queene, 1596)第1巻第7篇の31には次のような描写が見られる。

一面に黄金の彫刻がしてあるその高い兜は
燦然たる輝きと大変な恐れの両方を生み出していた。
というのは一匹の竜が、兜の前立てを足で
しっかりと抱き込み、その上に黄金の翼を
広げていたからである。面頬の上に
ぴったりと顎をつけた恐ろしい頭は、
真っ赤に輝く炎を燃える口から吐いているように見え、
気の弱い者はすぐに怖気づくほどで、
それに、鱗のついた尾が背中のずっと下まで延びていた。((和田勇一、福田昇八(訳)『妖精女王I』p.195.))

 スペンサーによればアーサーの兜に彫り付けられたドラゴンは、(1)足がある。(2)翼が生えている。(3)炎を吐く。(4)鱗のある尾は長い。という特徴を備えている。

 具体的にどういうものか? アーサー王ではないがhttp://digi.ub.uni-heidelberg.de/sammlung1/cpg/cpg359.xml?docname=cpg359&pageid=PAGE0113にそれっぽいのがある。


 この竜旗はあまり悪魔や地獄などと関連付けられることはないが、フランスの武勲詩『ローランの歌』(12世紀前半)113には例外的にサラセン人(イスラム教徒。作中では多神教であるとされている)が竜旗を掲げているという描写が見られる*5
 ただし、『ローランの歌』は徹頭徹尾キリスト教徒であるローランたちの側にたっており、異教徒側にあるサラセン人たちは悪魔のように残忍で容赦ない存在として描かれている。だからこの叙事詩はある意味キリスト教の宣伝文書のような役割も果たしているわけで、そのような文脈のなかで竜(ドラゴン)が異教徒の旗として使われていてもあまり不思議ではない。
 竜旗とは無関係だが、「蛇、大蛇、竜」が死者をむさぼり食うという描写も『ローランの歌』のなかにある(どこだか忘れた)。


*1 岩瀬ひさみ(訳)「マーリンと二匹の竜 ウェールズ」『世界の龍の話』竹原威滋&丸山顯德(編)、pp.136-138にある要約より。章立てと会話の一部はArthurian Passages fromGeoffrey of Monmouthを参考にしました
*2 野上弥生子(訳)『中世騎士物語』p.41-42、大久保博(訳)『<新訳>アーサー王物語』pp.12-14
*3 pp.47-51
*4 MS Paris, Bibliothéque Nationale fr. 95, fol. 173; リトリトン、マルカー『アーサー王伝説の起源』p.53
*5 佐藤輝夫(訳)「ローランの歌」『中世文学集II』p.117

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