地域・文化:アラビア
世界を支えている大天使の、その下にある岩の、さらにその下に存在している巨大な牡牛。
ボルヘス『幻獣辞典』の邦訳では「クジャタ」(Kujata)となっている。しかし元ネタのエドワード・レインはKuyootà, Kuyoothànと書いている。
さて、クジャタはボルヘスが紹介しているために世界的に有名であるものの、実際のところ、これはルユーサー(Luyūthā)の書き間違いではないかと思う。アラビア文字のLとKは似ているので、伝承の過程で書き間違いがあったのではないか、ということである。流れとしてはこうなる。
heb. liwyāthān>*lwythān>ar. luyūthā(n)>kuyūthān (E. Lane)>kuyūtā>kujata (Borges)
ルユーサーについては、たとえば、アル=ワーキディー(Al-Wāqidī, 747-823)は世界を支える魚についてこのように綴っているらしい。だとするとこの怪物は、../バハムートがベヘモトに対応するように、レヴィアタンに対応していることになる。
固有名詞こそないものの、ヤークートの『諸国集成』(1228)は世界を支える牡牛について次のように紹介している。ただしヤークート本人はこの話を信じていない*1。
アッラーが世界を創造したとき、それを支える天使を送り込んだ。しかし天使の足場がなかったので、四万の角と四万の脚のある牡牛を創造して、そのコブの上に天使が足を置けるようにした。だが、それでも天使の足が届かなかったので、巨大な緑の鋼玉を送りこんだ。それが牡牛のコブに置かれたので、天使はそれを足場とすることができた。牡牛はさらにクムクム(砂丘?)に脚をおき、クムクムは../バルフート(../バハムート)という魚に乗っている。
牡牛の角は大地の四つの方角を通り抜けて、神の玉座のもとでからまっている。さらに牡牛の鼻孔は海の下の岩盤にある二つの穴に通じており、一日一回呼吸をするのだが、吸うときは引き潮に、吐くときは満ち潮になるのだという。
さらに、『千夜一夜物語』第496~497夜にも、固有名詞こそ出ていないものの、クユーターと思われる牡牛について言及がある(../ファラク参照)。
こういう世界観は、アッ=サラビ(Al-Tha‘labi)の『預言者列伝』(Qiṣaṣ al-Anbiyā')やアル=キサーイ(Al-Kisā'i)の『預言者列伝』にあるものが最初期のものらしい。ヤークートのものは前者のほうに近い。アル=キサーイのほうでは、牡牛の角と脚だけではなく、眼と耳と口と舌も四万あることになっている。アッ=サラビのほうでは、角と脚が七万あるとされている*2。