『仏母大孔雀明王経』にある大薬叉王†
地域・文化:仏教
「佛母大孔雀明王經」巻中に羅列されている薬叉王。薬叉とはいっても仏法に帰依しており、世界中に存在し、真言を唱えればこれらの存在によってどんな災厄も免れることができる。梵語を見てみるとシヴァやヴィシュヌといったヒンドゥー教における最高神、ドゥルヨーダナやアルジュナといった『マハーバーラタ』の主要人物などが薬叉にされているほか、金毘羅や毘沙門天なども同じくこの薬叉リストに入っているようである。
なお、真言は梵語だとタドヤターアカッテーヴィカッテーハリニハーリニダラニダーラニフッケーブッケーハナアミトラーンママサパリヴァーラスヤサルヴァサトヴァーナンチャダハアヒタイシナフママサパリヴァーラスヤサルヴァサットヴァーナーンチャパチャプラチヤルティカーンママ以下略。
孔雀明王経†
『孔雀明王経』というのを簡単に説明すると、要するに病気を治すためのおまじないである。
もとはサンスクリットの経典『マハーマーユーリー・ヴィディヤーラージュニー(Mahāmāyūrī vidyārājñī)』というもので、それが漢訳されたものを『仏母大孔雀明王経』という。8世紀半ばに不空という僧侶が翻訳した。しかし『マハーマーユーリー』の訳はこれひとつにとどまらず、鳩摩羅什が訳した『孔雀王呪経』(4世紀後半?)、伽婆羅が訳した『孔雀王呪経』(6世紀初め)、義浄が訳した『仏説大孔雀呪王経』(705年)が存在する。そのほか孔雀明王の名を冠した経典はかなり多い。
もともとこの経典が編纂されたインドには数多くの毒蛇がおり、それらの毒によって死ぬことがかなり頻繁にあった。だから人々は毒蛇を敵視し、蛇をついばむ孔雀を蛇の天敵とみなして毒蛇に対する象徴とした。後4、5世紀ごろになると、ヒンドゥー教シャクティズム(女性の力を重視する)の影響を受け、仏教徒の間で孔雀が神格化されて孔雀明王という尊格が誕生した。孔雀のサンスクリットであるマユーラ(Mayūra)が女性化されてマーユーリーとなり、「偉大な」を意味するマハー(Mahā)が冠せられて大孔雀明王、また女性であることから仏母大孔雀明王と漢訳されるようになったのである。
孔雀明王の呪文はヴィディヤーラージュニー「呪文の女王」と呼ばれている。その内容は、ベースとなるのは一応は蛇による咬傷を癒すための呪文であるが、経典が完成したころにはすでにありとあらゆる病気を治癒するのに効能があると説かれるようになっていた。じっさい、経典中には当時知られている限りの無数の病名が挙げられている。また『仏説大孔雀呪王経』などはこの経典を読めば悪天を除去することができるとして、さらに「恐怖・怨敵・一切の厄難を除く」とさえされている。もはやどんな苦難に対してもこの孔雀明王経を読めば大丈夫、というわけである。
このようにして万能の膏薬となった『孔雀明王経』は密教四箇大法のひとつである「孔雀明王経法」という修法へと発展する。この修法は孔雀明王を本尊として天変地異・病魔退散などを祈祷するものである。日本では平安時代に盛んに行われ、東寺の長者(住職)と仁和寺宮(皇族出身の住職)のほかはおこなうことを許されなかった。
サンスクリット原典からの現代語訳は岩本裕『佛教聖典選 第七巻 密教経典』に収められている(上記解説も同書を参考にした)。なにやら恐ろしい響きのする経典であるが、実際に読んでみると病名と神名、そしてここに羅列されているような鬼神の名前が無駄に(?)羅列され、合間合間に長い陀羅尼がはさまれているだけのものである。孔雀明王経の漢訳諸種は『大正大蔵経 密教部二』に収められている(オンラインでも見られる)。サンスクリット原典も日本で出版されている*1。
