ダエーワ

Daēuua, Daēva

地域・文化:イラン


概略

 アフラ(善神)と対立する悪魔的な存在の総称。アンラ・マンユがすべてのダエーワの元締めであり、ダエーワたちはこの世界を戦場にして、アフラ・マズダーの率いる善の神々と戦う。
 ゾロアスター教の開祖であるザラスシュトラによれば、ダエーワはアカ・マナフ(悪思)の所生であるとされる。これらの悪魔たちは、人々を悪事に導き幸福や快適な生を奪う。汚濁や腐敗を好み、生産的なもの、農耕への従事を嫌悪する。また、火にも近づくことができない。伝説によれば、ダエーワたちはザラスシュトラをその誕生時に襲おうとしたが、燃えていた火があったため、そこに近づくことができなかった。
 マズダー教では、夜に行われる神々への奉献はダエーワ崇拝であるとされ、最も厳しく非難された。

イランのダエーワとインドのデーヴァ

 この2つの勢力による争いというものは、言語的には兄弟関係にあるインド*1における、デーヴァ神族とアスラ神族の争いを思い出させる。しかしインドでは、デーヴァが祭司や人々によって崇拝されるにの対しアスラが時代が下るにつれて悪魔的な存在になっていくというように、イランとはまったく逆の経過を辿っている。
 そもそもイランにおいてももともとダエーワというのは普通に「神々」のことを意味していたと考えられる。しかしザラスシュトラはそうした神々への信仰を拒否し、二元論的一神教の立場からダエーワを断罪した。ゾロアスター教徒はダエーワを排斥し、撲滅しなければならないとしたのである。こういう事態になったため、それに反対したダエーワの祭司たちがダエーワに向かってザラスシュトラを呪い殺そうと祈ることもあった。
 ダエーワの没落はザラスシュトラによるものではなく、汎イラン的現象であるとする説もある。この場合、ザラスシュトラは時流に乗って、より厳格にダエーワとアフラ・マズダーの関係を規定しただけ、ということになる。ちなみに、まずインドとイランの対立があって、それにより両地域における神々の地位が逆転した、という説には何の根拠もない。
 この影響はかなり大きかったらしく、アケメネス朝、パルティア時代、時代が下ってサーサーン朝、そしてイスラムの時代になってさえ、宗教の違いがあるにもかかわらず、ダエーワ(デーウ)は悪魔的存在であると、一貫して考えられるようになった。

 ダエーワ「悪魔」という語は西方の古代ペルシア語にダイワdaivaとして借用され、北上してスラヴ語にも影響を与え(古教会スラヴ語のジフ「悪魔」)、東方のソグド語、西方のアラム語にも入り込んだ。しかし興味深いことに、ソグド語においてもアラム語においてもダエーワという言葉がどちらかというと肯定的、善性の意味合いを持って使われていたこともあったらしい。ソグド語についてはδywを参照のこと。(マンダ教)アラム語については悪霊を追い払うための呪文のなかに、守護天使に対してdyw’という語を当てている例がある*2。また、ザラスシュトラ自身もダエーワに「神」の意味があることを認めている節があることも指摘されている。

ダエーワの筆頭

 すべてのダエーワの筆頭とされるのが、一般的には①../アカ・マナフ、②../ドゥルジ、③../サウルワ、④../タローマティ、⑤../タウルウィー、⑥../ザイリチャーの「六大魔」である。この大魔6にアンラ・マンユを加えた7の存在が、スプンタ・マンユをを加えた6つのアムシャ・スプンタ(大天使)に対抗するとされている。しかし、最古のザラスシュトラの思想を伝えるとされる「ガーサー」には③以下の名前は見えず、時代が下ってから成立した「ウィーデーウダード(除魔法)」でようやく残りのダエーワたちの名前が羅列されたリストが登場するようになる(上の「一般的な」リストとは異なる?)。とはいえ、「ウィーデーウダード」においても大魔は名前がリストアップされているだけで、その性質や機能、特徴は、はっきりとしているわけではない。また、アムシャ・スプンタとの対応も見られない。
 「ウィーデーウダード」第10章では、まず筆頭にアンラ・マンユを退散させる聖句がある。次に、死体を汚すナス。ここには本来はアカ・マナフが入るはずだが、この章全体が死体の穢れを除くものなので、ナスが優先的にリストの冒頭に入ったのだろうとされている。次にインドラ(ドゥルジではなく。以下同)、サウルワ、ノーンハスヤ(タローマティではなく。以下同)。そしてタウルウィー、ザイリチャー。それ以降、アエーシュマ、アカタシュ、ワルニヤなどの悪魔がリストアップされている。
 「ウィーデーウダード」第19章第43節以降にもこのリストが見られる。まずアンラ・マンユ。そしてインドラ、サウルワ、ノーンハスヤ、タウルウィー、ザイリチャー。さらにアエーシュマ、アカタシュ、以下いくつかのダエーワの名前が挙げられている。アカ・マナフの名前はここにもない。

