ミュルメコレオン

Myrmecoleo
Μνρμηκολεων

地域・文化:博物誌


 ミルメコレオとも。

 英語:アントライオン(Ant-lion)。
 ドイツ語:アマイゼンレーヴェ(Ameisenlöwe)。
 ミュルメーコレオーン。
 中世には../フォルミコレオンと呼ばれたりもした。

 昆虫の蟻を母として、肉食獣のライオンを父として生まれた怪物。名称自体は七十人訳聖書のヨブ記が初出だが、怪物としての描写は古代末期の『フィシオログス』に登場するものが最古のようだ。フィシオロゴスが翻訳され広まる過程でミュルメコレオンの伝説も広まったようである。ヨーロッパだけではなくアルメニア、エティオピア、シリアなどにも伝播している。
 現在、ミュルメコレオンは一般的にはライオンの頭と蟻の胴体を持つと描写される。しかし中世の写本でミュルメコレオンが書かれたものは極めて稀で、唯一それらしいものがあったとしても蜘蛛かダニのような姿で描かれていた。

ことばの起源

 もとは、聖書を翻訳するときに、珍しい言葉を表現するために創出した造語が誤読されたことに由来する。

 旧約聖書『ヨブ記』4.10-11には、神は災いをなすものに災いを与えるのだとして、「獅子がほえ、うなっても、その子らの牙は折られてしまう。雄が獲物がなくて滅びれば、雌の子らはちりぢりにされる」という譬えを用いている場面がある。ここの「雄(ライオン)」のヘブライ語はライシュ(layiš, לַיִשׁ)で*1、聖書の他の箇所でも使われてはいるが(『イザヤ書』30.6、『箴言』30.30)*2、ライオンを意味する単語(いくつかある)としては珍しいもので、さらに詩的表現のなかでしか使われない特殊なものだった*3
 紀元前3~1世紀ごろ、ヘブライ語聖書がギリシア語に訳されるとき(いわゆる「七十人訳聖書」)、『ヨブ記』のこの箇所に直面した翻訳者たちは、ライオンを意味する一般的なギリシア語「レオン」(leωn, λεον)を使うことを避けた。おそらく彼らはライシュと通常のライオンの違いを翻訳にも残そうと考えて、当時ギリシア語圏で知られていた、さまざまなライオンについての単語を調べたのである。そして、ここからは推測でしかないが、翻訳者たちは最終的に、アラビアに棲むライオンの一種を指す現地語をギリシア語に訳した「ミュルメクス」(myrmēx, μυρμηξ)を、ヘブライ語「ライシュ」に対応するものとして選んだ。しかしミュルメクス自体は一般的には「蟻」を意味するギリシア語なので、これが「ライオン」を意味するものであることがわかるように、ライオンを意味する一般的なギリシア語「レオン」をくっつけた。そしてミュルメコレオンという単語が誕生したのである。
 翻訳者(たち)は、おそらく「蟻と呼ばれるライオンの一種」という意味をミュルメコレオンに込めていたのだろうし、実際そのように読まれることも多かったのだが、『フィシオログス』の伝承者たちは、そうは考えず、文字通り蟻とライオンの合成獣と考えてしまったのだった。

 ミュルメコレオンの語源がライシュとミュルメクスの混合にあることを指摘したのは、17世紀サミュエル・ボシャールの『聖動物誌』第6巻「想像上の生き物について」第4章「ミュルメコレオンについて」が最初のようである*4

関連項目


参考資料 - 資料/120:


*1 資料/1:1230.
*2 新共同訳ではそれぞれ「ほえたける雌獅子や雄獅子、蝮や、飛び回る炎の蛇」「獣の中の雄、決して退かない獅子」。資料/1:719, 1317.
*3 資料/1026:61-62.
*4 資料/1027:815-816.

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Last-modified: 2013-11-07 (木) 20:38:21