各々のヤクシャが住んでいるところは実在する地名のようだが、それに関してはシルヴァン・レヴィによる古典的な研究がある*2。
経典中の鬼神類†
最後に、岩本裕訳に従い、各所に羅列されている鬼神類の名を、以下に並べる。
数字は岩本訳による区分け。
1
デーヴァ、ナーガ、アスラ、マルタ、ガルダ、ガンダルヴァ、キンナラ、マホーラガ、ヤクシャ、ラークシャサ、プレータ、ピシャーチャ、ブータ、クンバーンダ、プータナ、カタ・プータナ、スカンダ、ウンマーダ、チャーヤ、アパスマーラ、オースターラカ
カーリー、大口をあけた女、クンバーンダ女、法螺貝を持つ女、蓮の華の眼を持つ女、ハーリーティー、金髪の女、吉祥ある女、黄褐色の女、ランバー、前かがみの女、死の鎖、太鼓腹の女、ヤマの使者の女、羅刹王ヤマの娘、悪魔を呑む女
4
ドリタラーシュトラ、アイラーヴァナ、ヴィルーパークシャ、クリシュナガウタマカ、マニン、ヴァースキ、ダンダパーダ、プールナバドラ、ナンダ、ウパナンダ、アナヴァタプタ、ヴァルナ、マンドラカ、タクシャカ、アナンタ、ヴァースムカ、アパラージタ、チットヴァースタ、マハーマナスヴィン、マナスヴィン、カーラカ、アパラーラ、ボーガヴァット、シュラーマネーラカ、ダディムカ、マニ、プンダリーカ、カルコータカ、シャンカパーラ、カムバラ、アシュヴァタラ、サーケータカ、クンビーラ、スーチーローマン、カーラ、リシカ、プーラナカルナ、シャカタムカ、コーラカ、スナンダ、ヴァーツィープトラ、エーラパトラ、ランブラカ、ウッタラマーヌシャ、ムリギラス、ムチリンダ(以上竜王ナーガ)
14
ドリタラーシュトラ(ガンダルヴァ)、ヴィルーダカ(クンバーンダ)、ヴィルーパークシャ(ナーガ)、ヴァイシュラマナ、クベーラ、サンジャヤ(以上ヤクシャ)
20
クラクッチャンダ、アパラージタ、シャイラ、マーナヴァ、ヴァジュラパーニ、ガルダ、チトラグプタ、ヴァクラ、カーラ、ウパカーラカ、カルマーシャパーダ、マヘーシュヴァラ、ブリハスパティ、ハリピンガラ、マハーカーラ、スダルシャナ、ヴィシュヌ、ダラナ、ヴィビーシャナ、マルダナ、アータヴァカ、カピラ、ヴァストラータ、ヴァスブーミ、バルカ、ナンダ、アグローダカ、アーナンダ、シュクラダンシュトラ、ドリダナーマン、マハーギリ、ヴァーサヴァ、カールッティケーヤ、シャタバーフ、ブリハッドラタ、ドゥルヨーダナ、アルジュナ、マルダナ、ギリクータ、バドラ、サルヴァナドラ、パーリタカ、クータダンシュトラ、ヴァスバドラ、シヴァ、シヴァバドラ、インドラ、プシュパケートゥ、ダーラカ、カピラ、マーニバドラ、プールナバドラ、プラマルダナ、プラバンジャナ、カラヨースタ、トリグプタ、プラバンカラ、ナンディン、ヴァルダナ、ヴァーピラ、カラハプリヤ、ガルダバカ、カラショーダラ、スーリヤプラバ、ギリムンダ、ヴィジャヤ、ヴァイジャヤンタ、プールナカ、キンナラ、メーガマーリン、カンダカ、シャンカーリン、スカーヴァカ、スンダラ、アサンガ、ピターナンディン、ヴィーラ、ランボーダラ、マハーブジャ、スヴァスティカ、パーラカ、バドラカルナ、ダナーパハ、バラ、プリヤダルシャナ、シカンディン、アンジャリプリヤ、ヴェーシュティタカ、マカランダマ、ヴィシャーラークシャ、グダカ、アナーボーガ、ヴィローチャナ、チャリタカ、カピラ、ヴァクラ、プールナカ、ナイガメーシャ、パーンチャーリー、プラサバ、ドリダダヌ、プランジャヤ、タラカ、クタラーカカ、ウルーカラ、メーカラー、ヴィヤティパーティナ、シッダールタ、シッダパートラ、スプーラ、シンハバラ、マハーセーナ、プシュパダンタ、マーガダ、パルヴァタ、スセーナ、ヴィーラバーフ、スカーヴァハ、アナーヤーサ、カウシャーンビー、バトラカ、ブータムカ、アショーカ、カタンカタ、シッダールタ、マンダカ、マンジュケーシャ、