クラーケン†
Kraken, Craken, Cracken, Kraaken, Krakjen
地域・文化:北欧
クラーヘン(Kraxen)、クラッベン(Krabben)、ホルヴェン(Horven)、セーホルヴェン(Soe-horven)、アンケルトロル(Anker-trold)。
北欧の海に棲むという、超巨大な海洋生物。巨大なタコのような姿をしているらしいが、全貌は明らかではない。島と見まごうほどのサイズだが、人間に対しては無害である。
ポントピダン『ノルウェー博物誌』†
クラーケンが有名になったのは、18世紀中盤、ベルゲン司教のエーリク・ポントピダンが『ノルウェー博物誌』(1753)にクラーケンの事を詳細に書いてかららしい(第2巻第8章)*1。ポントピダン自身、「過去、クラーケンに触れている文献はなかったようだ」と書いている。ただし文献上はフランチェスコ・ネグリが北欧の超巨大な魚としてシュ・クラク(Sciu-Crak)という名称を紹介しているほうが先で、初出は1701年のこちららしい。
また、ポントピダンは、精力的に情報を集めたとはいえ、その正体を明らかにするほど十分なデータを持っているわけではない、とも言っている。
ポントピダンによると、クラーケンは世界最大の、もっとも驚異的な生き物である。これまでは浮き島と考えられていたものが実はクラーケンだったかもしれない、と彼は考える。クラーケンは全体としては丸く平らで、腕か触手のようなものが無数にある。
さて、漁師たちが一致して語るところによると、とくに夏の暑い日、海へと数マイル漕ぎ出すと、だいたい80~100尋ほどの水深があるはずのところで、20~30尋未満しか深さが確認できないことがよくある。こういう場所では非常に多くのタラやリングなどの魚が泳ぎ回っており、係留索を引き上げると無数の魚が引っかかっている。この不自然な浅瀬の発生により、漁師たちは「海底にクラーケンがいる」と判断するのだという。深度が徐々に浅くなってくると、それはクラーケンが浮上してきているということであり、もうそこに船が留まることはできない。彼らはただちに漁から引き上げ、できるかぎり遠くへと漕ぎ出していく。安全海域まで到達してほんの数分後、彼らは巨大な怪物が海面に現われるのを目にすることになる。ただし全体が見えることはないし、それほど長い時間浮上しているわけでもないらしい。
海上に出現したクラーケンのサイズはだいたい外周が2.4キロメートルほどで、無数の小さな島々のように見え、周囲を漂流物が海藻のように上下しながら漂っている。ま、た多くの小魚がその上で飛び跳ねている。しばらくすると、いくつかの光る点か角のようなものが現われ、クラーケン全体が隆起するとともに徐々に濃く高くなっていき、最終的には中程度の船舶のマストほど高く大きくなっていくこともある。 さらにクラーケンには腕のようなものもあり、どんな屈強な男でさえ引きずり込むことができるという。しかし何よりも危険なのは沈み込むときで、巨大な渦巻きが発生し、あらゆるものを巻き込んでいくのである。
さらにクラーケンに特徴的なのは、強烈で特異な臭いを放出することがあるということである。この臭いで魚を引き付けて自らの餌にするのだ。捕食は数か月にわたり続き、それが終わると次は排泄が数か月も続くという。排泄物のせいで海面は色づき汚く濁ってしまう。しかしこの臭いや味が他の魚をおびき寄せるので、クラーケンは自分の真上にためて排泄するのだという。魚が集まってくるとクラーケンは腕や触角を広げて食べ、消化すると今度はそれを別の魚を釣る餌にする(この特性は『フィシオログス』のアスピドケロンの話とよく似ている)。
1680年、ノルウェー・ヌールラン県アルスタハウグのある海岸にクラーケンの子どもが挟まって死んでしまったことがあった。死体は腐敗するまで時間がかかったが、狭い水路を塞いでしまうほど大きかったという。
同じくノルウェー・エストフォル県フレドリクスタ近海で、ポントピダンがこの本を著す数年前に、二人の漁師がクラーケンの渦巻きに引きずり込まれてしまったことがある。そこは非常にぬるぬるした沼地のようになっていて、何とか逃げようとしたものの、クラーケンの触角が船の舳先を破壊してしまい、生き延びることができなかった。しかしこれ以外にクラーケンの被害に遭ったという話はない。
ポントピダンは、クラーケンはタコかヒトデの一種ではないかと考えている。腕のように見えるものは触手であり、角のようなものは感覚器官ではないかというのである。
島のように見える巨大な怪物についての逸話は広く伝わっている。
関連項目†
参考資料 -