リタン

Lītān
𐎍𐎚𐎐

地域・文化:ウガリト


 リーターン。
 以前はロタン(ローターン)と読まれていた。
 そもそもウガリトの言語には、母音だけを表現する文字が存在しなかったため、発音がわかっている現存の同系統の言語(セム語)や古代の言語を参考にするなどして母音を決定する。そしてその研究は今でも発展中である。リーターンの場合「LTN」という3文字がもとになって、昔はロタンと読まれていた。しかし1982年にJ・A・エマートンが小論*1で、レヴィアタン(聖書ヘブライ語だとリウヤーサーン)との言語学的関係から、リーターンのほうがいいという結論が提示された。そして現在にいたる。
 ウガリト神話に登場する竜リタンがレヴィアタンと同根の怪物であると考えられている。歴史言語学的にはレヴィアタン(リウヤーサーン)のほうが古いらしく、J・A・エマートンは*liwyatānu>*līyitānu>*lītānuと変化したという説を唱えている*2

 リタンは、日本語ではレビヤタンと訳されている海の怪物である。これはウガリット神話の研究者の大多数が旧約聖書の研究者でもあるから。リタンとほぼ同じフレーズが旧約聖書ではレビヤタンとなっているため、訳文ではそこにあわせているのである(最高神イルをエルとするなど、この手の読み替えは多い)。

 神話『バアルとモート』は、バアルが宿敵ヤムを打ち倒し、主権を保証する神殿を建てた後の物語である。バアルは無敵になった気がして、死神モートさえ祝宴に招こうとした。しかしモートはそれを拒否し、二人は対決することになる。モートがバアルの使者を脅迫する時に、バアルがリタンを打ち倒したことが語られている。しかし、ほかのところでリタンがヤムやモートのように主役級の怪物として登場することはなく、正確なことはわかっていない。ここでモートの語るところによれば、リタンは曲がりくねる「蛇」であり、7つの頭を持っている「暴れもの」である(なお、『古代オリエント集』では「暴れもの」がそのまま../シャリートと音訳され、固有名詞のように扱われていた)。

リタンはヤムの別称なのか?

 バアル神話のここの部分は、実は素人には解釈がややこしい。バアルはいいとして、バアルが倒した敵というのがどれかよくわからないのである。それはこの神話に顕著に見られる対句法によるところが大きい。例えばヤムは「王子ヤム、裁き手ナハル」と呼ばれている。ヤムは海でナハルは川だが、ここでは両方とも神格化され固有名詞となり、さらに対句法で表現されているため、同じ神格の2つの呼び名だと理解することができる(つまりヤム=ナハル)。しかし川と海が別物であるように、対句法で表現される名前がどれも完全に同じものを意味しているとは限らない。
 そしてリタンもほとんど対句法のなかでのみ現われる。まず「逃げる蛇リタン」というフレーズから、神話のなかでは蛇(バシャン)とリタヌが同一視されていることがわかる。そして上記のようにリタンは7頭で、「曲がりくねる」とされていた。別の部分でも「曲がりくねる蛇」「7つ頭」をバアルが滅ぼしたとあるが、ここには「竜」(トゥンナーン)に口輪をはめた、というフレーズも追加されている。さらに、ヤムとナハルさえ追加されている。トゥンナーンと蛇が対語であると同時に、ヤム=ナハルとも対語とされているのである。トゥンナーンと蛇=リタンが対語となり、さらに海神ヤム=ナハルと関係があることがわかる。しかし、トゥンナーンと蛇=リタンがヤム=ナハルと同一の存在だったのか、それとも従者的存在だったのかは、知られている文脈からだけでは判断することができない。もし前者だとすればヤム=ナハルはトゥンナーンの姿をした海神であるということになる。ついでに、トゥンナーンと蛇についても、それが同一の存在の2つの呼び名なのか、別の怪物なのかについて判断することはできない。「7つ頭」がトゥンナーン(竜)なのか蛇なのかもわからない。普通の感覚で考えると7つ頭もあればそれは竜じゃないかと思うのだが、上記のようにリタン=蛇は7つ頭だとされている。

 リタンの仲間は旧約聖書の『詩篇』『ヨブ記』『イザヤ書』などにもレヴィアタンとして導入された。とくにイザヤ書においては「逃げる蛇」「曲がりくねる蛇」という、リタンとほぼ同じフレーズや、「海にいる竜」と並置されているところの類似点などが指摘されている。聖書もこの種の対句法が多い(ユダヤ教/タンニーンの項目参照)。

関連項目


参考資料 - 資料/3?:; 資料/135:; 資料/459; 資料/462


*1 資料/459; cf. 資料/462.
*2 資料/459. すべての単語の語尾にあるuは主格語尾なので省略してリーターヌではなくリタンとしてみた。

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Last-modified: 2010-07-21 (水) 16:52:19