マニカーナナ、ヴィカタンカタ、ナイクリティカ、ドゥルヴァ、マディヤマキーヤ、ヴァイラータカ、ジャンバカ、キヤータ、ヴィカタ、ヴァイマーニカ、マンダラ、プラバンカラ、チャンダカ、パーンチカ、スカンダークシャ、ウシュトラパーダ、マンダラ、ランケーシュヴァラ、マーリーチー、ダルマパーラ、マハーブジャ、ジナルシャバ、サーターギリ、ハイマヴァタ、トリシューラパーニ、プラマルダナ、パーンチャーラガンダ、ダネーシュヴァラ、シュカームカ、キンカラ、プラバースヴァラ、ミティラ、プラバンジャナ、ピンガラ、ヴァッチャダ、マータリ、スプラブッダ、ナラクーヴァラ、パーラーシャラ、シャンカラ、ヴェーマチトラ、ピンガラ、プールナムカ、カラーダ、クンボーダラ、マカラドウヴァジャ、チトラセーナ、ラーマナ、ピンガラ、プリヤダルシャナ、クンビーラ、ゴーパーラ、アラカ、ナンディン、バリ、ヴァイシュラマナ(以上、ヤクシャ。ご覧のとおりこのリスト内だけでもカピラやヴァクラなど重複するものがあり、さらにこれ以外の場所だとヤクシャの名前ではなかったりするものもある。漢訳ではそのことに気づいて当て字を変えることによって対応しているが、どうしてこれらの名前が選択されたのかはtoroiaは知らない)
21
ディールガ、スネートラ、プールナカ、カピラ、シンハ、ウパシンハ、シャンキラ、ナンダ、ハリ、ハリケーシャ、プラブ、ピンガラ、ダラナ、ダラナンダ、ウドヨーガパーラ、ヴィシュヌラ、パーンチカ、パーンチャーラガンダ、サーターギリ、ハイマヴァタ、ブーマ、スブーマ、カーラ、ウパカーラ、スールヤ、ソーマ、アグニ、ヴァーユ(六方を守護するヤクシャ)
22
インドラ、ソーマ、スールヤ、ヴァルナ、プラジャーパティ、バラドゥヴァージャ、イーシャーナ、チャンダナ、カーマシュレーシュタ、クニカンタ、ニカンタ、ヴァディマニ、マーニチャラ、プラナーダ、ウパパンチャカ、サーターギリ、ハイマヴァタ、プールナカ、カディラコーヴィダ、ゴーパーラ、アータヴァカ、ナララージャ、ジナルシャバ、パーンチャーラガンダ、スムカ、ディールガ、チトラセーナ、ガンダルヴァ、ドリパーリン、トリカンタカ、ディールガシャクティ、マハーシャクティ、トリシューリン、マータリ(ヴァイシュラマナ大王の法弟にあたるヤクシャ)
23-25
ランバー、ヴィランバー、プラランバー、オーランバー、ハーリーティー、ハリケーシー、ハリピンガラー、カーリー、カラーリー、ランブグリーヴァー、カーキー、カラショーダリー、マダー、マダナー、マドーットカター、ウパマダー、プレーティー、オージョーハーリニー、アサニー、グラサニー、アグロディカー、ラクシティカー、チトラピシャーチカー、プールナバドリカー、アグニラクシティカー、ミトラカーリカ、リシラクシティカー(菩薩を生まれる前から守護していた人食い鬼女ピシャーチー)
26-29
クンター、ニクンター、ナンダー、ヴィシュヌラー、カピラー、モーハー、スシーマー、クシャークシー、ケーシニー、カンボージー、スミトラー、ローヒタークシー、カーチャラー、ハーリーティー、ナンダー、ピンガラ、シャンキニー、カーリカー、デーヴァミトラー、クンバーンディー、クンタダンシュトラー、ランビカー、アナラー、アナーティカー、ラウドラー、サムドラー、プラーナハーリニー、ヴィディヤーダラー、ダヌルダラー、シャラダラー、アシダラー、ハラダラー、チャクラダラー、チャクラヴァーダー、ヴィビーシャナー(菩薩を生まれる前から守護していた食人鬼女ラークシャシー)
32
カピラー、・・・、チトラー(77人のラークシャシー。岩本訳では省略されている。以下同)
33
ブッダバガヴァット、・・・、ウパシュクラカ(182の竜王)
関連項目†
参考資料 - 資料/260