パフラヴィー語における展開

 後期の中期ペルシア語(パフラヴィー語)文献『ブンダヒシュン』にも同様のリストは見られるが、『ブンダヒシュン』においては、各々の役割はある程度明記され、さらにアムシャ・スプンタとの対立もはっきりと書かれている。
 『ブンダヒシュン』第1章第23節以降に、彼らの誕生の神話がある。まず、善霊オフルマズドはウォフマンを創造した。それに対抗し、アフレマンはまず虚偽(アズ)を、そしてアコーマン(アカ・マナフのこと。悪思)を創造した。続いてオフルマズドは6柱の大天使を創造した。これに対抗して、アフレマンはアコマンに続き、アンダル(インドラのこと)、サーウール(サウルワのこと)、ナーグハイス(またはナーンハイス。ノーンハスヤのこと)、タリズ(タウルウィーのこと)、ザリズ(ザイリチャーのこと)を創造した。
 第28章第7節以下では、これら悪魔の役割が説明されている。しかし、ここではナカヘドの名前はナイキヤスとなっているなど、名前が多少異なっている。「これら6柱の存在は、悪魔のなかの大魔である」(第12節)。続いていくつかの悪魔の名前があるが「ウィーデーウダード」とは異なりエシュム(アエーシュマ)やアカタシュなどの順番は異なっている。
 このように『ブンダヒシュン』ではアカ・マナフの名前は明記されているが、『マヌシュチフルの書簡』(Nāmag īhā ī Manuščhr)第1巻の第10章第9節では忘れられているようである。そこには、アインダル、サル、ナキシイヤ、タウイレウ、ザイリチの名前だけが挙がっている。
 別の資料でも、アコマン、インドラ、サウル、ナオン・ハイスィヤ、タロマト(=ノーンハスヤ)、タイリチ、ザイリチがあげられている(『大ブンダヒシュン』第1章第55節、第5章第1節、第27章第5~12節、第39章第27節)。
 最終的には、この大魔たちは対応する大天使に敗れることになる(『ブンダヒシュン』第30章第29節)。ウォフマン(ウォフ・マナフ)はアコマンを、アルドワヒシュト(アシャ・ワヒシュタ)はアンダルを、シャフレワル(クシャスラ・ワイリヤ)はサワルを、スパンダルマド(スプンタ・アールマティ)はタロマト=ナウンガスを、ホルダードとアムルダードはタイレウとザイリチを、善なる語は悪なる語を、スローシュ(スラオシャ)はエシュムを倒すのである。
 アムシャ・スプンタと大魔の対応は『アヴェスター』には見られず、紀元後のパフラヴィー語文献に初めて見られるものである。そのためこの対応(対立)は『アヴェスター』より後のゾロアスター教の神学において確立されたのだとする考えがある。なお、プルタルコスの『エジプト神イシスとオシリスの神話について』には「善神が6柱の神を創造したのに対し、悪神が同様に6柱の神を創造した」とある。

ダエーワの起源

 ザラスシュトラ以前に崇拝されていた神々がことごとくダエーワに貶められたというわけではない。このことを考えるに当たっては、まず、イラン人がインド人と言語を共有していた(というか同一だった)インド-イラン先史時代の神々の構成を想定する必要がある。
 インドの『ヴェーダ』もイランの『アヴェスター』も、最も古くて紀元前12世紀をややさかのぼる程度の古さである。しかし、それよりさらに古い資料がミタンニとヒッタイトの条約文のなかに発見されている。この条文は前1380年にさかのぼるものであり、さらにミタンニとヒッタイト双方の神々が列挙されている。そのうちのミタンニのほうに、インドの神々の名前が見られるのである。
 ミトラ、アルナ(ウルウァナ)、インダラ、ナサッティヤ
 このうちヴァルナを除く3神はイランにおいてもインドにおいても共通して見られる神格(または悪魔)である。ミタンニの宗教がインド-イラン人とどのような関係にあったのかその詳細は分かっていないが(何らかの深い関連があったのは固有名詞の共通性から見て明らかである)、年代の古さなどから考えると、ミタンニの条文にある神名リストは、インド-イラン人の、両者における先史時代の信仰をかなりの割合で留めていたと考えられている。
 古代インドの宗教においては、まず神々への賛歌『リグヴェーダ』で全体の1/4もの賛歌が捧げられているインドラ、50ほどの賛歌が捧げられているナーサティヤ双神が知られている。インドラもナーサティヤ双神もデーヴァ神族であり、ヴェーダの時代から今日にいたるインド宗教のシステムにおいて常に最も主要な位置を占めている神族の代表であった。
 それに対してミトラとヴァルナはアスラ神族だった。両者ともアーディティヤ神群の筆頭として知られ、ヴァルナは厳格にして畏怖を与える神であり、宇宙の法則リタの守護者である。ミトラは語源的にも実際にも「契約」の神ではあるが、あまり性格ははっきりとしていない。この2神の社会的重要性はヴェーダ以降次第に失われていくが、本来は宇宙の法則や契約を支配するアスラ神族の長として重要な役割を果たしていた。なお、ミタンニの条文ではミトラがヴァルナより先に来ているものの、それは単に韻律的な理由によるものであり、実際はヴァルナのほうが上位で宇宙を支配していたと考えられている。

