ミュルメクス†
Myrmex
Μύρμηξ
地域・文化:古代ギリシア
ミュルメークス。
生殖器が逆向きについているライオン。その名は「蟻」を意味する。伝承の過程で蟻とライオンの合成獣であるミュルメコレオンに進化したことで知られている。アラビアの動物とされており、おそらく現地語(古代アラビア語?)で「蟻」を意味する言葉で呼ばれていたのだろうが、ギリシア語に訳されたミュルメクスでしか記録には残されていない。
この生き物については、前2世紀のクニドスのアガタルキデス『エリュトラ海について』第1巻70節に登場するのが初期の例のようである。それによると、アラビアにいる種類のライオンのなかにはミュルメクスと呼ばれるものがいる。外見はほとんど他のライオンと変わらないが、生殖器については他のライオンと逆向きについている。体色は黄金で、他のアラビアのライオンよりも毛皮が滑らかである*1。
年代的には、ミュルメコレオン初出である七十人訳聖書はアガタルキデスか別の散逸した資料、あるいは口頭伝承を参考にしたと思われる。以下のストラボンとアエリアヌスは七十人訳以降なのでミュルメコレオンの起源とは直接関係はない。
ストラボンは『地誌』16.4.15で、アラビアにはミュルメクスと呼ばれるライオンがいて、生殖器が逆向きについており体色は黄金だが、他のアラビアのライオンよりも体毛は少ない、と述べている*2。これもアガタルキデスにさかのぼる情報であり、逆にいうと特に目新しいところはない。
また、アエリアヌスは『動物の本性について』XVII.42において「バビロニアには生殖器が逆向きについているミュルメクスがおり、他のもの(άλλοις)とは異なっている」と書いている*3。英訳ではミュルメクスが"Ants"、「他のもの」が"Ants elsewhere"「他の地域の蟻」と訳されているが、ここで「他のもの」が厳密にミュルメクスを指すのかどうかを断定することはできない。もしミュルメクスだとすれば、アエリアヌスにとってミュルメクスは一般的な生物種であり、バビロニアの変種だけが生殖器の点で特異だ、ということになる。ただし直前の41節後半ではライオンについて述べられており、その次の43節も豹について述べられているので、ここで「蟻」が出てくるとすればかなり唐突である。アガタルキデスを考慮に入れるならば、ここでアエリアヌスが想定していたのは「蟻と呼ばれるライオンの一種」だということになる。
関連項目†
参考資料 -