三機能イデオロギーとの関係

 このヴァルナ、ミトラ、インドラ、ナーサティヤ双神は、インド・ヨーロッパ語族の「三機能イデオロギー」の代表的なものであるとされる。つまり、それぞれ「二重の主権(ヴァルナ=祭祀的、ミトラ=立法的)」「戦闘(インドラ)」「豊穣性(ナーサティヤ双神)」という機能を持っていたのである。前14世紀のミタンニの条約文にある神々の配列は、この構造を、知られている限りでの最も古い形で保存しているものだと考えられる。
 上記のように、ゾロアスター教においてもこれらの神々は知られている。しかし、それらの機能ははザラスシュトラの宗教改革によってかなりの変更が加えられた。たとえば古代インド、ミタンニにおけるミトラはミスラ(Miθra)であるが、ザラスシュトラなどによる最古の宗教詩「ガーサー」にはその名前が見られない。ところが後代にミスラ信仰は復権し、ヤザタ(善霊)として善の軍勢の一員となる。ゾロアスター教文献に名前がみつからないヴァルナについては、この神の祭祀的主権という機能、アスラ神族の長であるということ、リタを守護することなどから、ゾロアスター教・マズダー教の最高(唯一)神アフラ・マズダーになったという説が有力である。
 しかしデーヴァ神族であるインドラとナーサティヤ双神は、『アヴェスター』においては悪の地位に貶められてしまった。それぞれインドラとノーンハスヤという名前として、ダエーワのリストに加えられたのである。また、ヴェーダにおいては戦闘機能を持つルドラの異称であったシャルヴァ神は、ゾロアスター教ではサウルワという悪魔にされてしまった。
 インド・ヨーロッパ語族の「三機能イデオロギー」による3分された神々は、ザラスシュトラによって名前こそ剥奪されたものの、宗教的な抽象的語彙を新たに身にまとい、大天使アムシャ・スプンタとして進化を遂げた。ヴァルナはアフラ・マズダーとして完全な主権神に昇華し、その下に第一機能(主権)たるウォフ・マナフ(ミトラ)とアシャ(ヴァルナ)、第二機能(戦闘)のクシャスラ、第三機能(豊穣性)のハルワタートとアムルタート、そして三機能を行き来する女神アールマティとなったのである(『大天使の誕生』で展開された神話学者ジョルジュ・デュメジルの説。この説に反対する学者もいる。ブルース・リンカーン、ゲラルド・ニョリなど)。
 このように新たな名称が設定されたため、アスラ神族のミトラは難をのがれたものの、デーヴァ神族のインドラとナーサティヤ双神は名前だけは残り、中身は性質のはっきりしない悪魔に変換されてしまった。また、シャルヴァも悪魔にされてしまったことについては、インドラやシャルヴァなどの戦闘神を信仰する集団(男性結社männerbünde)が強固な固有的倫理に基づいており、宗教改革にあたっては、まずこれを徹底的に攻撃する必要があったからだと考えられている。
 新層アヴェスター(「ウィーデーウダード」「ヤシュト」など)やパフラヴィー語文献では、ミスラやワユ、ウルスラグナ、アナーヒターといったインド-イラン的な神々が続々と復権している。彼らのもといた地位は倫理的な存在であるアムシャ・スプンタに取って代わられていたが、その下位にあるヤザタとして人々の信仰の中に再び認められるようになったのである。これらの神々は一度もダエーワにされたことはなかった(ただしワユは悪魔であるとされていたらしい。未調査)。

関連項目


参考資料 -


*1 古代インド語と古代イラン語はとてもよく似ており、紀元前2000年ごろは同じ言語(原インド-イラン語)だったと考えられている。その後この言葉を話す人たちの一部は西へ向かいイランへ行き、一部は東へ向かいインドへ行った。だいたい紀元前1500年±300年ぐらいに移動があったと考えられているが、定かではない。
*2 資料/513:107.

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Last-modified: 2016-10-09 (日) 18:26:42